#2. LOST MAGIC(魔法を発動させたままの右手で…)
……この国では、魔法は珍しくない。
かつての戦争では、魔法を使った激しい戦いがあったらしい。
ともかく、私にも生まれつきの魔法を素質があり、そのおかげで、こうしてスパイとして活動できている。
その魔法は、相手の精神に入り込むこと。
ごく短い時間だが、相手の意識に入り込むことで、体の自由を奪うことができる。
あとは、簡単だ。
乗っ取った相手の体を使い、アタッシュケースから重要書類を出して、私のほうへと滑らせればいい。魔法を使っている時は、自分の体も無防備になるが、それだけ注意していれば問題ない。
「(……哀れだな。売国奴の末路なんて、西側陣営でも変わらないだろうに。恨むなら、その誤った選択をした自分を恨むことだ)」
私は、不安そうに怯える男の横に立って、その手をかざす。魔法を発動させるため、意識を集中させる。
ふと、私の視線は。
店内の隅の席に座っている、少女へと向けられる。思えば、平日だというのに、彼女はどうして一人でいるのだろうか。
「(……もし、彼女が自分と同じ立場なら、スパイ失格だな)」
平日では制服姿は目立つ。
何より、その可憐な美貌は、周囲の目も引き寄せてしまう。優等生のような雰囲気に、校則通りに着ている制服。だが、それにしては。その瞳は哀しみに溢れてい―
彼女への考察を進めていた、その時だった。
ガタンッ、と唐突に地面が揺れた。建物全体が激しく揺れて、私は姿勢を大きく崩してしまう。
「(……な、なんだ、地震か!?)」
この地域にはめったにない自然災害を思わせる衝撃に、頭が真っ白になりそうになる。
だが、状況は思ったより危険な状況だった。
店の奥から、火の手が上がっていたのだ。ウェイトレスたちの悲鳴が店内に響き渡る。そこで初めて、厨房で爆発事故が起きたのだと理解した。
「(……なんで、こんな時に! まさか、口封じのために!?)」
国家間による水面下の抗争では、よくあることだった。
情報を漏らしそうな裏切者を、事故に見せかけて暗殺する。死人に口なし。この世で、もっとも確実な情報保持の手段だ。
だが、事態は。
それよりも、どんどん深刻になっていく。
「(……なんだ!? また、建物が揺れて―)」
再び、建物全体が揺れ出す。
まるで、巨大な何かが何度も衝突するような振動。衝撃が走るたびに、窓ガラスが割れて、コンクリートの柱が歪んでいく。
「(……まずい、天井が崩壊するぞ!)」
私は、震えたまま動けなくなっている政府高官を見下ろしながら、わずかに迷ってしまう。この状況でも、任務を優先するべきか。それとも自分の命を守るべきか。
火の手が上がっているカウンターからは、ウェイトレスが逃げまどっている。ガス栓に引火したのか、小さな爆発が何度も起きていた。煙がどんどん濃くなって、次第に前も見えなっていく。
ミシミシ、と天井が軋み始めた。
もう時間がない。
私は、震えて丸くなっている男に向かって、片手をかざす。意識を集中させて、相手の意識に入り込む魔法を発動す―
「……っ!?」
その時だった。
店内の隅の席で動けなくなっていた、少女の姿を見た。
ボン、ボン、と火の手は激しさを増して、とうとう天井が崩れ始めた。深い溝のようなヒビが走ったと思ったら、天井を支えていたコンクリートが無数の瓦礫となって、彼女へと降り注ぐ。
「あ、ああ……」
そして、大きな瓦礫が、彼女の頭に直撃して。
小さな悲鳴と共に、その場に倒れ込んだ。
「(……あの倒れ方は、ヤバい!)」
過去に何度か見てきた、重度の頭部挫傷。
あれほどの衝撃だ。意識障害が残ることもあれば、そのまま二度と目が覚めないことも多い。
でも、今すぐ病院に連れて行けば、まだ助かるかもしれない。
まるで人形のように動かなくなった少女を見て、私の瞳はわずかに揺れる。
……迷いは、なかった。
「っ!」
私は、国を売った政府高官から離れて、彼女の元へと駆け寄る。
そして、その少女を守るために、彼女へと覆いかぶさった。
それと同時に、無数の瓦礫が降り注ぐ。
魔法が発動したままの右手で、彼女を守ろうと抱き寄せる。……が。到底、守り切ることなどできず。
ガンッ、と脳髄から足の先にまで走る衝撃と共に、私の意識は闇に堕ちていった。
おかしなことに、かすむ視界が最後に見えたものは。
異形の翼と角をもつ、『悪魔』のような人影だった―
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