#5. Silent Rifle (静謐の銃)
銃につける名前といったら、『女の名前』と決まっているからな。と、ジョセフ爺は年甲斐もなく言った。
「性能を説明してやろう。よく頭に叩き込んでおけよ。そいつは近距離から中距離の戦闘を想定したオートマチック・ライフルだ。銃弾の口径は9×39㎜。ガス圧装填によってフルオート射撃も可能だが、通常のマガジンでは10発しか装填できない」
付属の拡張マガジンを取り付けてもいいが、それだとヴァイオリンケースに入らないぞ。と彼は付け加える。
「有効射程距離は、300から400メートル。備え付けの望遠スコープは3倍率のものだ。もっと高倍率のスコープをつけてもいいが、その場合。予定よりも下に銃弾が落ちるから気をつけろよ。全長は890mm。重量は3.4キログラム。銃弾初速は290m/s。ここまでで質問は?」
「はい、色々と突っ込みたいところがあるんですけど。まず、最初に、……9×39㎜の銃弾って、何ですか?」
私は呆れつつも、とりあえず頭に浮かんだ疑問を口にする。
9㎜の銃弾。それはこの世で最もありふれたものだ。警官が携行している銃も9㎜だし、サブマシンガンに使う場合も多い。まぁ、サブマシンガンという銃種そのものが、拳銃の銃弾を連射して撃つために作られたのだから、当然といえば当然だけど。
……だが、9×39㎜?
普通の9㎜の銃弾が、2センチくらいの長さだったと思うから、その倍くらいの長さの弾を使うというのか?
そんなもの間違いなく。
この銃のための専用弾だぞ?
そんな私の疑問に、ジョセフ爺は嬉しそうにニヤリと笑った。……楽器屋の亭主が浮かべてはいけない邪悪な笑みだ。
「かかっ、さすがに目の付け所がいいな。……そうさ、こいつはただのライフルじゃねぇ。さっき、近距離から中距離の戦闘を想定したマルチライフルといったが、ありゃ嘘だ」
「嘘?」
「あぁ、そいつはな。連邦が極秘裏に進めている、特殊部隊や隠密作戦のために開発された特別なシロモノなんだよ」
ふぅ、と美味そうに紫煙を吐く。
だから、未成年の前で煙草を吸うんじゃない。私の健康に悪いだろうが。
「銃弾初速が290m/sといっただろう。つまり、こいつから放たれた銃弾は『音速を越えない』。空気の壁を越えないから、余計な銃声を出さない」
あの、ビュンッ、って奴をな。
ジョセフ爺は指先を立たせて、身振り手振りをまじえて教える。
「おまけに、銃身そのものが大きな抑音器になっているため、銃弾が放たれた時の銃撃音もしない。そもそも、そうなるように火薬量も調整されているしな」
「えっと、つまり?」
私は嫌な予感をしながらも、その疑問を口にする。
ジョセフ爺は答える。
「こいつは、銃声がしない静謐の『完全消音狙撃銃』だ。撃たれた奴でさえ、何をされたのかわからないだろう。夜間の戦闘や、市街戦では、間違いなく最強だな」
灰皿に煙草を押し付けて、ヴァイオリンケースから、その銃を丁寧に取り出す。
そして、おもむろに。
私の手に持たせるのだった。
「わっと、……あれ。意外に重くないかも」
「そうだろうな。銃の部品のほとんどが、強化プラスチックと特殊カーボン繊維でできている。戦争中の銃は、どんな状況でも壊れないように頑丈に作られていたが、戦争が終わった今では、銃に求められるスペックが変わってきているってことさ」
ふーん、と私は答えながら、その銃を構えてみる。
右手でグリップを握り、左手で銃身を支える。ウッドストックで肩を支えて、狙撃スコープを覗き込む。
「……フルオート射撃もできるんだっけ?」
「あぁ。だが、銃の性質上。フルオートでの精度は高くねぇ。なにせ、銃声をさせないことに性能を全振りさせたようなシロモノだ」
あとは、使う側の腕次第だな。
と、ジョセフ爺は挑戦的な笑みをこちらに向ける。
「有効射程距離は400メートルか。……銃弾が大きいから、それ以上の狙撃は難しいのかな」
「まぁな。長距離の狙撃をするんだったら、別のスナイパーライフルを使うことを薦めるぜ」
そう言って、壁に備え付けられている銃に視線を向ける。
連射速度の優れた小銃や、やたらゴツい大きな銃まで。様々な銃が壁に取り付けてあった。その中には、長距離狙撃のためのスナイパーライフルや、旧式の対戦車ライフルまで取り揃えれている。
「……ねぇ、爺さん。ガン・スミスってことは、銃の整備や改造もできるんだよね?」
「ジョセフと呼びな。あぁ、時間と金さえあれば、なんでもできるぜ」
「銃弾の特注も?」
「もちろんだ。火薬を盛り込んだオーバーロード弾であっても、俺に作れねぇものはねぇ」
がはは、とジョセフは上機嫌に笑う。
そうか。
それなら問題ないよね?
「じゃあさ。これと同じような銃弾を作ってほしいんだけど」
そういって、私は。
制服のスカートを捲って、そこに隠している『デリンジャー』を取り出す。その姿に、ジョセフ爺も目をそらしたが、私が取り出したものを見て、呆れたような渋面を作る。
「……年頃のお嬢ちゃんが、スカートの中にそんなものを隠すんじゃねぇ」
「うん?」
言われている意味がよくわからず、私は首を傾げながら『デリンジャー』に装填してあった銃弾を取り出す。悪魔と戦うために作られえた銀色の銃弾を。
「は? なんだこりゃ? 弾頭の部分の素材、これは銀か?」
「そう。とある事情で、それと同じ種類の銃弾が必要なんだけど。ジョセフなら作れるよね?」
「んー、まぁ。作れなくはないが。……お前さん、こんなもんを使って、いったい何と戦うつもりなんだ?」
「え? えーと、そうねぇ」
私は少しだけ考えて、ジョセフに応える。
「悪魔退治、かな」
「は? 悪魔だぁ?」
彼は呆れたような顔になったが、それ以上は追及する気はないらしい。職人らしく、相手の事情に首を突っ込むつもりはないのだろう。
「まぁ、いいさ。ちょっと見本として、この弾は置いていってくれ。なんとかやってみるさ」
「どれくらいでできる?」
私は手にしていた銃を、ヴァイオリンケースに戻しながら問う。
「そうさな。3、4日ってとこかな。さっきも言っていたが、こいつは銃声のさせないために火薬量を細かく調整されている。銃弾の素材に銀を使うとなると、重さの比重が変わって精度が悪くなっちまう」
「結構、時間がかかりそうだね」
「試作品でよければ、明日にはできるぜ」
まっ、安全性は保障しないけどな。
と、ジョセフは上機嫌に笑う。この際、仕方ないか。私は近日中に来ることを伝えて、消音銃の収まっているヴァイオリンケースに手を伸ばす。
この銃はこのまま持って行ってもいい。というジョセフの言葉を受けて、そのまま持ち帰ろうとするが―
「ああっ、待て待て! 肝心なことを忘れていた!」
「な、何ですか? お金なら持っていませんよ」
その場合、自分の所属しているスパイ機関か、『S』主任へ直々に請求書を送ってもらうことになるけど。
「違ぇーよ。そんなことよりも、もっと大切なことだ!」
「だから、それは何ですか?」
私の面倒そうな態度に、ジョセフ爺は真面目な顔をして言った。
「そいつの、名前だ」
「は?」
「銃には名前がいるんだよ。生きるか死ぬか、その瞬間に最も頼りになる相棒。それが愛銃だ。そいつに名前をつけなくてどうする!?」
何を言っているんだ、この爺。
口には出さないけど、そう思わずにはいられない。そんな私の心情を無視して、ジョセフ爺はノリノリで喋り続ける。
「だから、俺が名前をつけてやったぜ。その銃の名前は、……『ヴィントレス』だ」
「……はい?」
私は、開いた口がふさがらなかった。
そもそも、それって。私の名前じゃん。ナタリア・ヴィントレス。それが私の名前です。
「うん、我ながら良い名前だ。やっぱり、銃には『女の名前』をつけないとな。見てくれは綺麗なヴァイオリンケースに入っているくせに、中を開けば凶悪な本性が隠れている。まさにお前さんにピッタリじゃねーか」
あれ、これって。喧嘩を売られているのかな。
普通の学園に通っている平凡な女子学生に向かって、凶悪な本性とは。良い度胸じゃないか。よし、もう一度。首を締め落としてやろう。
それから数分間。
私の反論も虚しく、それ以外の名前では仕事を受け付けない、というジョセフの頑固な態度に負けて。私は、『ヴィントレス』と名付けられた銃を手に、学園への帰路につくのだった。
満員電車に揺れるAMATIのヴァイオリンを手にした女子学生は。
何の違和感もなく、周囲の風景に溶け込んでいた―
脚注
・9㎜銃弾:正式には、9×19㎜パラベラム弾。おそらく世界で最もありふれた拳銃弾。UZIやMP5などサブマシンガンは、この弾を高速でバラ捲くために設計された。
・9×39㎜銃弾(亜音速弾):弾丸が音速を越えないように調節された専用弾。音の壁を越えないため、空気の振動による銃声を抑えている。ただし、精度と射程距離に難あり。普通の9ミリの銃弾の倍くらいの長さがある。
・銃声:そもそも銃声とは、ふたつの音から出来ている。銃弾を放ったときの火薬の炸裂音と、放たれた弾丸が空気の壁を越えたときにできる飛翔音。前者は、サプレッサー(抑音器)で抑えることができるが、銃弾の飛翔音は弾丸が、音速(300m/s)を越えたときに発生してしまう。