#7. SVD(花くらい添えてやる)
どうしよう。
いったい、どんな銃を持ってくるつもりなのか。いっそのこと、このまま逃げてしまったほうが得策かもしれない。
そう決心して、銃工房から逃げだそうとした私に。
ジョセフが、肩で息をしながら走って戻ってきた。……おい、早すぎるぞ。歳を考えろよ、爺!
「おらぁ、持っていけ! こいつが、お前さんが求めていた自動装填のスナイパーライフルじゃい!」
どんっ、と床に置いたのは。
白い布で、ぐるぐる巻きにされた棒状のものだった。恐らく、中に包まれているのは狙撃銃なのは理解できる。だが、どうしてだろう? ぐるぐる巻きにされた白い布の至る所に、十字架の印が施されていて、その上から鎖まで巻かれている。明らかに、何かを封印しているような見てくれだ。
「……これって、まさか。呪われて―」
「知らん! 俺は、もう知らん! こいつはもう、お前さんのものだ!」
ばばっ、とジョセフ爺は白い布をはぎ取っていく。
ぷちん、ぷちん、と十字架を切り離して、鎖を解いていく。そして、最後に。その場所に鎮座していたのは―
「げっ、これって―」
「はぁ、はぁ。……あぁ、お前さんもよく知っているだろう?」
ジョセフ爺は決して、その銃に触れることなく。その姿を見下ろした。
「東側陣営の超大国。連邦が開発した自動装填のスナイパーライフル。有効射程距離は800メートル、装弾数は10発。銃弾は7.62㎜。銃弾を放ったときのガス圧を利用した自動装填の機構を搭載。軽量化のため肩に当てるウッドストックには大きな空洞をあけて、素早い連続狙撃を可能にしている。正式名称はSVD、通称―」
「……ドラグノフ狙撃銃、だと?」
私は、愕然とする。
なぜ、こうなる。東側陣営の政治方針を心の底から毛嫌いしている私が、どうして東側で製造された銃で身を固めなくてはいけないのか。
ドラグノフ狙撃銃。
それは、東側陣営の超大国。連邦が国の威厳とプライドのために作られた、当時としては最新式の狙撃銃だ。
最大の特徴は、銃弾が自動装填されるスナイパーライフルだということ。
銃弾を放ったときに出るガスの圧力を利用して、マガジン内の銃弾を薬室に送り込む。そのため、引き金を戻せば、すぐに次の攻撃ができる。連続狙撃を可能とした、スナイパーライフルの異端児だ。
世界大戦当時、それまで狙撃に使われてた『モシン・ナガン』は、一発、一発の装填が必要なボルトアクション式のライフルだった。だが、戦局が荒廃していき(その原因は、連邦の党による戦争主導が主な原因だったと、私は硬くなに信じている)、連邦内では禁忌とされていた『現場の意見に耳を傾ける』という発想で開発されたのが、この『ドラグノフ狙撃銃』だ。
自動装填による、連続狙撃。
腕の良い選抜射手たちによる狙撃は、戦場において脅威としか表現できまい。
人々のために国があるのではなく、国を存続させるために国民を消費する。国民は火を起こすための薪であって、兵士など畑からいくらでも搾取できる。そんなクソみたいな連邦が、戦場の悪化によって追い詰められて。威厳もプライドもかなぐり捨てて作成されたスナイパーライフルが、まさに連邦の威厳を保つために使われていることに、私はどこか複雑な気持ちで見ていた。
「……なんで、この銃をあんなに厳重に保管してたの?」
「ふん、出所は聞くな」
ドラグノフ狙撃銃そのものは、それほど希少な銃ではない。
むしろ、よく知られているスナイパーライフルだ。
その理由は、……実に単純。
「……ごくり」
私は生唾を飲みながら、床に放置されている銃を見る。
ただ、ただ。
……ただ、カッコイイのだ。
そのスマートの外見。ウッドストックに開けられた大きな空洞が、さらに全体をシャープに見せている。マガジンも、無駄に長くないショートタイプ。そこに搭載される狙撃用のスコープが、全体像を完璧に近いものにさせる。連射狙撃ができる性能と、そのスマートな外見から、東西に渡って人気の高い銃なのだ。ちなみに、私の中でも二番目に好きな銃である。
「ふ、ふ~ん。ドラグノフねぇ~。ま、まぁ、有名な銃だしぃ。別に嫌いってわけじゃないけどぉ。でも。こっちのお財布の事情もあるわけで―」
「タダでいいぞ」
「いただきます」
キリッ、と真顔になって、ドラグノフ狙撃銃に飛びつく。
むふふ~、この銃身の手触りと、職人の手で作られたウッドストックが堪らない。どこも錆びついていないし、ちゃんと整備もされているみたい。重量は、それなりにあるけど、振り回すわけじゃないから問題もない。コッキングレバーを手前に引いたり、スコープのない状態で狙いをつけてみたりする。
前の持ち主が、どんな人だったのか知らないけど。うん、なかなか悪くない。
「少し時間をくれれば、狙撃スコープの取り付けと調整もやってやるぞ。標的との距離は?」
「500メートル。……いや、550メートル。四階建ての廃墟から、劇場の屋根にいる『人じゃないもの』を撃つ」
「だったら、射角はマイナス0.5度ってとこか」
「零点調節もよろしく」
「俺を誰だと思っている」
ジョセフは分厚い軍手を取ると、その銃を布に包むようにして受け取る。
どうあっても、この銃に触れたくないらしい。
「……でも、いいの? そのドラグノフ、保管状態はすごく良いみたいだし。後から、お金を払えって言わないでよ」
「いやいや、助かるのはこっちだぜ」
にこにこ、とジョセフ爺は笑う。
この不愛想な銃職人が屈託なく笑うところを初めて見た。
「いやー、この銃はな。もう何人もの血を吸っている、曰くつきの銃でさ。使っている人間がすぐに死んじまう呪われた銃、なんて噂もあったくらいでよ」
「……は?」
「なぁに、気にすんな。なんせ、最後にこの銃を使っていたのは、お前さんの上司の『S』女だ。あの魔女みたいな女は、それこそ笑いながら人間の頭を吹き飛ばしていたぜ」
「はぁ!?」
「かーかっかっか、これで肩の荷が下りたってもんだぜ。……あ、もしもの時は、墓に花くらい添えてやるからよ。安心して散ってくれや」
「はぁあああ!?」
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※脚注
・ドラグノフ:SVD。こちらの世界ではソ連製。元祖、セミオートのスナイパーライフルと呼んでも良い存在。この銃を背負って学校に通いたい、と言っていた某有名小説家もいるらしい。
・零点調節:ゼロインと読もう。狙撃スコープを覗き込んで、狙った距離の獲物に、弾がスコープの中心に飛んでいくように調節すること。バトロワ系のゲームでは未実装なことが多い。