#11. Shall We Dance?(銃弾の雨はいかが?)
ダダンッ!
二連発の銃声が、握りしめている『デリンジャー』から放たれる。
真っすぐ眉間に向けて放たれた弾丸。
何の前置きもない奇襲に近い射撃であった。だが、その銀色の銃弾が女悪魔に直撃する、瞬間―
「このっ、よくも!」
その姿は、暗闇の影に溶けていった。
いや、違う。体そのものが蛾の大群となって、銃弾を躱したのだ。先端を銀で加工した純銀弾の脅威に気がついたのか、その動作はあまりにも俊敏だった。
「ちっ、くそ!」
私は悪態をつきながら、蛾の大群が向かう先に視線を送る。
その間も、スカートを翻して左腿から銃弾を取り出す。再び、薬室を解放させてリロード。……やはり、この銃だけでは戦闘は辛いものがあるな。
流れるような手裁きで、銃弾を装填。
小さな両手で『デリンジャー』を構えて、蛾の女悪魔が姿を見せるのを注意深く待つ。
「キ、キィィ! この人間がぁ! よくも、このあたしに傷をつけたわね!」
血走った目で、蛾の悪魔がこちらを見る。
吹き飛ばされた右腕はそのままで、苦痛の表情を浮かべていた。銀には、悪魔を寄せ付けない力があると、誰かが言っていた。そして、それは。悪魔に対して『絶対的な一撃を与える』ということであった。
「腕の一本くらいで、ごちゃごちゃうるさい。蛾は、蛾らしく街灯にでも群がってろ」
私は啖呵を切りながら、銃口を悪魔の頭に向ける。
今度は、外さない。
「キ、キキ、……キヒュヒュ! 馬鹿め! 人間のくせに、このあたしと戦って勝てるつもりなの!」
悪魔が、爪に蛾をまとわせて襲い掛かってくる。
だが、遅い。少なくとも、あのカゲトラの動きに比べたら、蠅が止まっているようなものだ。私は首をそらして、その一撃を回避。態勢を崩すことなく、すり抜けざまに狙いをつける。
「勝てるつもり? 違うな、ブチ殺すつもりよ」
ダダン、と銃声が響く。
血走った眼を見開く蛾の悪魔。
その瞳に吸い込まれるように、弾丸が飛んでいき―
「キキイィィィェ!」
その寸前で、躱された。
再び大量の蛾になって、部屋中を飛び回る。
くそ、キリがないな。デリンジャーの残弾も、あと四発。チャンバーを解放させて、空薬莢を地面に落とす。焦げ臭い硝煙の匂いが、わずかに鼻につく。
「キィ、キィィ! 何よ! 何なのよ、あんたは! このあたしを、悪魔を相手にしているのに、なぜ怯えない! なんで怖がらない!」
半狂乱になった蛾の悪魔は、黒い血が流れる額を苛立たしそうに拭う。なるほど、完全には躱しきれていなかったのか。私は『デリンジャー』を片手で構えつつ、にやりと笑う。
「どうしたの、もう終わり? この銃に使われている銃弾は、あんたたち悪魔を倒すために用意した特殊な弾。たかが人間だと、甘く見たね」
「な、なんですって。……その銃が、その銃のせいがぁ!?」
奇声を上げて襲い掛かる女悪魔。
全身に蛾をまとわせて、私の銃を奪いに迫る。
「それさえなければ、それさけなければ!」
「っ!?」
私は慌てて『デリンジャー』の引き金を引くも、蛾の姿に分散した悪魔には当たらず。予備の銃弾に手を伸ばした隙をつかれて、私の右手は掴まれてしまった。
「ぐっ」
「キィィ、キヒュヒュ! 捕まえた、捕まえた! これで、もうこの銃を撃つことはできないわよ。あんたも、そこの女みたいに遊んでやろうと思っていたけど! そんなこと、もうどうでもいい! このまま、この細腕をへし折ってやる!」
ぐりり、と私の腕を掴んだ女悪魔が力を込める。
まるで力など入れていないような動作だが、人間と悪魔では、その腕力や能力がケタ違いなのだろう。ミシミシ、と骨が軋むような音が聞こえてくる。
「ぐ、ぐあぁ!」
「キヒュヒュヒュ、いい気味ね! これさえがなければ! あんたも、ただの小娘でしか―」
蛾の女悪魔が高笑いをする。
勝利を確信して、油断を見せる。
……あぁ、なんて。
……頭の悪い生き物なんだろうか。
「あ、銃が落ちちゃった」
わざとらしい私の独り言。
掴まれた手から、『デリンジャー』が零れ落ちていく。
その落下していく銃に、悪魔の視線も下へと向けられる。注意も散漫となり、その銃だけを追いかける。それは、そうだろう。
だって、この悪魔には―
地面に落ちていくものだけが、自分への脅威だと思い込んでいて―
私が、もうひとつの『銃』を隠し持っていることなど―
知りようもないのだから―
「……え?」
『デリンジャー』が床に落ちた瞬間、私は悪魔から手を振り払った。
そのまま踊り子のように舞いながら、床に置いてあるAMATIのヴァイオリンケースを掴み取る。
優雅にダンスのステップを踏んで、ぱちんとケースのロックを解除。蓋が開き、中に納まっていたものが姿を見せる。そしてー
ヴァイオリンケースの中から、その『銃』を引き抜いた。
試作型の最新式消音狙撃銃。
その名前は『ヴィントレス』。
黒いグリップを握り、ウッドストックを肩に当てて。
単発射撃からフルオート射撃に切り替える。綺麗な円を描くように舞いながら、銃口を悪魔へと向けた。
「ひっ―」
悲鳴は、短かった。
咄嗟に、大量の蛾となって姿を消そうとする女悪魔。だが、すでに遅い。遅すぎた。私は舞うように、踊るように。蛾が逃げようとする方向へと視線を向けて。
フルオート射撃で蛾のいる空間ごと。薙ぎ払うように、弾丸の雨を降らせていった―