♯10. Panty Privacy(…よりによって、あの下着を見られていたなんて。)
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「あ、やっちった」
やべっ、と思いながら、私は表情を強張らせる。
狙撃手の仕事には『待つ』という、とても重要な仕事がある。そう自分に言い聞かせて、自制心を働かせていたつもりなのに。
ラジオから聞こえてきた、あの悪魔の歌声。
その内容に、頭に血が上ってしまい。気がついた時には、銃弾をブッ放していたのだ。
私は慌てて、輻射姿勢のまま『ドラグノフ狙撃銃』のスコープを覗き込む。それと同時に、右手をズボンの上からお尻に触れる。……今日は何色だっけ?
「……やるな。えらく仕事が早いじゃないか」
無線機越しに、狙撃手の男が呆れたように言った。
うるさい! こっちは乙女のプライバシーと貞操を賭けて戦っているんだぞ。指先が狂ってしまっても仕方ないじゃないか。……くそぉ。よりによって、あの下着を見られていたなんて。
これ以上、あの悪魔に歌わせるわけにはいかない。
私は、新たな殺意を胸に刻みながら、協力者の男に向けて声を上げる。
「着弾観測は!? ヒットしたの!?」
「……あぁ、ちゃんと当たったぞ」
狙撃手の男は冷静だ。
「どこに!?」
「……頭だ。綺麗なヘッドショットだな。良い腕だ」
その答えに、私は安心のため息をつく。
自分でも気がつかない内に撃ってしまったので、ちゃんと当てられたのか自信がなかった。
「ふぅ~、よかった。じゃあ、これで撤収―」
「……だが、残念なことに」
一瞬だけ。
狙撃手の男が言い淀んでから続ける。
「……どうやら仕留めそこなったようだ。そっちでも確認してくれ」
「はぁ!? なんですって!?」
私はスナイパーライフルを構えなおして、狙撃スコープの視界に意識を集中させる。
オペラ座の劇場。
その屋根。
悪魔が立っていた場所を見ていくと、驚くべきことに。倒れていた悪魔が、再び立ち上がろうとしているではないか。手には、手紙のようなものを握りしめ、その目からは涙のようなものが流れている。
「ちょっ、どういうこと!?」
「……俺にもわからん。銃弾は確実に、頭を撃ちぬいていたはずだが」
まぁ、相手は悪魔だし。致命傷には至らなかったんじゃないのか。などと、呑気な声が無線機越しから聞こえてくる。
「もしかして、この銃弾じゃあ倒せないとか?」
「……待て。今、確認している。……あぁ、そういうことか。お前の撃った銃弾は、中心を捕らえていなかったらしい。わずかに左に逸れて、それで致命傷を免れたのか。ちゃんと狙いをつけないで撃ったせいだぞ」
それでも、人間相手だったら助からないんだがな。
無線越しの狙撃手の男が呟く声を聞き流して、私は再び射撃体勢に入る。
「ちっ! だったら、今度こそブチ殺してやる」
元より、一撃で片付くなんて思っていない。
そのための自動装填のスナイパーライフルだ。連続狙撃はお手の物だ。あの悪魔の手足をブチ千切って、脳みそをグチャグチャになるまで、撃って、撃って、撃ちまくってやればいい!
そんな悪態をつきながら、次弾のための集中力を高めていく。
……これじゃ、どっちが悪魔なのかわからないな。という声が、無線機越しに聞こえた気がした。
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嗚呼、なんということだろう。
まさか、我の歌声を邪魔するものが現れようとは。
これは試練なのか。
彼の恋を応援すると決めた、そんな私に向けての神からの試練だというのか。
よろしい、神よ。
ならば、我は。我の矜持をもって、断固として迎え撃とうではないか! 我は彼から託された、この恋文を。何としてでも歌い上げてみせる。
彼の尊い恋心は。
誰にも。
邪魔させはしない!
「嗚呼ぁ~、ナタリア嬢よ~。君の、その下着~。その色は、夜の闇のような黒い、あぎゃっ!? ……で、ひらひらと舞うフリルがぁぁっ!? ……ちょ、蝶のように愛らしく~。左右で縛られた紐ぱん、のぉっぉぉ?!」
ズドン、ズドン、ズドン!
一小節を歌うたびに、雨のように降ってくる銃弾。それを必死にかわして、避けて、逃げながら。我は一生懸命に歌い続ける。
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「ええい、ちょろちょろ逃げんな!」
狙撃スコープの向こう側で、ちょこまか逃げている悪魔に暴言を吐く。
「……ヒット、ヒット、外れ。ヒット、外れ、外れ、外れ。……やるな、あの悪魔。お前が撃つ場所を予測して、被弾を避けているぞ。たいしたもんだ」
「そんな下らないことを報告しなくていいから! まだ、あいつを倒せないの!?」
私は、ギターケースからありったけのマガジンを引っ張ってくると、『ドラグノフ狙撃銃』に新しいマガジンを装填する。コッキングレバーを引いて、初弾を装填。狙撃スコープを覗き込んで、標的の悪魔をレンズの十字線の中心へと狙いをつける。
「……手傷は与えられているんだが、意外としぶといな」
「クソッ、さっさとくたばりなさい!」
私は狙撃スコープを覗き込み。
怒りの感情を吐き出しながら、その引き金を絞る。