♯11. Dust to Fire(灰は灰に、塵は死ね…)
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
……嗚呼、神よ。
お前の与えた試練は、確かに厳しいものだった。
恐らく、私の命は長くはない。右目は霞み、もう左手は動かない。足だって、いまにも倒れそうなほどだ。痛くて涙が止まらない。
それでも、我は。
我の信念を貫いてみせる!
例え、この身が滅びようとも。あの少年の恋心だけは、想い人のナタリア・ヴィントレス嬢へと届けてみせよう。それこそが、我が生きた証になるのだから!
「あ、嗚呼~、ナタリア嬢よぉ~。その制服に隠れた、小さなおしりぃぃいっ!?」
ズドン、と我の尻に銃弾が突き刺さった。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「おらっ、おらっ、おらぁっ!? ちっ、まだ生きてやがる!」
なんという執念だ。
こちらから見ても、もうボロボロのはずなのに。まだ立っているなんて。
そして、性懲りもなく。
手にした手紙を歌おうとしているではないか。ちくしょう、そこまでして私に嫌がらせをしたいか。このナタリア・ヴィントレスを怒らせて、タダで済むと思うなよ!
もはや、狙撃手の男からの無線もない。時折、眠そうなあくびが聞こえてくるくらいで、観測手の仕事を放棄してやがる。
くそっ、やはり私はひとりぼっちか。
銃弾が空になり、銃身から空のマガジンを外す。このままだと、こっちの残弾が尽きてしまいそうだ。
「はぁはぁ、……いいだろう。そっちがその気なら。もう容赦しない」
最初から容赦などしてはいないが、それは気持ちだけの問題だ。
ここからは、兵装の問題である。
私は、それまで使っていた対悪魔用の純銀弾が入ったマガジンではなく。別の銃弾が装填されている、赤いラベルのついたマガジンを手に取った。
「(……できることなら、コイツは使いたくはなかったけど)」
なにせ、単価が高い。
それに信頼性も低い。あの銃職人ジョセフの手作りというだけで、もはや何も信用できない。
あと、周辺被害とかのことを考えると、街中で使うのはどうかと思われる。それも、この首都の顔のひとつでもあるオペラ座の劇場に向かって撃つなど、正気の沙汰ではない。
しかし、あの悪魔を黙らせるなら手段は選ばない。
私の最高に高まった殺意と共に、撃ち抜いてやろうではないか。赤いラベルのついたマガジンを装着して、初弾を装填。
「へへっ、くたばれ」
私は『ドラグノフ狙撃銃』の引き金を絞り、その銃弾を放った。
赤いラベルに、緑のマーキング。
それは、先端に炸裂火薬と起爆剤を込めた特殊弾。分厚い装甲を貫通させて、内部で爆発させるという狂気の弾丸。……つまるところ、戦車などに向かって使う『焼夷徹甲弾』であった。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
嗚呼、この街に住まう人間よ。
聞こえているだろうか。
我の歌が。
我の歌声が。
一人の人間を愛するという、ただそれだけのことが。こんなにも困難なものだとは思わなかった。彼の透き通るほどの純粋な想い。そう、まるで。この夜空のように、どこまでも輝いていて、手には届かないほど美しい。
……愛している。
たった、一言。
それを伝えられない、もどかしい想い。
時が経てば、少年は大人になるだろう。心にもない言葉を口にして、様々な女性に愛を囁くだろう。
だからこそ、この一瞬の。
純粋で。
なんの穢れもない想いが。
ただ、ひたすら。胸を打つのだ。
……もはや、逃げ回る体力もない。
両脚は動かないし、意識も朦朧としてきた。声は擦れ、歌となっているかもわからない。
我は、伝えられたのだろうか。
この街の、どこかにいる。顔も声も知らない少女へ。少年が胸に抱える、狂おしいほどの想いを。
そして、下着の色への執着を。できることなら、……嗚呼、できることなら。最後に、その少女。ナタリア・ヴィントレス嬢に会ってみたかった。その下着が何色なのか見たかった。だが、それも叶わぬ願いだろう。
次の銃弾で、我は命を落とす。
……ならば、せめて。
……この『恋文』だけは、守ってみせよう! 何があっても、あの少年の想いだけは消させはしない!
「これにて、閉幕なり」
我は背筋を正して、両手を広げる。
そして、次の瞬間。
暗闇から一瞬の閃光が輝き、一発の銃弾が飛んできた。
嗚呼、さらば。その銃弾は、我の体を貫いて、……貫いて、あれ? 貫かない?
飛んできた銃弾は、我の体に直撃したものの、先ほどまでの銀の銃弾ではなかった。だが、その代わり。……カチッ、という音が銃弾から聞こえてきて。
「へ?」
ドカン、と爆発した。
それと同時に、我の体が燃え上がる。銃弾に何か仕込んであるのか。飛び散った火薬が、炎が、まるで消える気配がなかった。
そして、何より。
問題なのが。
「あ、ああああああああああああぁぁぁぁっ!?」
我が手にしていた手紙が。
少年の想いが綴られた『恋文』が、一瞬にして。
……灰に変わっていた。
……我の心を、魂を救ってくれた恋文が、この炎によって。永遠に失われてしまったのだ。
「あああぁっ、あんまりだぁぁぁっ!?」
がくっ、と膝をつき、涙があふれる。
我は生まれて初めて。
泣きながら、この世を呪った―
※脚注
・焼夷徹甲弾:HEAIP。対人での使用は国際条例によって禁じられています。絶対に、人に向けて撃ってはいけません。