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♯3. Cafe & Gun (カフェと寡黙な男と、…スナイパーライフル)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 平日の朝。

 その男は、いつもと同じカフェに入ると。いつもと同じコーヒーを注文して、いつもと同じテーブル席に座る。

 

 店の外では、通勤ラッシュでせわしなく移動する人たちで溢れかえっている。会社員、学生、子供連れの母親。そんな光景を前にしても、男は急ぐ様子はない。カフェのマスターが入れてくれたコーヒーを飲みながら、持ち込んだ新聞を広げる。


 平凡な男に見えた。

 よく見かけるメーカーの男物のスーツに、デパートで売っている安物のコート。あまり人付き合いがよくないのか、その表情は常に険しい。


 ただ、ひとつ。

 目を引くものがあるとすれば、頑丈そうな細長い楽器ケースだ。


 まるで高級な楽器でも持ち歩いているかのような頑丈さだ。大きなサックスか、あるいは長いトロンボーンか。そうして見れば、この男も。不愛想で寡黙な音楽家に見えなくもない。……彼からわずかに漂う、硝煙・・の匂いに気がつかなければ。


「……」


 男は、その細長い楽器ケースを手の届く場所に置きながら、視線だけは新聞から離さない。

 外の喧騒とは違い、ゆったりとした時間が流れていた。


 男は、この時間が好きだった。

 仕事・・に行く前の、わずかなひと時。時折、視線を上げて、外の風景に目を向ける。忙しいながらも平和な街並みを、どこか無関心に見ていた。そして、コーヒーカップを傾けて、再び視線を新聞に向ける。


 そんな時だった。

 カラン、カラン、とカフェの扉のベルが鳴って、別の客が来たことを告げる。


 この時間帯に、男以外の客はいない。

 その『新しい客』は、マスターに何かを注文すると、真っすぐ男のほうへと歩いてくる。


「……」


 男は、顔を上げない。

 視線を新聞の記事に向けたまま、意識だけは新しい客へと向けていた。


 だが、その新しい客は。男の脇を通り過ぎると、隣のテーブル席へと腰を下ろす。そして、男と背中合わせになるように座った。


 男は静かに、自分の頑丈で長細い楽器ケースを引き寄せる。新聞を読むフリをしつつ、自然な素振りで飲みかけのコーヒーカップを遠ざける。わずかな切っ掛けさえあれば、男はすぐに行動を起こすつもりだった。……空気が張りつめるのを感じた。


 ―どうぞ、カフェ・ラテです。


 マスターも不穏な空気を察したのか、注文された品をテーブルに置くと、そそくさと離れていく。そして、新しい客が、そのコーヒーカップに触れて。男が鞄の中身を取り出そうとした、その瞬間―


「そんなに殺気を立たせるな。こっちは交渉に来たんだ」


「っ!?」


 背後の客から、声がした。

 どこか無理やりに声色を変えたような声だった。男はしばらく黙ったあと、背中越しの人物へ返事をする。テーブルの隅に寄せた、コーヒーカップに手を伸ばしながら。


「……交渉? なんのことだ」


「惚けるなよ。あんたが、この店に通っていることは知っている。まずは依頼の内容を聞くべきじゃないか?」


「悪いが、話が見えない。俺は、しがない会社員だ」


「知っているさ。保険会社のサラリーマンだろう。……表向きは、だ」


 コトッ、と背中越しに、コーヒーカップをテーブルに置く音が聞こえた。


 交渉か? 本当に仕事の依頼に来ただけなのか?

 それとも、自分の命を狙いにきた殺し屋か。男がこれまでしてきたことを考えれば、邪魔な存在として命を狙われても不思議でない。実際、これまでに何人もの刺客が送り込まれてきた。


 ……そして、その全てを返り討ちにしてみせた。


「話は終わりか? 悪いが、これから仕事なんだ。失礼する」


 男が新聞紙を折りたたみ、テーブル席から立ち上がる。

 そして、その長細く頑丈な鞄に手を触れた、……その瞬間。


「逃げるなよ。それだと、あんたの家族がどうなっても知らないぜ。凄腕のスナイパーさんよ?」


 ピキッ、と男の額に青筋が走る。

 その言葉が何を意味するのか、頭が理解するよりも早く。男は、その頑丈な鞄を開いていた。そして、流れるような熟練とした動作で、鞄の中から『それ』を取り出すと、背後の席にいる人物に向けて構えていた。


 それはまさに、一瞬の早業だった。


 ……今、なんて言った?

 男は見開かれた目で問いながら、人差し指を引き金・・・に掛ける。

 男がいつも持ち歩いていた頑丈な細長い楽器ケース。その中に入っていたのは、楽器などではなかった。


 黒い銃口。長細い銃身に、狙撃に特化した望遠スコープ。

 ボルトハンドルはすでに定位置に収まっており、初弾は装填済み。安全装置セーフティーなど、とっくに解除されている。


 男が構えていたのは、一丁のスナイパーライフルだった。


 そして、ちょっとでも引き金を絞れば、銃弾を放てる態勢でもあった。何より、無機質な殺意に溢れている。そんな男の姿を見て、背後に座っていた客は― 


 ……泣き出しそうな声で叫んでいた。


「ぎゃぁぁぁぁ! 待って待って待って、そんなに怒んないで! 嘘に決まってるじゃん! 冗談よ、冗談。そこまでマジになるなんて思ってなかったんだから! ね、ねっ!? お願いだから、撃たないでぇぇっ!?」


 というか、もう泣いている。

 顔を真っ青にさせながら、両手を上にあげて。ガクガク、ブルブルと全身を震わせていた。このまま放っておけば、今にもチビりそうなくらい、ビビりまくっている。


 そんな首都の高等学校の制服を着た、銀髪の少女を目の前にして、ようやく。

 その男は、首を傾げるのだった。


「……誰だ、お前?」



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― 新着の感想 ―
[一言] ナタリアさん、強引に。 この男が想定している方だとすれば、卒業後初登場ですね。
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