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#8. Rooftop(廃墟の屋上で、狙撃の準備を…)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 深夜0時。

 首都の住民も寝静まり、酒場だけが活気づく時間に。私は放棄された廃墟のビルの階段を上がっていた。夜空には星空が広がっていて、たまに酔っぱらいの声が聞こえてくるくらい。そんな静かな夜だった。


「うぅ~、さぶっ!」


 私は自分の両肩を震わせながら、建物の外につけられた階段を上る。

 さすがに、深夜ともなると寒さが厳しい。手に握っているのは、演奏家たちが愛用する頑丈なギターケース。もちろん、中に入っているのは。ギターなんかではない。


「はぁ、はぁ。……やっと着いた」


 私は屋上に到着すると、学生鞄をコンクリートの地面に下ろす。いつも以上に荷物を突っ込んできたので、鞄の中身はパンパンだ。


「まずは、と」


 学生鞄の中に手を突っ込んで、携帯用のラジオを取り出す。

 電源を入れて、アンテナを伸ばす。そして、小さなダイヤルを回してチューニングをすると、雑音混じりのJAZZが流れてきた。この首都で、深夜に放送されている音楽番組だ。録音なのか音質はイマイチだけど、そこはご愛敬。


 私は、ラジオから流れるJAZZに耳を傾けながら、薄い布切れを取り出すと、丁寧に屋上の地面に広げる。


 今夜は長期戦になる覚悟もできているし、その準備も怠っていない。

 いつもの学生服では寒すぎるので、厚手のズボンとセーター、そしてマフラーまで着こんでいる。女子力は死にまくっているが、誰も見ていないから良しとしよう。それでも寒さに不安だったので、ミーシャ先輩に冬物のコートを貸してもらった。一番安いものを、とお願いしたはずだけど、先輩から受け取ったコートには、私でも知っている有名ブランドのロゴが刺繍されていた。……うん。戦闘になったら脱ごう。弁償できないし。


「まぁ、暖かいけどね」


 ぬくぬくとコートの温かみを堪能しながら、今度はバックから水筒を取り出す。保温性に優れた水筒には、女子寮を抜け出す直前に淹れた紅茶が入っている。お供のチョコレートやクッキーまで持参しているという徹底ぶり。私は、湯気の立つ紅茶で一息つきながら、このまま帰りたいなと密かに思っていた。


「……さて、準備でもするかなぁ」


 はぁ、とため息を零してから、今夜のための準備を始める。

 こんな深夜遅くに、わざわざこんな廃墟の屋上に来たのは、優雅に天体観測をするためではない。そんな悲しい現実に打ちのめされながら、私は持ってきたギターケースの蓋を開ける。


 そこに納まっていたのは、言わずもがな。

 銃職人、ジョセフの手によって、長距離狙撃用に調整してもらった『ドラグノフ狙撃銃』だ。


 狙撃用のスコープを搭載させてもらい、微細な調整も済んでいる、……はずだ。こればかりはジョセフの爺を信頼するしかないが、どうしても少しばかりの不安が残る。


「あの爺。後で、覚えておけ」


 この銃を受け取った時のことを思い出しながら、ギターケースの隙間に梱包されているマガジンを手に取る。中には、対悪魔用の純銀弾が装填されている。それとは別に、赤いラベルがついているマガジンには、特注で作ってもらった特殊弾が込められている。


「……よっと、こんな感じかな?」


 私は、自分の学生鞄を丸めて、屋上の淵に置くと。その上に、『ドラグノフ狙撃銃』の銃身を載せた。そして、先ほど屋上に敷いた布切れの上で腹ばいになると、そのままの態勢で銃を構える。


 グリップを握りしめて、ウッドストックを肩に当てる。

 丸めた学生バックで銃身を安定させて、狙撃用のスコープを覗き込む。そのスコープ越しの視界には、目標であるオペラ座の劇場が映っていた。


 ……ここを狙撃ポイントに選んだのは、昨日のことだ。

 敵の悪魔に察知されない500メートルから離れた場所。深夜の天候と、それに伴う風の影響。そして、銃声がしても別に騒がれないスラム街の近くの廃墟。本当は、もっと首都の地図と睨めっこして、ベストの狙撃ポイントを探したかったけど。一日でも早く、その悪魔を駆除してやりたい、という私の願望しゅうねんのほうが強かった。これ以上、私のプライバシーを公共の電波に載せるのは許されない。


「ちょうど、劇場が終わった頃かな?」


 狙撃スコープ越しに、オペラ座の劇場の玄関を見てみると。豪華に着飾った富豪たちが送迎の車に乗っているところだった。アーサー会長の情報では、その悪魔が出現するのは劇場が終わったあと。深夜1時ごろらしい。


「(……まだ、時間があるかな)」


 私は、一度。スコープから目を離して、銃のグリップから手を離した。

 その時だ。ラジオから流れていたJAZZとは別に、違う電子機器から声がした。私は思わず舌打ちをしながら、その機械を取り出す。


「……準備は、できたか?」


 それは携帯用の無線機だった。

 軍隊で使用されているバカでかい奴ではなく、普通の電気屋さんでも買えるシロモノだ。私は少し不満そうな顔になりながら、無線機の向こう側にいる狙撃手の男スナイベルに返事をする。


「えぇ。このクソ寒いこと以外は、順調ね」


「……それはよかった。引き続き、警戒は怠るなよ」


 それだけ言って、狙撃手の男スナイベルは一方的に通話を切る。

 あの男には、観測者スポッターを依頼したはずなのに。観測者とは、狙撃のサポートする役目の人間だ。着弾地点の確認、目標の動向、適切な誘導。優秀な観測手になるためには、それこそ優秀な狙撃手になるよりも困難だという。その点、この男の腕には不満はないのだが。

 私は、イライラを募らせて、再び無線機の通話を始める。


「あー、もしもし? 聞きたいことがあるんだけど?」


「……なんだ? 通話は最小限にしろ」


 何をそんなに神経質になっている。相手が軍隊なら傍聴される危険もあるだろうが、今回の標的は『悪魔』だ。あいつらに人間の常識は通用しないし、人間の技術を逆に利用するという発想もない。


「(……もしかして、人選を間違えたかな)」


 そんなことを思いながら、私は口を開く。


「ねぇ、確認したいんだけど。あんたには観測手のサポートを依頼したよね?」


「……あぁ。その認識で問題ない」


「そう。だったらさぁ。……なんで、あんたはここにいないわけ?」


 私は呆れたように、誰もいない狙撃ポイントの屋上を見渡す。


「観測手は、狙撃手の近くにいるもんじゃないの?」


「……それが、常にベストの選択であるとは言えない」


「どういうこと?」


「……お前に何かあったら、俺はさっさと逃げるということさ。見ず知らずの女のために、命まで掛けてやる必要はない」


 んなっ!?

 こいつ、自分だけは安全な位置で隠れているつもりか!?

 くそ、どこだ。どこに隠れてやがる? 慌てて周囲を確認するけど、それらしき人物は見当たらない。寝静まったスラム街に、街灯の明かりが灯る首都の中心部。そこにひときわ目立つ、エッフェル電波塔が遥か遠くに見える。


「……残念だが。そんなにキョロキョロしても、俺は見つけられないぞ」


「ぐぬっ。貴様、私を見ているな!」


「……当たり前だ。俺は観測手だぞ。請け負った仕事くらいはこなす。だから、……危険だと思ったら、すぐに逃げるんだぞ。いいな?」


 最後のほうは、妙に優しい声だった。

 だが、騙されてなるものか。こいつの援護は期待できない。悪魔の姿を見たとたん、すぐに逃げ出すに決まっている。私なら、そうする。


「(……ちくしょう! こうなったら、一人でもやってやる!)」


 私は、鞄からビスケットの袋を取り出すと、バリバリとやけ食いを始める。そこに熱々の紅茶を流し込み、その手で今度はチョコレートの封を開けた。


 まさに、そんな時だった。

 ゆったりとしたJAZZを流していたはずのラジオが、突然。


 ……雑音混じりの不気味なノイズへと変わっていた。


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