♯1. No LOVE , No WAR!!(恋と戦争は紙一重)
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……恋と戦争は、どんな手段でも正当化される。
ノイシュタン学院。首都に存在する全校生徒300人ほどの高等学校。普通科、進学科、少人数の芸術科がある、普通の高校である。そこに通っている生徒たちの多くは、この首都に住んでいる一般家庭の人間であり。貴族などのお金持ちや、魔法などの才能に恵まれた人間は、別の学校に行く傾向が強い。
そんなごく普通の高校である、このノイシュタン学院だが。現在、学生たちの頂点に立っている者は、常軌を逸したほど優秀な二人であった。
「以上で、全校集会を終わりにします」
堂々とした態度で、その男子生徒は壇上から降りていく。
ノイシュタン学院、生徒会長。
その名前は、……『時計塔』のアーサー。
さらさらのブロンドの髪に、端正に整った顔立ち。
そして、気品すら感じさせる威風堂々とした姿。誰であっても分け隔てなく優しく対応する立ち振る舞いは。生徒たちだけでなく、教師たちからの信頼も厚い。まるで絵本の中から出てきた王子様のような存在に、多くの女子生徒たちは憧れと尊敬の眼差しを向けていた。信者の間では、学園の王子様、アーサー会長様、と呼ばれているほどであった。
「きゃー、アーサー会長様! 今日も凛々しいですわ!」
「あの高貴な御姿。まるで本当の王子様のようですわ」
「あっ、見てください! 王子様が手を振っていますわよ!」
きゃー、きゃー、と女子学生たちが黄色の悲鳴を上げている。
月に一度の学園集会。
今日は保健室に運ばれた生徒がいないところを見ると、まぁ穏便に終わったというところ。激しい時は、熱にうなされた女子生徒たちが気絶して、保健室へと運ばれていくという、常軌を逸したほどの人気っぷり。そんな女子たちを、男子生徒たちは白い目で見ていた。
そして、学園の王子様の隣には。
そっと寄り添うようにしている美少女がひとり。
彼女の名前は、ミーシャ・コルレオーネ。
美しい長い黒髪に、凛とした表情。
近寄りがたい雰囲気を放ちながらも、何故か人を魅せられてしまう美貌を持っていた。なにより、相手が大人や教師であっても毅然とした態度を貫く姿は、信念を貫く高潔なお姫様のようで。あまり自分のことを話さないこともあって、彼女のミステリアスな魅力は、男子生徒だけでなく、女子生徒の中でも大いに広がっていた。彼女のことを、学園のお姫様、高潔のミーシャ姫、と呼ぶ人間も少なくなかった。
「まぁまぁ、見てください。高潔のミーシャ姫ですわ」
「今日もお美しいですわ。綺麗な黒髪に、ミステリアスな魅力。あぁ、まさに高嶺に咲く一輪の華」
「ご自分のことを、あまり話してくださらないけど。あの佇まいはタダ者じゃありませんわ。きっと、口にすることも憚れるほど高貴な家柄なのでしょう」
さっきまで、歓声を上げていた女子生徒たちが。今度はバルコニーに立っているミーシャを見て、悩まし気なため息をつく。頬に手を当てて、わずかに頬を赤く染めている彼女たち。
彼女たちからしてみたら、少女漫画のような恋愛が目の前で繰り広げられている、……と勝手に思い込んでいた。。そんな彼女たちを、男子生徒たちはしょうもないものを見るような目を向けていた。
結果、この学園において。
学園の王子様であるアーサー会長と、学園のお姫様であるミーシャ姫は、恋人関係ではないかという噂が絶えることがなかった。
というか、周知の事実でさえあった。
学園の王子様と、身分を偽っているお姫様の恋物語。乙女たちの妄想力は凄まじく。もはや、誰の手にも止められることはできない。二人の行動は、常に学園の注目の的であり、壁新聞部や校内放送部では二人の動向をつぶさに観察していた。間違っても。その二人の間に割って入ろうとする生徒など、いるはずもなかった。
……そう。今日までは。
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「会長、郵便が届いてまっせ」
アーサー会長の護衛である黒服のペペが、扉を開けて顔を覗かせた。
放課後。
時計塔の執務室には、せっせと書類仕事をしているアーサー会長と、いつものようにソファーで雑誌を読んでいるミーシャの姿があった。今日は、ナタリアとカゲトラの姿はない。ナタリアは学校が終わると同時に買い物に行ってしまい、カゲトラは何も言わずフラッとどこかに行ってしまった。
二人だけの執務室。
時計の針の音が、いやに大きく聞こえる。
時々、聞こえてくる書類をめくる音に、ミーシャは雑誌から目を離して、視線をアーサーに向ける。この時間が、彼女はとても好きだった。
そんな中、誰かが階段を上ってくる音が聞こえて、慌てて視線を雑誌に戻す。足音も主は、黒服のペペだった。ペペは封筒の束をアーサーに渡して、手短に業務報告を済ませる。
「うん、ご苦労様。何か変わったものはあるかい?」
「いえ、特別には。ノイシュタン=ベルグ市長からの手紙と、上の組織からの定期連絡。新しいピザ屋の広告と、詐欺まがいの保険勧誘の書類、などなど。あとは校長から、全校集会をもっと穏便に進めてほしいという嘆願書くらいっすかね」
「了解。必要なものだけ残して、要らないものはゴミ箱に捨てておいて」
「ういーす」
黒服のペペはそう答えて、上の組織からの封筒だけ執務机に置く。そして、ピザ屋の広告を抜き取ると、それ以外のものを全てゴミ箱に突っ込んだ。
「……市長は何だって?」
「どうせ、ご機嫌取りのゴマすりですよ。読む必要ないっすわ」
手をひらひらさせて、黒服のペペはピザ屋の広告を凝視する。……ふむ。デリバリーのサービスもしてくれるのか。ここで焼きたてのピザを食えるなら注文してもいいかもな、などとブツブツ呟いていた。
「……」
そんな彼のことを、ミーシャは雑誌からそっと見ていた。
ミーシャはピザが好きである。
だが、多忙なアーサーと一緒に食事をしたいために、外食を我慢していた。普段なら、黒服のどちらかに。もしくは、最近になって手に入った都合のいい後輩に買いに行かせるのだが。どちらにせよ、アーサーとの時間を最優先に考えているミーシャにとって、そのピザ屋の広告はこの上ないほど魅力的に見えたのだ。
「……ん?」
ミーシャの視線が、雑誌とアーサーを三往復ほどしたときに。ようやく、その床に落ちていた手紙に気がついた。
「ペペ。その手紙は?」
「は? ……あぁ、いけねぇ。書類の間に挟まっていたのかな?」
よっこいしょ、という掛け声とともにピザ屋の広告を折りたたんで、それを自然な素振りでミーシャの前に滑らせる。
この男も、そこらの凡人ではない。護衛対象であるアーサー会長とミーシャを護るため、常に周囲の警戒を怠らない。その能力は一流である。ミーシャの視線が、自分の持つ広告チラシとアーサー会長に向いていることにも。当然、気がついていた。
「なんだ? いやにファンシーな封筒だな?」
ペペは床に落ちていた手紙を拾うと、その宛名を見る。
そして、その人物が。学園の女子生徒であることに気がついた瞬間、……さぁ、と背筋を凍らせた。もっといえば、アーサー会長宛てに女子生徒から手紙が来ていたことに恐怖した。なぜかといえば―
「どうしたの、ペペ? 誰からの手紙?」
ミーシャの目が、獲物を仕留める狩人の目になっていた。
いや、より正確にいえば。男を他の女狐に取られまいとする女の目であった。
学園で人気のアーサー会長。当然として、熱心な女子からのファンレターも山のように届く。応援のメッセージくらいなら、まだ良い。だが、手紙という秘匿性を狙って愛の告白をしていくる輩もいる。
そんな存在を、ミーシャが許すはずもない。
本当は、好きで好きでたまらない。こうやって放課後に二人っきりの時間を大事にして、あわよくば良いムードになる切っ掛けを探している彼女にとって。ラブレターなどという姑息な手段をとる女たちに容赦をするはずがない。
結果。アーサー会長に届く書類には、黒服のペペが事前に検閲して、ふしだらな女からの手紙が届かないように事前策を打っていた。だが、この状況。黒服のペペの見落としという単純なミスが、ミーシャの怒りの炎に油を注ぐ。
「……ねぇ、その手紙。渡してくれない?」
「へ、へはっ!? いや、これはアーサー会長に届いたもので―。会長が見た後でもいいかなぁ、なんて思ってたりするわけで―」
ぷるぷると手を震わせながら、冷や汗をぼたぼたと垂らしていく。
この黒服のペペ。一流の仕事人である。
過去には戦場を駆け巡り、いくつもの死線を潜り抜けた強者である。生と死が一瞬にして分けられる戦場で、常に勝者として君臨してきた。だが、そんな彼も。……ミーシャだけは怖かった。
「……早く。ねぇ?」
「い、いや、どうっすかねぇ、もしかしたら大事な内容かもしれないのに。……あっ、姫。その広告のピザ、めっちゃ美味そうっすね!」
「そうね。ピザになりたくなかったら、早くその手紙を渡しなさい」
ミーシャの感情が抜け落ちた視線が、黒服のペペを貫く。
彼が、手汗まみれになりながらも狼狽しているのは、もうひとつ理由がある。それは自分の雇い主であるアーサー会長が、実に楽しそうな目で彼を見ていたからだ。
「ふふっ」
悪意など微塵も感じさせない王子様スマイルと、悪意しかない邪悪な女王様スマイルに挟まれて。一流の黒服であるペペは、脇汗をだらだらかきながら選ばなくてはいけなかった。
ピザになるか。
それとも、……主人の怒りを買って、海の底で魚の餌になるか。
そして、彼がとった行動は。
「……あ、アーサー会長。て、て、、手紙っす」
雇い主に対する自己保身、という大人の薄汚れた打算であった。ちっ、という舌打ちが、ミーシャから聞こえてきた。
……仕方ない。面倒事がひとつ増えるけど。都合のいい後輩の手を借りて、害獣の駆除をしないと。
後半は、今夜更新予定です。