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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter5:~Ms. Vintorez(ナタリア・ヴィントレスは今日も逃げ出したい)~
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#12. Ms. Vintorez(ミス・ヴィントレス。静寂な淑女)


 きゃああああああっ!

 静謐の銃声と、悪魔の金切り声が、防音の音楽教室に響く。


 私の持つ『ヴィントレス』から放たれた銃弾の雨が、大量の蛾を撃ち落としていた。自分の体を、無数の蛾に変えていた女悪魔にとって、それこそ体の大部分が削ぎ落とされたのと、同じ苦痛を味わっていることだろう。


「あ、嗚呼、そんな―」


 やがて、残っていた蛾が集まり、悪魔の姿が人に近いものへと戻っていく。

 その体は、まさに虫食いのように穴だらけであった。瀕死であることが、誰の目から見てもわかる。


「……」


 それでも、私は揺るがない。

 予備のマガジンをヴァイオリンケースから引き抜くと、空になったマガジンと交換。初弾を装填させて、銃口を悪魔の頭へと向ける。


 そして、引き金に指を添える。


「ま、待って、あたしの話を聞いて!」


 女悪魔は、悲痛な顔を上げて命乞いをする。

 すでに、顔の向こう側が見えている。残っている左目からは、ぼたぼたと涙を流していた。


「あたしは悪くないの! あたしたち悪魔は、人間の欲望がないと生きていけないの。全部、全部、あの女講師が悪いのよ。ここの生徒を傷つけていたのだって、あの女なんだから!」


 だから、お願い。

 私を、許して。私を、殺さないで。


 悲痛な顔で頭を下げる蠅の悪魔。

 深い後悔と罪悪感が浮き彫りになっていた。


「……あ、そ」


 私は、銃口を床に下ろした。

 もうすでに、決着はついている。これ以上、私が戦う理由もなかった。

 私は消音狙撃銃『ヴィントレス』に安全装置セーフティをかけて、引き金を固定。背後へと振り返る。そして、床に倒れている女子生徒の元へと向かった。女子生徒は、まだ意識を失ったままだった。


 ……が、その時だ。


「キヒュヒュッ! 馬鹿め、引っ掛ったわね! 死ねぇーっ!」


 突如として、蠅の悪魔が飛び掛かってきた。

 月夜に輝く鋭い爪を立てて、私の首に狙いを定める。


「あ、そういえば」


 だけど、私は。

 顔だけ後ろを振り向いて、冷たい視線を送る。


「あんた、もう死んでいるから(・・・・・・・・・)


「……へ?」


 天井付近から急降下してくる女悪魔。

 だが、その体はすでに黒い塵となりつつあった。体の輪郭さえ維持できず、突き出したはずの右手は、闇夜の虚空へと消えている。


 そして、何より。

 悪魔の頭は、とっくに無くなっていた。


 女悪魔が命乞いをしている時には、既に。『ヴィントレス』のフルオート射撃が、その頭を吹き飛ばしていた。銃声のしない完全消音狙撃銃。それは撃たれた側にさえ、死んだことを気づかせない。静謐(せいひつ)の暗殺銃。


「……いつ、のまに?」


 口だけが残された悪魔が、最後にため息のような声を漏らす。そして、地面に辿りつく前に、塵となって消えていった。


「さぁ? 虫を叩き潰すのに、躊躇とか必要ないでしょ」


 もちろん、私が気にすることじゃない。

 むしろ、問題はこっちだ。

 ぐちゃぐちゃになった防音室。銃弾で穴だらけになった壁。高価そうな照明器具がバラバラに砕け散っている。


 それらを見ながら、私は。

 顔を青くさせて、ガクガクと膝を震わせながら、……恐怖に怯えていた。


「……やばっ。アーサー会長に怒られるかも」


 報酬を減らされたらどうしよう。

 この壁の修理代とか、いくらかかるのかな。というか、お仕事での損害って経費が下りるのかな。もし、下りなかったら。……まさか弁償!? また、あの糞ダサいジャージ生活ってこと!?


「とほほ。私はいつになったら、女の子らしい生活を送れるのだろうか?」


 音楽教室の電話を無断で借りて、時計塔に報告。被害者の女子学生と、悪魔に取りつかれていた女講師がまだいるけど、命には別条はないと伝える。そのうち、誰かが迎えが来るのだろう。


 そのまま、トボトボと肩を落として帰路につく。

 あぁ~、学園に帰るのが憂鬱だぁ~。


 そんなことを考えながら、ふと顔を上げると。

 このヴァイオリン教室の看板が目に入る。

 可愛らしいキャラクターが、初心者大歓迎。初めての人でも大丈夫、と親指を立てて満面の笑みを浮かべていた。


 ……。

 ……、……むかっ!!


 そもそも、お前が全ての原因なんじゃーっ!

 私は行き場のない怒りの腹いせに、ヴァイオリンケースから『ヴィントレス』を引っ張り出して。残っている銃弾を全て、その看板のキャラクターに撃ち込んでやる。


 ヒヤッハー、おらおらおらっ!

 さすが、完全消音狙撃銃だ。夜の貴族街でも誰にも気づかれないぜ!




 翌日。

 私は時計塔の執務室で正座をさせられていた。そして、目の前に立つアーサー会長にこっぴどく叱られていた。


 無茶はしないようにと、あれほど言っておいたのに。それなのに、どうして君は『……別に、あれを倒してしまってもかまわんのだろう?』みたいな発想になるのかな!? 君は女の子なんだよ! もっと自分を大切にするように、と至極真っ当な説教を受けることとなった。


 そして、悪魔との交戦による建物の破損などは、全て時計塔の経費で降りることを説明された。よって、私の手元に残ったのは、最初に提示された金額の満額報酬と、なぜか穴だらけになったヴァイオリン教室の看板。その修理費用の請求書だった。……くそぅ、なぜバレたし。


「いいかい? 今度からは、自分が女の子であることを自覚して行動するように。……まったく。ミーシャといい、カゲトラ君といい。どうして、こうも好戦的なのかなぁ」


 最後にアーサー会長は。正座をさせられている私に手を伸ばして、立ち上がるのを手伝ってくれる。


 余計な一言を付け加えて。


「……あぁ、そうだ。ようこそ、こちら側の人間へ。君の言っていた『人間を辞めてしまったロクでなし』の仲間入りをした気分はどうだい? うん?」


 黒い星を輝かせて微笑みながら、煽ってくるアーサー会長に。

 あぁ、やっぱり。ロクでもない組織にいるんだな、と改めて思い知らされていた―




『Chapter5:END』

 ~Ms. Vintorez(静寂の夜に、ヴァイオリンは奏でられる)~


 → to be next Number!






…次回は、一話だけの短編を予定しています。ナタリアちゃんの休日を、どうぞ(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 東側の試作品という地雷なのにトラブルなしとは。
[一言] 腹いせの看板への銃撃、あっさりバレる。(報酬だけで足りたのだろうか。) アーサーのお説教タイム、そして、人間を辞めてしまった側にようこそナタリアさん。
感想一覧
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