#12. Ms. Vintorez(ミス・ヴィントレス。静寂な淑女)
きゃああああああっ!
静謐の銃声と、悪魔の金切り声が、防音の音楽教室に響く。
私の持つ『ヴィントレス』から放たれた銃弾の雨が、大量の蛾を撃ち落としていた。自分の体を、無数の蛾に変えていた女悪魔にとって、それこそ体の大部分が削ぎ落とされたのと、同じ苦痛を味わっていることだろう。
「あ、嗚呼、そんな―」
やがて、残っていた蛾が集まり、悪魔の姿が人に近いものへと戻っていく。
その体は、まさに虫食いのように穴だらけであった。瀕死であることが、誰の目から見てもわかる。
「……」
それでも、私は揺るがない。
予備のマガジンをヴァイオリンケースから引き抜くと、空になったマガジンと交換。初弾を装填させて、銃口を悪魔の頭へと向ける。
そして、引き金に指を添える。
「ま、待って、あたしの話を聞いて!」
女悪魔は、悲痛な顔を上げて命乞いをする。
すでに、顔の向こう側が見えている。残っている左目からは、ぼたぼたと涙を流していた。
「あたしは悪くないの! あたしたち悪魔は、人間の欲望がないと生きていけないの。全部、全部、あの女講師が悪いのよ。ここの生徒を傷つけていたのだって、あの女なんだから!」
だから、お願い。
私を、許して。私を、殺さないで。
悲痛な顔で頭を下げる蠅の悪魔。
深い後悔と罪悪感が浮き彫りになっていた。
「……あ、そ」
私は、銃口を床に下ろした。
もうすでに、決着はついている。これ以上、私が戦う理由もなかった。
私は消音狙撃銃『ヴィントレス』に安全装置をかけて、引き金を固定。背後へと振り返る。そして、床に倒れている女子生徒の元へと向かった。女子生徒は、まだ意識を失ったままだった。
……が、その時だ。
「キヒュヒュッ! 馬鹿め、引っ掛ったわね! 死ねぇーっ!」
突如として、蠅の悪魔が飛び掛かってきた。
月夜に輝く鋭い爪を立てて、私の首に狙いを定める。
「あ、そういえば」
だけど、私は。
顔だけ後ろを振り向いて、冷たい視線を送る。
「あんた、もう死んでいるから」
「……へ?」
天井付近から急降下してくる女悪魔。
だが、その体はすでに黒い塵となりつつあった。体の輪郭さえ維持できず、突き出したはずの右手は、闇夜の虚空へと消えている。
そして、何より。
悪魔の頭は、とっくに無くなっていた。
女悪魔が命乞いをしている時には、既に。『ヴィントレス』のフルオート射撃が、その頭を吹き飛ばしていた。銃声のしない完全消音狙撃銃。それは撃たれた側にさえ、死んだことを気づかせない。静謐の暗殺銃。
「……いつ、のまに?」
口だけが残された悪魔が、最後にため息のような声を漏らす。そして、地面に辿りつく前に、塵となって消えていった。
「さぁ? 虫を叩き潰すのに、躊躇とか必要ないでしょ」
もちろん、私が気にすることじゃない。
むしろ、問題はこっちだ。
ぐちゃぐちゃになった防音室。銃弾で穴だらけになった壁。高価そうな照明器具がバラバラに砕け散っている。
それらを見ながら、私は。
顔を青くさせて、ガクガクと膝を震わせながら、……恐怖に怯えていた。
「……やばっ。アーサー会長に怒られるかも」
報酬を減らされたらどうしよう。
この壁の修理代とか、いくらかかるのかな。というか、お仕事での損害って経費が下りるのかな。もし、下りなかったら。……まさか弁償!? また、あの糞ダサいジャージ生活ってこと!?
「とほほ。私はいつになったら、女の子らしい生活を送れるのだろうか?」
音楽教室の電話を無断で借りて、時計塔に報告。被害者の女子学生と、悪魔に取りつかれていた女講師がまだいるけど、命には別条はないと伝える。そのうち、誰かが迎えが来るのだろう。
そのまま、トボトボと肩を落として帰路につく。
あぁ~、学園に帰るのが憂鬱だぁ~。
そんなことを考えながら、ふと顔を上げると。
このヴァイオリン教室の看板が目に入る。
可愛らしいキャラクターが、初心者大歓迎。初めての人でも大丈夫、と親指を立てて満面の笑みを浮かべていた。
……。
……、……むかっ!!
そもそも、お前が全ての原因なんじゃーっ!
私は行き場のない怒りの腹いせに、ヴァイオリンケースから『ヴィントレス』を引っ張り出して。残っている銃弾を全て、その看板のキャラクターに撃ち込んでやる。
ヒヤッハー、おらおらおらっ!
さすが、完全消音狙撃銃だ。夜の貴族街でも誰にも気づかれないぜ!
翌日。
私は時計塔の執務室で正座をさせられていた。そして、目の前に立つアーサー会長にこっぴどく叱られていた。
無茶はしないようにと、あれほど言っておいたのに。それなのに、どうして君は『……別に、あれを倒してしまってもかまわんのだろう?』みたいな発想になるのかな!? 君は女の子なんだよ! もっと自分を大切にするように、と至極真っ当な説教を受けることとなった。
そして、悪魔との交戦による建物の破損などは、全て時計塔の経費で降りることを説明された。よって、私の手元に残ったのは、最初に提示された金額の満額報酬と、なぜか穴だらけになったヴァイオリン教室の看板。その修理費用の請求書だった。……くそぅ、なぜバレたし。
「いいかい? 今度からは、自分が女の子であることを自覚して行動するように。……まったく。ミーシャといい、カゲトラ君といい。どうして、こうも好戦的なのかなぁ」
最後にアーサー会長は。正座をさせられている私に手を伸ばして、立ち上がるのを手伝ってくれる。
余計な一言を付け加えて。
「……あぁ、そうだ。ようこそ、こちら側の人間へ。君の言っていた『人間を辞めてしまったロクでなし』の仲間入りをした気分はどうだい? うん?」
黒い星を輝かせて微笑みながら、煽ってくるアーサー会長に。
あぁ、やっぱり。ロクでもない組織にいるんだな、と改めて思い知らされていた―
『Chapter5:END』
~Ms. Vintorez(静寂の夜に、ヴァイオリンは奏でられる)~
→ to be next Number!
…次回は、一話だけの短編を予定しています。ナタリアちゃんの休日を、どうぞ(笑)