♯1. Love Letter(届かない想い)
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ぼくには好きな人がいます。
ですが、そのクラスメイトの女の子のことを、遠くから見つめることしかできません。
ぼくは臆病者だから。
弱虫で、泣き虫で。
フラれたらどうしよう、などと考えると、とても告白なんかできません。
だから、こうやって。届くことのない、僕の想い。
彼女への告白の手紙を、綴っています。
決して誰にも見せることのない、僕の想い。
もちろん、彼女に手渡すなんて考えられない。
僕は、臆病者だから。
毎晩、毎晩。彼女のことを想いながら、手紙を綴る。
もう、段ボールの箱が山のようになってしまった。溢れ出る彼女への想いが止まらない。彼女と共に過ごしていく人生しか考えられない。
あの子を、自分のものにしたい。
あの子には、自分だけに笑ってほしい。
あの子のことを、この部屋に閉じ込めて、死ぬまでずっと一緒にいたい。
……もし、この手紙が全て。彼女の心に届いたのなら。
きっと、僕の夢も叶うはず。
ぼくは、純粋な真心を込めて、彼女への想いを綴る。
……そんな時だった。
暗闇から、声が聞こえてきたのは。
「おぉ、素晴らしき純粋な愛。哀しき悲恋であろうとも、今宵も舞台に立たぬというのか!? 嗚呼、ならば! 私が君の歌い手となろう。この国の全てに、君の真なる愛を伝えようではないか!」
ぼくの目の前に立っていたのは。
黒い舞台役者のような恰好をした、……『悪魔』だった。
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「オペラ座の悪魔、ですかぁ?」
私は呆れたような声で言った。
場所は、時計塔の執務室。いつものように自分のマグカップに紅茶を淹れて、チョコレートをついばんでいる。私の定位置となりつつあるソファーには、お馴染みとなったヴァイオリンケースを置いてある。もちろん、中に入っているのは楽器などではない。
「うん。この数日前から、目撃例が絶えないんだ。場所は、ガルニエ宮。……通称、オペラ座と呼ばれる貴族街の歌劇場だ」
怪訝そうな顔の私に、アーサー会長が説明していくれる。
どこか、疲れた様子なのは気のせいだろうか?
「てか、オペラ座に出てくるのは怪人であって、悪魔じゃないんじゃないですよね?」
「あー、有名な演目だね。『オペラ座の怪人』。若い女性歌手と、オペラ座に住む怪人による、悲恋・悲劇の話だ。……だけど、今回。姿を見せたのは、正真正銘の悪魔だ」
はぁ、とため息をつきながら。
アーサー会長は、執務室にいるNO.のメンバーを見渡していく。そういえば、他のメンバーたちも、どことなく顔色が悪い気がする。カゲトラの奴など、目の下にクマができているし。ミーシャ先輩も眠そうにあくびをもらす。
「ミーシャ先輩。もしかして、寝不足ですか?」
さして深い意味などない質問に、彼女は普段から鋭い目をさらに細くさせた。
「……もしかして、だけど。ナタリアちゃん。気がついていないの?」
「何がですが?」
私は何のことを言われていのかわからず首を傾げる。
すると、他のメンバーたちから、この幸せ者が、というやっかみな視線を受けることとなる。
「話を戻そう。数日前から、深夜になると。オペラ座の屋上で歌を唄う存在が確認されている。その歌は、ラジオを通して遠く離れた場所にまで届いて、朝日が昇るまで続けられる」
おかげで、この国の首都は。寝不足の人間ばかりだよ。と、アーサー先輩が愚痴を零す。
「え、私には聞こえませんでしたよ?」
「それは、ナタリアちゃんが鈍感なだけでしょ? 学園の学生に聞いてみた感じ、深夜に安眠妨害してくる歌に気づかず、そのまま爆睡できる人間も少なくないみたいだしね。普段から緊張感をもって生活しているNO.にとって、これほど効果的な心理攻撃はないわね」
ふわぁ、とミーシャ先輩は再びあくびを漏らす。
……て、あれ? それだと私、何も考えず能天気に生きている人間みたいだけど?
何となく釈然とできず、ブスくれた顔でドーナツに齧り付く。
そんな私に、アーサー会長は言い放った。
いつもに、黒い星をきらきらさせながら。
「それじゃ、この悪魔の退治は。ナタリアさんにお願いしようと思うだけと、どうかな?」
ぽろり、と。
食べかけのドーナツが零れ落ちた。