♯2. Sniper hunt!(狙撃せよ!)
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで、私が!? 別に、私は関係ないでしょう!?」
至極、真っ当な反論をしたつもりだった。
それが、どうしてだろうか。
この部屋にいる全員が、どこか私に責任があるような視線を送ってくるではないか。ミーシャ先輩やカゲトラの野郎はともかく。比較的に常識人であるはずの、アーサー会長の護衛の黒服たちまで、哀しそうな目でこちらを見ている。
「うん。まずは、作戦の概要から説明しようか」
会話の流れを変えるためか、アーサー会長は身を乗り出して声を出す。
「今回の目標は、オペラ座の屋上で歌う悪魔。……仮の呼称は『オペラ座の悪魔』だ。その悪魔は深夜になると、この首都にある全てのラジオへ向けて歌いかける。電源も入っていないのに、ラジオが勝手に動き出して、その悪魔の歌声が聞こえてくるんだ。そのせいで寝不足やノイローゼになりかかっている人が急増していて、このままだと都市機能が停止してしまう危険さえある」
それから彼は、少し疲れたような顔をする。
どこか呆れているようにも見えた。
「その悪魔が歌っているのは、とある男子生徒の恋文らしい。……つまり、ラブレターだ。好きな女の子がいて、でも勇気がなくて告白できない。そんな想いを手紙にしたため、それを悪魔が嬉々として歌っているんだ」
「はぁ。ラブレターの公開演説なんて、本人にしたら悶絶ものでしょうに」
私が呟くと、意外にもアーサー会長は首を横に振る。
「いや、本人にしたら、むしろ本望らしい。これで自分の想いも彼女に伝わるんじゃないかって、嬉々として喜んでいたよ」
「……ってことは、会長は。その男子生徒と話をしたんですね」
「うん。それから、彼自身に生命の危機が迫っていると判断したから、安全な場所に避難してもらったよ」
うん?
命の危険?
悪魔が、その男子生徒のラブレターで快楽を得ているのであれば、そいつが危険になることはないはずだけど。
「さて、その問題のオペラ座の悪魔だけど。これまでの悪魔と違って、好戦的ではない。どちらかというと姿をくらませるのが上手い。まぁ、悪魔本人にしたら、人間のラブレターを歌って楽しんでいるだけだから、最初から戦うつもりはないんだろうね」
実際、最初はカゲトラを含む、数名のメンバーで対処しようとしたらしい。
ところが、オペラ座に近づくどころか。敵意を持って、首都の中心から1ブロックでも近づこうものなら姿を消してしまうのだとか。その距離は、およそ500メートル。足に自信のある非正規メンバーのNO.が追いかけてみたが、すぐに見失ってしまったらしい。
「危機察知能力が高い、ということだろうね。敵ながら、これにはお手上げだよ」
直積的な害はなくても、こうも毎日。安眠を妨害されると、気分のいいものじゃないからね。と、アーサー会長はあくびを噛み締める。
なるほど。アーサー会長も、ミーシャ先輩たちも。何となく調子が悪そうに見えるのは、本当にただの寝不足らしい。
「それで? どうして、私がやらなくちゃいけないんですか? こうは言いたくないですけど、私には関係ありませんよね? 夜だって、全然眠れていますし」
自分にも実害があるのであれば、少しは考えなくもないが。別に、私が狙われているわけでもないし、実際に無害だ。それだったら、わざわざ自分の手で解決する責任はないだろう。
「そうだね。ひとつめの理由は、ナタリアさん向きの仕事だから、かな」
アーサー会長が、にこりっと笑う。
私の傍にある、ヴァイオリンケースを見つめながら。
「率直に言おう。今回の任務は、『狙撃』で倒すことが一番だと思う」
「狙撃、ですか?」
きょとん、と私は面食らう。
おいおい、私は普通の女の子だぞ。そんな可憐な少女に、悪魔の狙撃をさせるなんて。どういう神経をしているんだ、この会長様は?
私が呆れていることに気にも留めず、アーサー会長は続ける。
「このオペラ座の悪魔は、とにかく逃げ足が速い。しかも、周囲に警戒の魔法でも発動させているのか、半径500メートル以内の敵意に敏感に察してしまう。ならば、その範囲外からの一撃で倒すしかない」
それは、そうかもだけど。
だが、私自身。それほど長距離の狙撃は得意じゃないんだけどなぁ。愛用の消音狙撃銃の『ヴィントレス』だって、有効射程範囲は400メートル。それも銃弾の特性で、弾丸の落下速度が激しい。とてもじゃないが、長距離狙撃向きの銃ではない。
と、そこまで考えて私は激しく頭を振る。
いやいやいや、何を前向きに検討しているんだ。
私は、この学園に通っている普通の女子学生なんですよ。こんな物騒なことは、すでに人間を辞めてしまっているNO.たちに任せればいい。
「え、えーと、狙撃って、遠くから鉄砲で撃つ、ってことですよねぇ? わぁ~、すごいなぁ。私に、そんなこと、できると思えないんだけどなぁ~」
あははー、とわざとらしい笑顔を貼り付ける。
そんな私に、アーサー会長は細長い紙切れをテーブルに滑らせる。これは、……小切手か?
「報酬は弾むよ。なにせ、ノイシュタン=ベルグ市長から直々の依頼だ。額面は、そこに書いてある。必要なら現金で用意させよう。それでも不満なら―」
「話を聞きましょう。それで、目標の特徴は?」
キリッ、と顔の表情が引き締まる。
視線の先には、小切手に刻まれている金額と桁数。もほほ~、なんという太っ腹。これだけのお小遣いが貰えるのなら、多少の危険など許容範囲だ。よし、この週末はデパートで買い物にしよう。そろそろ新作のコートが欲しいと思っていた頃だしね。
「ははっ、話が早くて助かるよ。(……ふっ、本当にちょろいな。この子は)」
最後のほうはよく聞き取れなかったけど、まぁいいか。この仕事を終わらせたら、しばらくは遊んでいられるはずだ。にやにやと頬が緩みっぱなしの私を、アーサー会長は生優しい目で見ていた。
「あ、ちなみに。外部の人間に協力を頼んでもいいけど、その時の費用は、その報酬から差し引かれるから。気をつけてね」
ぐっ、こういうところだけは抜け目がない。
つまり、長距離の狙撃が苦手なら、別の人間を雇ってもいいが。そうすると、お小遣いが減るということか。……ちっ、仕方ない。失敗したら元もこうもない。必要経費として甘んじて受け入れよう。
そこまで考えてみると。ふと、疑問がわいて、アーサー会長に聞いてみる。
「そう言えば、私が適任って言ってましたけど、他にはどんな理由があるんですか?」
「うん? ……あぁ、そうか。ナタリアさんは、あのオペラ座の悪魔の歌を聞いていなかったんだね」
「え? まぁ、そうですけど」
「そっか、そっか。世の中には知らないほうが良いこともあるけど、君を怒らせたら後が怖そうだから。最初に教えておくよ」
アーサー会長は、そう口にすると。
彼の執務机で山のようになっている書類の一番上を取ると、それを私のほうへ滑らせる。
それを見て、私は。
感情の抜け落ちた顔で、彼に振り返った。
その目は、……無自覚な殺意に染められていた。
「……アーサー会長。このラブレターを書いたクソ野郎は、どこにいるんですか?」
「さっき言っただろう。命の危険があるから安全な場所に隠れているって。……僕の仲間から、人殺しを出したくないからね」
その返答を聞いて、私は。
オペラ座の悪魔が歌っていたというラブレター。その内容が書かれた書類を黙ったまま、ビリビリと破り捨てた。そして、『ヴィントレス』の入ったヴァイオリンケースを手に、無言で部屋を後にする。
扉が閉まり、無言に包まれる時計塔の執務室。
そのまま放置されているバラバラに破られた書類には、……こう記載されてあった。
―あぁ、愛しの貴女。
今日も、貴女は美しい。その憂いを秘めた瞳。純粋無垢な顔。太陽に輝く銀髪。そして、見る者を欲情させる、その短い制服のスカート。貴女が歩くたびにスカートの裾が揺れて、折り込まれたプリーツが嬉しそうに揺れるんだ。君は知っているだろうか。君が階段を上る時、ぼくはいつも下から覗いているのを。そこから見える楽園が、ぼくの生きる希望だった。
昨日は、白色だったね。
その前は、水玉模様だった。
もっと前は、■■■■だった。純情そうに見えて、その制服の下は、欲求と■■■■■に包まれているんだ。ますます素敵だよ。
あぁ、愛おしき、ナタリア・ヴィントレスさん。
貴女は、ぼくの天使だ。
いや、ぼくにとっての■■■■■だ。
貴女をぼくの部屋に閉じ込めて、ゆっくりと■■して、■■■■■を■■■させたい。ぼくの■■■■で、貴女の■■■■の■■■■■てあげるよ。そして、■■■■■から、■■■■の、■■■■■■■■■■― (卑猥な表現により、書類規定に従って添削済み)
「……コロス。ゼッタイニ、ユルサナイ」
時計塔を出た私は、ぶつぶつと呟きながら、ひとつの結論に達していた。
元凶の男子生徒を始末できないのでは仕方ない。その悪魔をブチのめすためには、使えるもんはすべて使ってやる。もはや、慈悲などない。私の平穏と安寧のために死ね。
「(……仕方ない。不本意だけど、あの男に声をかけてみるか)」
私は、古い友人を訪ねるような気持ちになって。
やはり、その気分を落ち込ませるのだった―