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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter5:~Ms. Vintorez(ナタリア・ヴィントレスは今日も逃げ出したい)~
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#8. Music Studio(音楽教室の悪魔)


 夜になっていた。

 私は、目的の音楽教室の前に立つと、がっかりした表情で項垂れる。


「……やっぱり、ここなのかぁ」


 はぁぁ、と深いため息をつく。

 アーサー会長に相談したオーケストラ部の女子生徒。彼女の友人が通っているという問題の音楽教室は、貴族街にあると聞いていたけど。その時から、いやーな予感はしていたんだよねぇ。


「はぁぁ~。また、ここに来なくちゃいけないなんて」


 正直、お腹がキリキリと痛い。

 初心者大歓迎の見出し。可愛らしいキャラクターの看板。そして、ポストには。家賃滞納の請求書が、今にも溢れそうになっている。


 間違いない。

 つい先日、才能のない貧乏人は来るな、と追い出されたヴァイオリン教室だ。私は、高級な楽器ケースを握りしめてながら、すでに逃げ出したくなっていた。


「(……うぐぐ、帰りたい。でも、何もせず帰ったら、お小遣いは貰えないだろうしなぁ。あんな金額。腹黒のアーサー会長のことだから、二度と提示してくれないだろう。そうなったら、また糞ダサいジャージ生活に逆戻りだ。……嫌だ、嫌だよぉ~。私は、可愛い服を着て外に遊びにいきたいんだぁ~)」


 逃げることはできない。

 少なくとも、今は。


 最近は、下着のゴムも伸びてきたし。……絶対に大安売りされていたワゴンセール品を、大量に箱買いしてきたに違いない。これだから東側の人間は、人として大切なものが抜け落ちているんだ。下着の色に関心が持てないなんて、動物的な欲求しか持ち合わせていないのだろうか?


 学園の制服も、そろそろクリーニングに出さないと。

 私だって、年頃の女の子なんだ。最低限の身だしなみは整えたい気持ちはある。


 ならば、行くしかない!

 追い出されたら、すぐに帰ろう。泣きながら帰って、何か甘いスイーツを好きなだけ買おう。そして、自分の部屋で一人寂しく晩餐会をしてやる。


「ご、ごめんくださーい」


 扉のベルを鳴らしながら、中に向けて声をかける。

 先日の時は体験入室だったためか、声をかけたらすぐに返事があった。だが、いくら待っても返答はない。試しに何度かベルを鳴らしてみるも、やはり変わりはなかった。


「留守かな? いや、今日は教室が開いている日だよね?」


 私は看板に書かれているレッスン時間を確認する。

 確かに、教室はやっている時間だ。試しに玄関ドアノブに手を伸ばしてみたところ―


「え? 玄関が開いてる?」


 音楽教室の扉は音もなく開いていった。 

 いくら治安の良い貴族街といえど、随分と不用心だなぁ。などと呑気なことを考えていると、建物の奥から何か聞こえてくることに気がついた。


「(……これは、ヴァイオリンの演奏?)」


 レコードの音ではない、実際の生の演奏だ。

 なんだ、やっぱりレッスンはしているんじゃないか。だけど、それにしては、……部屋の中が暗すぎる。電気が、まったくついていない。


「……」


 私は制服のスカートに隠してある『デリンジャー』に手を伸ばしながら、ゆっくりと音楽教室へと入っていく。最初来たときは、装飾過多のシャンデリアや電気ランプがついていたのだけど、今は暗闇の廊下だけが続いている。


「……ごくり」


 空気が重い。

 足が前に出ない。

 暗闇の奥から、途切れ途切れに聞こえてくるヴァイオリンの音色。ゆっくりと進んでいくにつれて、その旋律が明確になっていく。


「(……あー、嫌だなぁ。私、お化けとか苦手なんだけど)」


 綺麗なメロディーだと思う。

 でも、どうしてだろう。

 私には、不気味な雑音にしか聞こえなかった。まるで虫が食事しているときのような、機械的な音のように。


「……この、部屋かな?」


 私は閉め切られた扉の前に立つ。

 体験入室で使った部屋とは、違う部屋だ。この建物は防音設備が整っているらしく、部屋の音は外には漏れない。というのがウリらしい。


 私は、意を決して。

 その扉のドアノブを回して、こっそりと中を覗き込んでみる。


 直後、私の視界に入ってきたのは。

 泣きながらヴァイオリンを演奏している学院の女生徒と、まるで死人のように生気のない音楽教室のおばさん講師だった。手には、薔薇のように無数の棘が生えた鞭を持っていて、泣いている生徒の首を絞めつけている。


 そして、その背後には。

 蛾のような羽を持つ、女の『悪魔』が立っていた。二人を見ながら、気味の悪い笑みを浮かべて―



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― 新着の感想 ―
[一言] あの時の教室、まさかの次の任地だったとは。
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