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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter5:~Ms. Vintorez(ナタリア・ヴィントレスは今日も逃げ出したい)~
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#10. Ah...KILL(私と、彼女の日常のために…)


「(……ちっ、外したか)」


 本当はヘッドショットを狙ったんだけどな。

 私は、そのまま蛾の群れを振り払うと、瞬時に状況を把握。


 悲鳴を上げている悪魔。ヴァイオリンの練習を強要させている女講師と、泣きながら演奏している女子学生。私は呼吸を置く間もなく、女子生徒に向けて地面を蹴り出した。そして、鞭で首を絞めている講師の女を遠慮なく蹴り飛ばす。……私だって、この女に音楽教室から蹴り飛ばされたんだ。これで、おあいこだ。


 ドガッ、と壁に激突する女講師。

 そのまま気を失ったように地面に崩れ落ちるが、そんなことは無視する。それよりも、解放された女子生徒を優しく抱きとめて、彼女の首に巻き付いた鞭を引きちぎる。かすかに息があることに安堵の溜息が漏れる。かたん、とそれまで演奏していたヴァイオリンが床に落ちた。


 演奏が、中断した音楽教室で。

 銀髪の少女は長い溜息をはきながら、静かに口を開く。


「……はぁ、まったく。どうして、こんなことになるかなぁ。こっちは普通の学園に通っている、普通の女の子だっていうのに。なんで、次から、次へとトラブルに巻き込まれるわけ?」


 女子生徒と優しく床に横たえて、悲鳴を上げている悪魔へと向か合う。


「結局、こうして悪魔を『駆除』する仕事までやらなくちゃいけないなんて。残業代と危険手当は、あんたが払ってくれるのかな?」


 呆れて、ため息をつく。

 やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめる。

 だが、その瞳に宿っているのは。戦うという意思を越えた、静寂な感情だった。氷のように冷たく、ナイフのように鋭利な、人間の持つ冷酷な悪意。


 ……あぁ、殺そう(・・・)


 ……この悪魔を殺すという、私の意志を過去に置き去りにしよう。


「キィ、キィィッ!」


 女悪魔は悲鳴を巻き散らしながら、自分の腕を吹き飛ばしたのが誰なのか。ようやく理解したのか、わかりやすく激高した表情を向ける。やれやれ、感情的になった人間は嫌いなんだけど。……あ、人間じゃなかったか。


「きぃーきぃー、うるさいなぁ。この女子学生が目を覚ますじゃないか。寝起きに聞こえてくるのが悪魔の悲鳴だなんて、最悪の目覚まし時計だろ?」 


 ふっ、と私は冷たく笑う。


「まっ、せめて。お前の断末魔で我慢してもらうかな。……アラームの設定は10分後だ。ちゃんとセットしろよ」


 10分もあれば、お釣りがくる。

 左手で制服のスカートを捲り、そこに隠してある予備の銃弾を取り出す。弾丸に銀を使った、対悪魔用の純銀弾だ。


 そんな私の姿を、悪魔は血走った目で睨んでくる。


 だが、私は揺るがない。

 もう、意志の決定は過去に置いてきた。今、必要なのは、引き金を引く指先と。こいつをどうやって始末するか考える、鋭利な思考だけだ。


「聞きなさい、悪魔よ。私には嫌いなものが3つある。……ひとつは、感情的になって喚き散らす奴。ここが防音室だからといって、近所迷惑を考えなさい。……ふたつめが、自分勝手な奴。てめぇに才能がないことを認めないで、この貴族街に住むために借金をしてる女講師とか。自分が楽しみたいために、他人の人生を弄ぶような奴とか。しかも、女子学生をおもちゃのようにして遊ぶだと? ますます、そんな奴は嫌いだね」


 キィ、キィィッ、と女悪魔は怒りを向けてくる。

 それを前にして、なお。私は見下すような視線で対峙する。


「そして、最後に。……私、虫って嫌いなのよねぇ。目の前にいると、踏みつぶしたくなるの」


 ……あぁ、どうしてだろう?

 私の中で、怒りが治まらない。この女悪魔を許してはいけない、という強い感情が溢れてくる。良くないなぁ。無駄な思考は指先を鈍らせる。どうして、私はこの悪魔を許せないのか。わずかばかりの思考を巡らせてみる。


 ……だが、答えは。

 ……とても単純だった。


「あぁ、そうね。その通りだ。私としたことが、こんなことに改めて気づかされるなんて。……蛾の女悪魔よ。私はお前たちの存在なんて、本当はどうでもいいんだ。神様でも天使様でも、存在しようがしまいが、私には興味も関心もないことだ。……許せないのは、お前のやったこと」


 防音室の床で横たわっている女子学生。

 数日間も、食事も寝ることも許されず、ヴァイオリンの演奏を強いられていた。顔色は青く、あのままでは本当に死んでしまっていただろう。


 だけど、それだけじゃない。

 お前は、この瞬間。


 私の最大の禁忌に触れているんだ。


 銃を握っている、白くて小さな手。綺麗な銀色の髪には、硝煙の火薬をたゆらせて。目の前の悪魔には命を狙われている。その状況に、……我慢できないんだ。


「お前は、……このナタリア・ヴィントレスの命を狙った。傷つけようとした。それだけは許してはおけない。絶対に許さない。この体は、『わたし』ひとりのものじゃないんだから」


 そうだ。

『彼女』が目覚めるまで。何があっても死ぬわけにはいかない。


 私の心の奥で、今も眠り続けている少女の魂。

 彼女の意識が戻るまで、何としても生き延びなくてはいけないのだ。そもそも、私が目立つことなく平穏に暮らしたい主な理由のひとつが。『彼女ナタリア』が目覚めた時に、無事に平穏な生活に戻るためなのだから。

 普通に学校に行って、普通に教室で授業を受けて、休日はのんびりと過ごして。そんなささやかな日常に戻ってこられるように。


 それまでは、何があっても。『私』の平穏を脅かすものに容赦はしない!


 ……あぁ、久しぶりだ。

 ……心と感情が、わずかなブレもなく重なっていく。


 神経が研ぎ澄まさせる。鼓動が嫌に大きく聞こえる。悪魔の息遣いも手に取るようにわかる。

 こうやって本気を出すのは、いつ以来だろうか。東側の領事館を占拠したテロリストたちをひとりで排除した時か。いや、高校生の時に通っていた魔法学園で起こった、死人使いによる学園祭の余興。学園生徒vsゾンビ大乱闘事件の時かな。いやー、あれは大変だったなぁ。


「私はね、平和主義者なの。争い反対。戦争反対。冷戦というこの時代だって、クソくらえだし。イデオロギーの対立なんてマジで勘弁してほしい。それでも、この私を傷つけようとするなら、……遠慮なく叩き潰してあげる」


 カシャ、と『デリンジャー』の弾を込めて。

 その銃口を、蛾の女悪魔へと向ける。


「来いよ、汚ねぇ羽虫野郎! そんなに演奏を聞きたいならな。てめぇの悲鳴と銃声で協奏曲コンチェルトを奏でてやるよ!」



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― 新着の感想 ―
[一言] 『高校生の時に通っていた魔法学園で起こった、死人使いによる学園祭の余興。学園生徒vsゾンビ大乱闘事件の時かな。』ってことは、オルランド魔法学園の卒業生、それもシギ・デッドマン=グレイブヤード…
[一言] 中の人、ナタリアさんが目覚めるまで平穏を守るため、女悪魔に銃口を向ける。 中の人、あのゾンビ戦にいたのですね。
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