表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter5:~Ms. Vintorez(ナタリア・ヴィントレスは今日も逃げ出したい)~
36/205

#7. TWO Dozen


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ナタリアが飛び出していった時計塔の執務室で、ミーシャが呆れたように口を開く。


「良かったの? あんな金額を出して」


「問題ないよ。今回だけは特別さ。休みの日なのに、学園の制服ばっかり着ていたからね。ちょっとくらい、お小遣いがあってもいいじゃないか。お洒落もしたい年頃だろう?」


 ふふっ、とアーサー会長は静かに笑う。


 時計塔の『No.ナンバーズ』は、悪魔と戦う組織の下部組織である。

 その運営や資金運用などは、アーサー会長に任されていて、必要に応じて上の組織にも応援を要請することができる。

 とは言っても、ミーシャもカゲトラも。並の悪魔くらいでは遅れを取らないので、戦力の要請などは一度もしたことがない。


「それに、今回は試験運用だよ。ナタリアさんが、どこまでやれるのか。ちょっと知りたくないかい?」


「ぶっつけ本番で? 可哀想じゃない?」


「大丈夫さ。彼女は引き際をちゃんと理解している。危険なことはしないさ。……それに、もしも彼女が。どこかの『組織』と関係があるとしても、彼女自身の人間性は信頼できる。僕の眼に狂いはないよ」


 君を見つけた時のようにね。

 アーサー会長が爽やかにウインクをすると、ミーシャは慌てて目をそらした。その頬は、わずかに赤く染まっていた。


「それに、信頼できる仲間は多いほうがいい」


「そうね。もう、仲間がいなくなっちゃうのは嫌だからね」


 ミーシャは仲間たちのカップが収められている食器棚を見る。そして、その一番奥にある。少し埃が積もったティーカップを見て、……少しだけ寂しそうな目をした。


「突然、いなくなっちゃった『LOST‐No.ロスト・ナンバーズ』か。……あいつは、今。どこにいるのかなぁ」


「さぁ? でも、元気にやっていると思うよ。彼には信念があるからね。どんな状況になっても、絶対に折れない心が」


「ははっ。好きな女を救うために、この国を敵に回すことが信念ですって? 笑えるわね」


「そうかい? 僕も、君のためなら世界すら敵に回せるよ」


 アーサー会長が、わりと真面目な顔で言うものだから。ミーシャも聞き流すことができず、耳まで真っ赤になっていた。


「あっ、それで提案なんだけど。この白紙の婚姻届けにサインだけでも書いてくれないかい? そうすれば、あとはこっちで話を進めておく―」


「じょ、冗談はやめなさい! ブッ飛ばすわよ!」


 恥ずかしさに耐え切れず、ミーシャは丸めたファッション雑誌を彼に投げつけていた。

 それを視界の端で見ていたカゲトラは、脚立の上で胡坐をかきながら、呆れたように小さなため息をついた。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「ほらよ、こいつが注文していた特殊弾だ」


 まだ試作段階だがな。と、銃職人のジョセフは、いささか不満そうな顔をする。


 翌日の放課後。

 私は再び楽器屋の看板を出している『黒猫亭』に出向いていた。彼に注文してある、悪魔と戦うための銃弾を受け取るために。


 悪魔は、普通の弾丸では倒せない。


 だが、銀の銃弾ならダメージを与えることができる。

 それは、今までの戦いからも証明されていることだ。これまでは、昔から使っていた22口径の『デリンジャー』でなんとか凌いできたけど、今のままでは確実に火力不足だ。そのためにも、新しく手にした消音狙撃銃『ヴィントレス』に、同じ銀の銃弾を使えるようにしないと。


 まぁ、本音を言っちゃえば、使わないに越したことはない。

 だけど、今日までの時計塔での日々を思い返すと、そんなものは希望的観測よりも更に悪いものだ。あのNo.ナンバーズたちときたら、自分から進んで悪魔たちと戦いにいく戦闘狂ばかりなんだから。普通の女の子である私では、命がいくつあっても足りないぞ。せめて、自分の命くらい自分で守らないと。


 私は、銃工房にある作業机にヴァイオリンケースを置いて、その蓋を開ける。そして、中に入っている消音狙撃銃を手に取って、空のマガジンを取り外した。


「弾は、いくつあるの?」


「とりあえず、2ダース分だ。無駄弾は撃つなよ」


 ジョセフの忠告を聞きつつ、空のマガジンに銃弾を込めていく。銃弾の先端を、銀の素材に変えてあると言っていたが、弾込めもスムーズで違和感はない。さすがは、自称。この国で一番の銃職人ガン・スミスだ。


「試射は、したんでしょうね?」


「当たり前だ。とはいっても、本物の『ヴィントレス』はお前さんの一丁しかないからな。あくまで代用銃で試しただけだ」


 まぁ、使用感は実戦で試してくれ。と、ジョセフは気楽に言ってくれる。


「……一応、確認したいんだけど。弾が詰まったり、暴発したりしないよね?」


「かかっ、俺を誰だと思ってやがる。もし、暴発したり、敵に当たらなかったら。それは使っている奴が下手くそなだけだ」


 俺は仕事で下手を打たねぇ。

 ジョセフは自信満々に答える。その自信を真に受けていいのか、少し困りものだけど。現状、これ以外に頼れるものがないので、不安は残るけど使うしかないだろう。


「2ダースってことは、マガジンで二本分くらいってこと?」


「何だ、心配なのか? 24発もあれば、たいていはケリがつくと思うんだが。……お前さん、いったい何と戦争するつもりなんだ?」


 ジョセフは煙草を灰皿に押し付けては、呆れたように言った。

 悪魔と戦うかもしれない。そんなことを説明しても無駄だと思うので、とりあえず曖昧に答えておくことにする。


「……うん」


 純銀弾を装填したマガジンを、『ヴィントレス』本体に装着。左手を銃身に、右手をグリップに。ウッドストックを小脇で支えながら、狙撃スコープを覗き込む。


 無言のまま、初弾を薬室に装填。


 カコンッ、と銃弾がマガジンから移動する。引き金に指を添えて、左右へと機敏に狙いを定める。今度は、銃を斜めに傾けてスコープ越しではなく、肉眼での使用感を確認。そのまま流れるような動作でマガジンを外して、薬室を解放。チャンバー内に入っていた初弾を放出させると、くるくると回転する銃弾を空中で掴みとる。


 一切の迷いもない。熟練の暗殺者を彷彿とさせる卓越した銃の扱い。まずいな、どうにも昔の血が騒いでいる気がしてならない。


「……悪くないわね」


「だろ?」


 ジョセフの表情に揺るぎはない。

 かかっ、と愉快そうに自分の仕事に満足している様子だった。私は銃弾の入っているマガジンを、再び『ヴィントレス』に装着。予備のマガジンと銃弾も、ヴァイオリンケースの中に収納してから、ぱたんっと頑丈な蓋を閉じた。


「とりあえず、ありがとう。また、よろしくね」


「おうよ。請求は、あの『S』女に回しておくからな」


 お礼を言ってから、私は銃が隠されたヴァイオリンケースを両手に持つ。


 放課後の女子学生。

 ヴァイオリンを持って音楽教室に向かう姿から。誰がその中に、最新式の完全消音狙撃銃が入っていると想像できるだろうか。満員の路面電車で短いスカートを揺らして、憂いと憐憫を秘めた瞳の彼女は、間違いなく。


 常識の外に踏み出している存在に、他ならなかった―



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ