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♯1(:Re). Holiday(黒服たちの休日。…任務、ナタリアちゃんを調査しろ)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ―おはようございます。本日は快晴。爽やかな休日になるでしょう。さて、今日のニュースですが、隣国のガリオン皇国から外務省大臣が来訪する予定でしたが、突然のキャンセルに政府は説明を追われて……


「えっ、今なんて言いましたか。会長?」


 今日は快晴だ。

 こんな日は、釣りやアウトドアに行きたくなるけど。もちろん、休日だからといって、仕事が休みになるわけもなく。俺たちは、時計塔の執務室で書類と睨めっこしていた。

 執務室のカラーテレビで流れているニュースを聞きながら、疲れた目頭を押されてソファーに寄りかかる。時計塔の執務机には、いつものように。アーサー会長殿が涼しい顔で激務を熟している。


 俺の名前は、ペペ。

 アーサー会長の護衛をしている、黒服のひとりだ。

 本名は、ペペロンチーノ・ボーノ(訳:ペペロンチーノはおいしいよ)。もちろん偽名だ。仕事柄、いくつもの名前を使い分けているが、最近はこの名前を使うことが多いかな。アーサー会長の護衛役の他にも、いろんな雑務を引き受けている。


 外見は、赤髪の優しいお兄さんだ。

 常に黒服のスーツを着ていて、懐には銃を隠し持っていて、鍛えているから無駄な脂肪もない。特技は、CQC(軍隊式格闘技)。いつ戦闘になってもいいように、予備のマガジンと、手榴弾を持ち歩くことも忘れない。

 俺の主な任務である会長殿の護衛には、常に二人一組ツーマンセルで当たるようにしてる。その任務の相棒は、あっちの安楽椅子で。降参したように書類を顔に乗せて不貞寝している男だ。


 奴の名前は、ナポリ。

 本名は、ナポリタン・ボーノ(訳:ナポリタンもおいしいよ)。もちろん偽名だけど、俺の実の兄貴だったりする。俺とは対照的な青髪に、部屋の中でもサングラスを外さないのがトレードマークだ。


 そう、俺たち。黒服兄弟こそが。

 激務のアーサー会長を影から助ける、縁の下の力持ちってわけだ。今日も朝から、アーサー会長の書類業務を手伝っていたわけだけど。会長殿から、思いもよらぬ任務を言い渡された。


「本気ですかい? ナタリアちゃんの身辺調査って」


「うん。今日一日、彼女に張り付いて、何か怪しいところがないか。調べてきてほしいんだ」


 会長殿は書類から目を離さず、淡々と言った。

 思いもよらない任務内容に、思わず兄者のほうを見るけど。あのクソ兄貴は、寝たふりをしたまま、こちらを見ようとはしない。このぉ、後で覚えとけよ。


「どうしたんだい、ペペ。気乗りしないかな?」


「いや、気乗りしないっていうか。……なんていうか、今更っすね?」


 俺はぼりぼりと頭をかきながら、思ったことをありのまま口にする。


「ナタリアちゃんが怪しいかって? そりゃ、怪しいに決まっているでしょう。どこの世界に、あれだけ銃器に精通していて、あんな特殊な銃を自分で調達して。あまつさえ悪魔を返り討ちにしてしまうような、そんな普通の女子学生がいると思っているんですか?」


 最近、時計塔の『No.ナンバーズ』の仲間になった、女の子のことを思い出す。


 銀色の髪が印象的な、小柄な女の子。

 一見すれば、守ってあげたい可憐な淑女に見えなくもないけど。……まぁ、美しい花には『毒』があるという良い例だな。それこそ、俺たちが本気で身辺調査なんてしたら、とんでもない量の埃が出てきそうだ。


「でも、どうしたんです。急に、ナタリアちゃんを調査しろなんて」


 俺は首を傾げながら、自分の雇い主を見る。

 このアーサー会長殿は、怪しいだけで人を疑ったりしない。自分の目で見て、信じられると思ったら、どこまでも信頼してしまう御人だ。


 だからこそ、このタイミングで身辺調査なんて。どうにも腑に落ちない。そんな俺の視線を感じたのか、アーサー会長は少しだけ疲れたような顔を見せた。


「……僕が、本気で彼女を疑っていると思うかい?」


「というと?」


「上の組織からの命令だよ。『悪魔を狩る者たちグリム・リーパー』。特別顧問のヴェル・ブラッド卿が、新人について報告しろってさ」


「それは、まぁ。ご愁傷さまで」


 俺は心の底から同情する。

 時計塔の『No.ナンバーズ』は、彼らの下部組織である。自分たちが学校の生徒を守ったり、街の人を悪魔から助けたりするのが役目ならば。奴ら悪魔を狩る者たちグリム・リーパーは、それこそ悪魔を始末することに特化した戦闘集団だ。

 どいつも、こいつも。粒ぞろいの曲者たち。その中には知り合いもいるけど、あまり関わり合いにならないほうがいい奴らばかりだ。悪魔を始末するためには、歴史的建造物を破壊することさえ躊躇わない連中だからなぁ。


「はぁ、僕だって気が進まないよ。彼女のプライバシーを覗くようでね。……それでも、形だけでも調査をしなくちゃいけないから、こうやって君たちにお願いしているわけさ」


「なるほど。納得しました」


 俺はソファーから立ち上がると、ボキボキと肩を鳴らす。


「まぁ、ここで書類仕事をしているよりは気晴らしができそうっすね。それじゃあ、女子学生の私生活をこっそり覗き見してこいという任務、確かに承りましたよ」


「そんな嫌な顔をしないでくれよ。僕だって、本当は嫌なんだから」


 むっ、とアーサー会長が不機嫌な顔になる。

 おっと、珍しい。この御人が感情を表に出すなんて滅多にないぞ。それほどまでに嫌がっているということか。


「それで? 会長殿は、どうされるんです? なんだったら、ミーシャ姫とデートにでも行かれたら?」


「そうできたら、どれだけ良かったことか」


 はぁ、と会長殿がため息をつく。

 そして、無言のままニュース番組をやっているカラーテレビを見る。隣国のガリオン皇国から来るはずだった外務省大臣が、急遽。キャンセルになったニュースをやっている。


「僕は別件で忙しくなりそうだから。代わりに、ミーシャが好きそうなお菓子でも買ってきてよ」


「了解っす。……おら、兄者。行くぞ。仕事だ」


 俺は黒服の襟を正しながら、まだ安楽椅子で狸寝入りをしている兄を見る。

 だが、声をかけても返事がない。

 くかー、とわざとらしい寝息まで立ててやがる。


 ……ブチッ!


「おらっ!? 仕事だって言ったんだろうが、このクソ兄貴!」


 俺は怒りに耐え切れず。安楽椅子で寝たふりをしている兄に向って、ドロップキックをかましてやった。




「ったく。お前のせいで、ギリギリだったじゃねーか」


「あん!? 元はといえば、兄者が不貞寝こいているからだろーが!」


 混雑している路面電車で、俺は兄に向って噛みついている。

 休日であっても、首都の電車は乗客でいっぱいだ。さすがに出勤時間のラッシュアワーほどではないけど、俺も兄者も体が大きいほうなので、ちょっと窮屈だ。


「……ちっ。こんなことなら、俺のバイクを使えばよかったぜ」


「それじゃ、ナタリアちゃんを見失うだろう? 一応、会長殿に報告しなくちゃいけないんだから。ちっとは真面目にやってくれよ」


「はいはい。そういうところは律儀だな、我が弟よ」


 ふわぁ、と兄者が退屈そうに欠伸を漏らす。どうやら、俺以上にやる気がないらしい。そりゃ、俺だって。女の子のプライバシーを覗くようで気が引けるし。ぶっちゃけ、こんな任務はやりたくないけど。これも仕事だ。仕方ない。


「(……さて、ナタリアちゃんは)」


 彼女に気づかれないように、こっそりと視線を送る。

 いつもの黒服だと、一瞬でバレてしまうので。今日は街の住民に溶け込めるような服装を選んでいる。安物のジャンバーに、安いチノパン。街によくいる同年代の服装だ。ちなみに兄者も似たような格好だ。


 それに比べて、ナタリアちゃんは。

 ……うん。悪い意味で目立っている。


 今日は買い物に行くと聞いていたので、余所行きの恰好なのだろう。

 白色のミニワンピースに、脚線がわかるスキニーなジーンズ。足首が見えるお洒落なサンダルに、小さな肩掛けバック。どれも大手衣料量販店で揃うシンプルなデザインだけど。それ故に、素材の良さが目立ってしまう。


 乗客の何人かは、それも男性客はちらちらと彼女のほうを見ている。

 無邪気に外の景色を楽しんでいる姿は、同年代の男共にとって。眩しすぎるくらいの美少女に見えていることだろう。


「(……まっ、将来は美人さんになるだろうな)」


 ふっ、と思わず気を緩めて笑う。


 その時だった。

 突然、彼女がこちらに振り向いたのだ。俺は慌てて、視線をそらす。そして、電車内の広告を見ているフリをしながら、なんとか動揺を押さえつける。


「(……馬鹿な!? 俺の視線に感づいただと!?)」


 ありえない、と俺は正直に思った。

 視界の端にいる彼女は、不思議そうな顔で辺りをきょろきょろと見渡していた。しばらくすると、彼女も気のせいだったと思ったのか、再び視線を外に向ける。


「……兄者、すまん。バレたかも」


「……は? 何を言っているんだ、お前?」


 サングラスの奥の目を開きながら、兄者が片方の眉を上げる。そんな兄に、俺は小声で喋る。


「……ヘマしたつもりはないんだが、突然。こっちに振り返ってな」


「……視線は合ったのか?」


「……いや、それは大丈夫だと思う。……たぶん」


 怖くて、これ以上は視線を向けられそうにない。

 次に違和感を持たせたら、今度こそ本当にバレかねない。ならば―


「……兄者。悪い、俺の代わりに見て・・くれないか?」


「……ったく。しょうがねぇ弟だな」


 ふわぁ、と欠伸を漏らして。

 兄者は乗客の影に隠れながら、ナタリアちゃんがいる方へと視線を向ける。乗客が邪魔で、完全に死角になっている位置。そんな場所で、兄者はサングラスをわずかに外して、その青い瞳を開く。その瞳には、淡い輝きが灯っていた。


「……あぁ、視えた・・・。大丈夫そうだな。あの子、俺たちの存在には気づいてないようだぜ」


「本当か?」


「あぁ。のん気に外の景色を見ながら、にこにこと笑っているぜ。……おっ、今日のキャミソールはピンク色だぞ。良いセンスだ。どれどれ、下着は―」


「何を視てるんだよ、このクソ兄が!」


 これ以上、余計なことを視ようとしたなら、力づくでも止めなくてはいけない。弟として、兄に引導を渡すのはやぶさかではない。


「冗談だって。俺は、ガキに興味はないからな。……って、腰のベルトに『デリンジャー』を隠してやがる。相変わらず危ないお嬢さんだな」


「まるで、俺たちみたいだな」


 そう言って、俺はジャンバーのポケットにある、銃を確認する。もちろん、いつ戦闘になってもいいように、予備のマガジンと手榴弾もある。


「むっ。そろそろ降りるみたいだ。俺たちも降りる準備をするぜ」


 そう言って、兄者はサングラスをかけ直す。

 瞳の青い輝きは、少しずつ消えていった。




 ナタリアちゃんが降りた駅は、若者の洋服店が並ぶ地区だった。

 主に若い女性向きのブティックが並ぶ通りで、彼女は上機嫌にウインドウショッピングを楽しんでいる。その後ろ、少し離れた場所から。俺たちは後を追いかけていた。


「普通に買い物に来た感じだな」


「まぁ。学生に休日といったら、そんなもんだろう」


 俺と兄者は、あまり目立たないように道の端を歩きながら、適度な距離を保っている。

 可愛い服や小物を扱っている店が多いため、歩いている人も若い女性が多い。俺は、女性にぶつかる度に謝りながら、何とか尾行を続ける。


「ぐぬぬ。やりづらい」


「まぁ。俺たちの仕事場は、どちらかというと銃弾の飛び交う戦場が多かったからな。こういう場所は不慣れだぜ。……おっ、あの店に入ったぜ」


「よし。手前のカフェで張り込もう」


 正直、少し休みたいというのが本音だった。

 俺と兄者は、ナタリアちゃんが入ったブティックが見える場所の席に座って、アイスコーヒーを注文する。時折、店内にいる彼女が見えるが、楽しそうにショッピングしているようにしか見えない。うーむ。鋭いのか、天然なのか。よくわからない娘だなぁ。


「結構、時間をかけているな」


「これくらい普通だろう? 女の子の買い物なんて」


 それから、またしばらく時間が経って。二杯目のアイスコーヒーが空になったくらいに、ようやく彼女が店から出てきた。満足のいく買い物ができたのだろうか。洋服屋の紙袋を持つ彼女は、実に嬉しそうだった。


「よし。尾行を再開するか」


「あぁ。……いや、ちょっと待て」


 立ち上がろうとした俺を、兄者が慌てて制す。

 何事かと彼女のほうを見てみると、なぜか見知らぬ男に声を掛けられていた。あれは、もしかして―


「……ナンパか?」


「……ナンパだな」


 俺たち兄弟は似たような感想を抱いたに違いない。

 あの男。なんて間抜けなんだろう。ちょっと見ただけで、相手の女の子が高嶺の華であることはわかりそうなのに。その証拠に、他の男たちも、お近づきになりたくて、ちらちら見ているだけで、声をかけていなかった。その男は、あからさまに軽薄で。ちゃらちゃらとした外見や、着ている服の色合いも、まったくセンスがなかった。


「まぁ、さすがに。あんなナンパについていくわけないよな」


「そりゃ、そうだろう。完全に下心が丸出しになってるし。どんなにちょろい娘でも、ついていくわけが―」


 ははっ、と俺たちが笑っていると。

 軽薄なナンパ野郎と会話が弾んでいるみたいで、そのまま薄暗い路地へと連れていかれそうになっていた。


「「どんだけ、ちょろいんだよ。あの娘は!?」」


 そこからというもの、俺たちの行動は早かった。


 まず、俺がチャラ男の背後を取って、攻撃する隙を待つ。そして、ナタリアちゃんが視線を外した瞬間に、特技のCQCで背後から首を絞めて気絶させる。そして、近くの植木へと隠れては、そのまま建物の裏側に回って様子を窺う。

 ナタリアちゃんが植木に気を取られている隙に、今度は兄者が気絶してるチャラ男を引っ張って、薄暗い路地へと捨てた。

 きっと、ナタリアちゃんにしてみたら、何が起きたのかわからなかっただろう。実際、きょろきょろと辺りを見渡した後、首を傾げたまま歩いていった。




 それから、というもの。

 ナタリアちゃんは、お洒落なカフェでのんびりしたり、街の公園を散歩したり。その姿は、どこから見ても。休日を満喫している普通の女の子だった。あまりの平和っぷりに、見ているこちらも気が抜けてしまうほどだった。


「兄者。そろそろ帰ろうぜ?」


「そうだな。もう、これくらいでいいだろう」


 離れた場所から、双眼鏡で観察していた兄者は。肩をすくめながら答えた。

 確かに、ナタリア・ヴィントレスという女の子は。控えめに言っても平凡ではない側面がある。銃の取り扱い、射撃の技術、そして超直感とも呼べる勘の鋭さ。知識だって、会話の節々から相当なものだとはわかっている。


 だけど、そうであっても。

 こうして、公園で小鳥と戯れている少女を見ていると。どうしても危険な人間だとは思えない。それが彼女の素質であり、魅力なのだろう。きっと、これから多くの人たちが、彼女に触れて救われていくはずだ。未だに、大きな謎は残ったままだけど、今日はこれくらいでいいんじゃないか?


「よし、引き上げよう。兄者、帰りはどうする?」


「そうだな。ピザ屋に寄ってもいいか? 腹へったぜ」


 もうじき夕方だ。

 尾行中は、いつでも動けるように軽いものしか口にしていなかったので。正直なところ、俺も腹が減ってしょうがない。兄者の提案に乗る形で、学園方向への電車の時間を確認する。


 その時だった。

 兄者が、わずかに切迫詰まった声を上げた。


「ん? ちょっと待て。あの子、学園とは逆方向に行く駅にいるぞ!?」


「はぁ? もう夕方だぞ。まだ、買い物を続けるのか?」


「だとしても。ここから向かう先は、首都の寂れた地区しかない。そんなところに、いったい何の用だ?」


 俺たちの間に、わずかな沈黙が流れる。

 だが、判断は早かった。兄者は俺に双眼鏡を投げつけると、近くの公衆電話へと走っていく。


「俺のバイクを持ってくるように手配する。お前は、あの子を見張ってろ」


「あぁ。この時間帯じゃ、さすがに同じ電車には乗れないからな」


 それから、彼女が待っていた路面電車が駅に着くのと、兄者のバイクが到着するのは、ほぼ同じタイミングだった。俺は、兄者が運転するバイクの後ろに乗って、彼女を見失わないように路面電車を追いかける。渋滞している自動車の隙間を抜けて、彼女を乗せた電車はどんどん寂れた地区へと向かっていく。


 そして、ナタリアちゃんが降りたのは。

 もはやスラム街の直前に近い、寂れた住宅街だった。


 駅の周辺には、もう誰も住んでいないボロアパートが並んでいるのと、潰れたスーパーマーケットやボーリング場があるだけ。こんなところに、いったい何の用があるんだ?


「……急に、キナ臭くなってきたな」


「……まぁ。普通の女子学生は、こんなところに来ないよな」


 兄者が肩をすくめる。

 その視線の先には、洋服屋の紙袋を持った少女が何の警戒感もなく歩いていた。どこに向かっているのか。もしかしたら、その先に、彼女の秘密があるのかもしれない。


「……いくぞ、兄者」


「……あぁ。遅れるなよ」


 俺たち兄弟が、建物の隙間から身を乗り出して、空き地へと飛び出す。

 ここからが仕事の本番だ。

 そう、思っていた―



「あら。お呼びでないお客さんね?」



 どくんっ、と心臓が鼓動した。

 背後から女の声がしたのだ。今、この瞬間。駆けだしている自分たちの、すぐ後ろから。そんな馬鹿な。ありえない。周囲の警戒は怠っていない。近くに人がいたら、気づかないはずがない。それなのに、足音すらなく。……いや、気配すら感じさせることなく。


 その女は、そこに立っていた。


「っ!?」


「何者だ?」


 俺たちは姿勢を整えて、臨戦態勢に入る。

 いくつもの修羅場を潜り抜けてきた経験が、警笛を鳴らしている。

 この女は、普通ではないと。


「ふふっ、誰だっていいじゃない? それよりも、あなたたち。私の部下、……いえ、私の可愛い子猫ちゃんを追いかけて、ここまで来たみたいだけど。ちょっと首を突っ込み過ぎたかもね?」


 妙に妖艶な話し方だった。

 妙齢の美女。外見は、化粧品でも売っていそうなキャリアウーマンだが、その瞳から放たれている気配は。普通のそれとは違う。そして、どうしてだか。異様にサディスティック・・・・・・・・な雰囲気を醸し出している。まるで魔女だな、と俺は密かに思った。


「このまま大人しく帰るなら、見逃してあげてもいいけど。そうでないなら、……ふふっ。どうしましょうかねぇ?」


 夕陽が、女の影を伸ばしている。

 黒い、黒い影。

 その影の中に、……何か(・・)がいた。獣のような唸り声が、その影の奥から響いてくる。


「……」


 ここは引き返す選択肢しかないだろう。

 この女は、危険だ。

 危険を冒してまで、この先に進むべきではない。会長には、何もなかったと報告すればいいじゃないか。そんなことを思って―


「おいおい、そこまで言われたら引き下がれないよな。なぁ、兄者?」


「おうよ。この際、ナタリア嬢がどこに行ったかなんてどうでもいい。折角の美女の誘いだ。ここで断ったら、男が廃るだろ?」


 訂正。俺たち馬鹿でしたーっ!

 こんな簡単な挑発に乗ってしまうような、負けず嫌いな兄弟でしたーっ!


 喧嘩上等。

 据え膳食わぬは男の恥じよ。

 ギラギラとした超好戦的な態度。そんな俺たちのことを見て、逆に女のほうが呆気に取られていた。


「まぁ、驚いた。この私を前にして、逃げ出さなかった男は随分と久しぶりよ。……でも、ちゃんと相手をできるかしら? 私のダンスは激しいわよ?」


「「上等だぜっ!」」


 そして、俺たち兄弟は。

 謎の美女との死闘を繰り広げていった。


「おらっ、食らいやがれ!」


「おいおい! 何で、銃が効かないだよ! 卑怯だろ!」


「うふふ。いいわよ、ウチの子はいつだって空腹だから。全部、食らい尽くしなさい。……って、嘘。あれ?」


 ドカ、バキ、ボコ、ドカドカッ。

 荒れ地で暴風雨のような戦闘が繰り広げられる。手傷が増えていく一方だったが、俺たち兄弟は笑ったままだった。


「まだまだ行くぜぇ! 『魔力解放』。俺の速さについてこられるかな!?」


「ヒヤッハー。悪いけど、こっちも本気を出すぜ! 俺の『魔眼』を舐めるなよ!」


「ちょっ、あなたたち何者!? 素手だけで、私のつかいまを屈服させるんなんて!? 」


「まだまだ! おらよ、手榴弾フラグを喰らいな!」


「たっぷりと噛み締めろよ!」


「は? 馬鹿じゃないの!? こんな街中で爆弾なんて、あなたたち正気なの!? ……あっ、本当にピンを抜いた―」


 ドカドカ、バキバキ、ドスッ、ギャオーン。

 ……ぴんっ、ドカーン!


 寂れた地区の空き地に、汚い花火が咲いて。

 騒ぎになる前に、謎の美女は姿をくらましていた。そして、俺たちも我に返ると、慌てて退却することにした。




「それで、どうだったかい。ナタリアちゃんの調査は?」


 夜の時計塔。その執務室で、アーサー会長が尋ねる。その表情は、どこか頬を強張らせていた。それは、そうだ。俺たち二人そろって、ボロボロの服装。あちこちに服が焦げていて、いくつもの擦り傷ができていた。

 そして、兄者にいたっては―


「次に会ったら、絶対に勝ってやる!」


 そう言って、お気に入りのライフルの手入れを始めている始末。それも仕方ないことだ。あれほどの死闘は随分と久しぶりだった。学生時代にあった文化祭の余興。死人使いによる、全校生徒vsゾンビ大乱闘事件を思い出させるほどだ。


 あはは、と俺は愛想笑いを浮かべて、敬愛する会長殿に一言だけ報告する。


「何もなかったっすよ。ナタリアちゃんは、普通の女の子です。……深く首を突っ込まなければ、ですけどね」


 俺の答えに、会長は疑問符を頭に浮かべながら首を傾げていた。


 俺と兄者。

 ペペとナポリの黒服兄弟は、今日も会長殿のために任務をまっとうしています。

 



『Chapter6:END』

 〜Natalia's Holiday(ナタリアちゃんと黒服たちの休日)〜


 → to be next Number!



・次回、ナタリアちゃんによる、スナイパーライフルでの狙撃の話です。(中~長編を予定)

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― 新着の感想 ―
[一言] あの二人がボロボロになる程度の実力を持ってSさんと使い魔(悪魔かそれとも魔法か)、どれだけ厄介なんだ。
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