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♯1. Holiday(少女の休日)

挿絵(By みてみん)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ―おはようございます。本日は快晴。爽やかな休日になるでしょう。さて、今日のニュースですが、隣国のガリオン皇国から外務省大臣が来訪する予定でしたが、突然のキャンセルに政府は説明を追われて……


「ん~、いい天気!」


 カーテンを開ける。

 朝日が眩しい。窓を開けて、休日の風を思いっきり浴びる。あぁ、学校も仕事もないなんて、なんて良い日なんだ。私はラジオをかけながら、外出のための準備を始める。


 私の名前は、ナタリア・ヴィントレス。

 年齢16歳。首都のノイシュタン学院に通う、普通の女の子だ。実の家族とは疎遠になっているため、学校の敷地内にある女子寮で生活している。


 外見は、まぁ平凡です。

 特別、誰かに自慢できる取り柄もなく、これといった特技があるわけでもない。そんな絵にかいたような普通の女子学生だ。


 ……まぁ、あえて人には言えない秘密を挙げるとするなら。私の正体が、東側陣営に所属する諜報員であることくらいだ。簡単に言えば、スパイだ。


 先日。諜報員の仕事として向かった喫茶店で、謎の爆発事故に巻き込まれて。その時に、必死になって助けた女の子に、私の魔法が暴発してしまった。今や、私がナタリア・ヴィントレスとして、こうやって平凡でちょっと狂った日常を送っている。眠り続けている彼女の意識が、いつ目が覚めるかはわからないが。いつでも彼女が戻ってこられるように、平穏で普通の毎日を過ごしていくつもりだ。


 まっ、そんなのは建前で!

 本当は、今日という休日が。待ち遠しくて仕方なかったのですよ!


「週末、休み! あぁ、なんて素晴らしい! 今日は『No.ナンバーズ』のお仕事もないし、『S』主任からの任務もない。完全にフリーな休日なんて、いつ以来かな?」


 るんるん、とラジオから聞こえてくるJAZZを鼻歌まじりに歌って、部屋のクローゼットを開ける。


 私がここまで浮かれているのは、もうひとつ。重大な理由があった。

 なんと。前回のお仕事で、報酬という名のお小遣いが出たのだ。それも結構な金額。今までは報酬のほとんどが、必要経費や『S』主任のご機嫌取りに消えていたので、自由に使えるまとまったお金は、これが初めてだ。


「よーし。今日は、思いっきり遊ぶぞ! ショッピングして、甘いもの食べて。あっ、お洒落なカフェ巡りもいいかも」


 クローゼットから服を取り出して、ベッドの上に並べる。

 今日の服装は、もう決まっている。私はパジャマを脱ぎ捨てて、ベッド端に丸めて投げる。


 まずは下着の上から、ピンクのキャミソール。

 そして、その上から丈の短い白色のミニワンピースを、頭から被って袖を通す。このままでは足元の露出が激しすぎるので、スキニーなジーンズを履いて、足首が見えるくらいに折る。

 これでカジュアルな外出コーデの完成だ。どれもデパートで安売りしていたものだけど、今まで休日であっても学校の制服で出ていたことに比べたら、天国と地獄ほどの差がある。いや、西側の資本主義と東側の監視社会か。どちらにせよ、後者は人間の生きる場所ではない。


 最後に、ちょっと大人っぽいサンダルを履いて、財布の入った小さなバックを肩に掛けると。その足で、鏡の前に立つ。


「うん、悪くない。どこから見ても、普通の女の子だね!」


 飾り気もなければ、化粧っ気もない。

 寝ぐせがないかを確認すると、私は女子寮の部屋を出ていく。……と、その前に。大事なものを忘れていることに気がついた。


「あー、いけない。わすれもの~」


 私は部屋の中に引き返して、忘れ物を取りにベッドへと近寄る。

 そして、枕の下に手を突っ込んで、そこに隠してある『銃』を取り出した。小口径の『デリンジャー』だ。


「危ない、危ない。忘れるところだったね」


 私は、その銃をジーンズのベルトの腰回りに挟むと、軽く飛び跳ねて落ちないか確認。そして、ようやく部屋から出ていった。


 ……え? もちろん一人ですよ?

 ……こんな私に、友達がいると思いますか? 一緒に買い物に行ってくれない先輩には、お土産を買ってきてあげないんだから!




 休みの日でも、首都の路面電車は混んでいる。

 それでも平日の通勤ラッシュほどではないので、外の景色を楽しむ余裕くらいはある。女の子になってからは、電車でも災難続きだった。満員の時は、容赦なく押しつぶされるし。身長が小さいせいで、停車駅に降りられなかったことも何度もある。そんな苦労を乗り越えて、私は平穏な日々に溶け込むことができているのだ。うん、私はエライ!


「……ん?」


 不意に、視線を感じて振り返る。

 混雑している路面電車には、多くの乗客がいる。休日出勤のサラリーマン、自分と同じように休日を謳歌している学生グループ。安物のジャンパーを着たお兄さんたち。その誰もが、こちらを見ていなかった。


「(……気のせいだったかな)」


 最近、多忙すぎて神経が過敏になっているのかもしれない。

 あー、よくない。よくない。仕事や任務は人生の一部であって、仕事のための人生ではないのだ。だからこそ、こうやって休みの日には。思いっきり羽を伸ばす時間が大切なんだ。……まぁ、サボっていいなら、仕事も学校も。全力でサボりますけどね。


 停車駅で降りて、まず私が向かったのは。ちょっとお洒落なブティック通りだ。


 可愛くて、センスがあって。しかも値段もお手頃。

 貴族街にある高級ブランド店とは違い、小さな個人店舗が舗装された道に沿って並んでいる。そのどれもがお洒落で、ひとつひとつに個性が詰まっている。まるで、お菓子の国に来たかのような気分になった。


「さーて、何を見ようかなぁ」


 私はサンダルを鳴らしながら、適当にショーウィンドウを見ながら歩いていく。カジュアルなワンピースから、派手なコートまで。マネキンに着せられた様々な洋服に、おもわず表情が緩む。


「……あ、このお店。ちょっと可愛いかも」


 目に入ったのは、落ち着いた色彩の洋服を扱っているお店だ。

 確か、ミーシャ先輩のファッション雑誌にも取り上げられていた店だ。ショーウィンドウ越しに値段を確認すると、何とか今の私でも買えそうな金額である。


 私は迷うことなく、そのお店へと入っていった。

 爽やかなピアノのレコードが流れている、お洒落な店だった。私は他のお客さんに混じって、のんびりと洋服を見ていく。うーん、ワンピースもいいけど、こっちのカーディガンも捨てがたいなぁ。……よし、試着しよう。


 店員さんに声をかけて、試着室へと入る。

 いろいろと試着して、鏡に映る自分を見ては熟考を重ねる。お小遣いは限られている。その中でも、自分が最も欲しいと思ったものを選ばないと。やっぱり、最初に選んだリボンのついた空色のワンピースが可愛かったけど、値札を見て、しばらく悩んだ結果。断念。


 結局、落ち着いた雰囲気のカーディガンと、明るめなブラウスを買うことにした。それと、可愛らしい小物をいくつかをレジに持っていく。むふふ、いい買い物ができたなぁ。


 洋服屋の紙袋を持って、お店を出る。

 結構、長い時間いてしまったな。もうすぐお昼ごはんの時間だ。混む前に、どこかお洒落なカフェに寄りたいんだけど。この近くにないかな?


 キョロキョロと辺りを見渡してみる。

 だが、目ぼしい喫茶店はなく、あっても行列ができていた。


 そんな時だった。

 見知らぬ男が声をかけてきたのは。男は、軽妙な調子で喋り出す。


「はぁーい、カノジョ。ひとり? 一緒にお茶でもどう~?」


「……え? 私に声をかけていますか?」


「もちろーん。キミ、可愛うぃね~。ボクちん、超タイプなんだけど」


「は、はぁ?」


 こんな平凡な女の子に声をかけてくるなんて、変な男もいるものだ。

 いや、この話し方。恐らく間違いない。私の直感が囁く。この男、……たぶん脳に深刻な障害があるのだろう。現実をちゃんと認識できていない可能性すらある。あぁ、可哀想に。着ている服もヘンテコな色合いだし、ズボンなんか擦り切れて穴が開いているじゃないか。


「あの、よかったら。腕の良い医者を紹介しましょうか?」


「は? ……あはは。キミ、冗談も面白いねー。ボクちん、ますます興味持っちゃった。その路地の奥に、誰も近づかない穴場のカフェがあるから。一緒に行かな~い?」


「は、はぁ。でも、あまりお金に余裕がないので」


「大丈夫~。キミが来てくれたら、なんでも好きなの奢っちゃよ~」


「マジで!?」


 私は目を輝かせてしまう。

 お小遣いが入ったからといって、節約するに越したことはない。それに相手は脳神経系の障害者だ。ならば、優しくしてあげないとね。


「うぃ~! キミ、ノリもサイコだねぇ~! それじゃ、行っちゃおうかぁ~。(……ふっ、チョロいな。この女)」


「え? 何か言いました?」


「ううん、何も言ってないよぉ~。それじゃ、この薄暗い路地の奥にある、とても怪しいカフェにご案内~、……ぎゃふ!?」


 突然、男の悲鳴がした。

 私が慌てて振り返ると、男は白目になって倒れていた。私が見ていなかったわずかな間に、いったい何があったのだろう? 四肢を痙攣させて、泡まで吹いている。まるで、一瞬のうちに背後から気絶させられたみたいだ。


「ん?」


 がさりっ、と近くの植木が揺れた。

 そこに誰かいるのかと近づいてみる。ちょうど、大人が隠れられそうなくらいだ。私は首を伸ばして、その植木の後ろを覗いてみるが―


 だが、そこには誰もいなかった。


「(……あれ? 気のせいかな?)」


 私は人差し指を唇に当てて考えてみるけど、まぁいいか。と、深く考えるのを止めた。

 倒れていた男も、いつの間にかいなくなっていた。ちゃんと家に帰れたのかな? 仕方ない。カフェを探しに、再び私は歩き出した。




 お洒落なカフェでコーヒーを飲んで、普段は歩かない街並みを散歩して。疲れたので公園で休憩して、砕いたビスケットで小鳥と戯れる。


 穏やかな休日を満喫していた。

 まぁ、最後に。東側陣営の諜報機関支部に立ち寄って、『S』主任に報告しなくちゃいけないことがあるんだけどね。


「まぁ、これくらいは。許容範囲かな」


 ガタゴト、ガタゴト。

 夕陽に彩られた線路を、路面電車が走っていく。私が向かっているのは、首都の寂れた地区にある潰れたボーリング場。今は印刷会社の看板を掲げているだけのペーパーカンパニーで。その実在は、東側陣営の諜報機関の支部になっている。ここに活動拠点があることは、自分たちスパイ以外は誰も知らない。


 私は、一応。誰かに後をつけられていないかを確認してから、その潰れたボーリング場へと入っていく。受付の守衛に、おざなりの敬礼で挨拶をして。奥にある『S』主任の部屋へと向かっていく。


「お疲れ様でーす。おみやげ、買ってきましたよー。……って、あれ?」


 おや、珍しいこともあるもんだ。

 上司の『S』主任が留守だった。あの人が、この部屋を離れて仕事をすることなんて、滅多にないのに。それこそ、本部に呼び出し命令でもないと、この部屋で書類と睨めっこしながら煙草を吸っているイメージしかない。


「(……少し待っていれば、帰ってくるかな?)」


 私は応接間のソファーに座って、お土産に買ってきたドーナツに齧りつく。うむぅ、紅茶かコーヒーが欲しい。


 そして、待ってると。建物の外から、どかんっ、という爆発音が聞こえた。


 何事だろうかと首を傾げる。すると、カッ、カッ、カッ、と甲高いヒールの音が廊下から響いてきた。この足音は、『S』主任のもので間違いない。私はソファーでくつろぎながら、首だけ向ける。


「主任、お疲れさまでーす。報告ついでに、お土産を買ってきましたよー。……って、主任!? どうしたんですか、その格好は!?」


「え? あぁ、いや。なんでもないんだ」


 上司の『S』主任が、疲れた様子で笑った。

 いつもはビシッと、隙のないような完璧にスーツを着こなしているのに。今の主任の見た目は、まるで砲撃にでもあったかのようにボロボロだった。スーツはあちこち破れていて、いろんなところが焦げついている。


「何か、あったんですか?」


「ん~、そうだな」


『S』主任は妖艶な仕草で髪を上げると、胸ポケットに手を入れて煙草を取り出す。

 そして、火をつけて、ゆっくりと紫煙を吐きだすと。

 にやりっ、と狂暴な笑みを浮かべたのだった。


「素敵な出会いがあっただけさ。まぁ、始まるのはロマンスではないがな。……ふふっ、この国も捨てたもんじゃないな。まさか、この私をここまで追い詰めるなんて。あの二人、なかなかの手練れだったな」


「しゅ、主任?」


「あー、なんでもない。こちらの話だ。報告だったな。話を聞こう」


 そう言って主任は、ボロボロになったスーツの上着をゴミ箱に投げ捨てて、私の近況報告に耳を傾けた。




「あー、疲れたぁ」


 お風呂上がり。部屋着のスウェットからパジャマに着替えて、ベッドに飛び込む。

 今日は充実した一日だったなぁ。こんな日が毎日、続けばいいのに。


「あ~、明日は学校かぁ。仕事もあるしなぁ。……うぅ、憂鬱だぁ~」


 パタパタと足をばたつかせて、明日が来ることを素直に呪う。せめてもの気晴らしにと、今日買ってきたカーディガンとブラウスを、ハンガーにかけて壁に飾ってみる。あと、ついでに買った可愛い小物を棚に並べて、今日の戦利品を鑑賞する。


 すると、ちょっとだけ。

 今日という一日が、意味のあったものだと思えて嬉しくなれた。


「……あ、銃職人のジョセフのとこに行くのを忘れた。銃弾、もう残り少ないのになぁ」


 仕方ない。

 また、今度。週末に出かけよう。

 もしかしたら、どこかに素敵な出会いがあるかもしれないしね。また週末まで、がんばるとするか〜。


 電気を消して、眠気に誘われていく。

 おやすみなさい……




『Chapter6:END?』

 〜Natalia's Holiday(ナタリアちゃんの休日)〜


 → to be next Ending?



・次回、Chapter6.5(Re)を予定。ナタリアちゃんの休日の裏で、何が起きていたのか。別の人物視点でお送りします。

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