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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter5:~Ms. Vintorez(ナタリア・ヴィントレスは今日も逃げ出したい)~
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#4. Gun-smith(銃職人)


「まったく。あなたがどこかに行ってしまったら、主任に言われたものを受け取れなくなるじゃないですか」


「……いや、どっかに行くというか。お前さんのせいで天国に行くところだったけどな。川の向こうに、綺麗なお花畑が見えてたからな」


 落ち着きを取り戻した亭主のジョセフは、痛そうに首元をさすっている。年寄りをヘッドロックで締め落とすなんざ、普通の女の子がやっていいことじゃねーよ。と、ジョセフが不機嫌そうに呟いていたた。


 あはは、と私は曖昧に笑って誤魔化そうとする。

 だが、ジョセフの機嫌は直りそうになかった。それからというもの、年頃の女の子はこうあるべきなんだ、とか年寄りっぽい説教を聞かされることになる。

 こういうときは無心に限る。……あ、空気おいしいな。


「最近の若者はこれだから。……で、その『S』主任に言われて来たんだったな?」


「あ、はい。ここにある『楽器』を受け取るように言われました」


 ジョセフの声を全て右から左に流していた私は、慌てて彼の問いに答える。


「ふん、まぁいい。確かに、ここに預かっている『楽器』があるぜ。まさか、受け取りにくる人間がいるとは思ってもみなかったがな」


「と、いうと?」


 私は首を傾げながら問う。


「持ち主がわからなかったんだよ。朝、気がついたら店の前に置いてあってな。一緒にあったメモには、誰かが取りにくるまで預かっていてほしい。そう書いてあった」


「へぇー。よくも、そんな不審物を今まで預かっていましたね」


「まぁな。こういう手合いは慣れているのさ」


 ジョセフは意味深に笑うと、親指で奥の部屋を指さす。

 どうやら、目的のものはこの部屋にないらしい。私は展示されているトランペットやサックスの脇を通り抜けて、ジョセフの後についていく。


 よほど湿気を嫌っているのだろう。

 奥の部屋に続く廊下には窓がなく、換気用のファンがいくつも備え付けられていた。


「入りな」


 ジョセフに促されて、私は奥の部屋に入った。

 そして、その部屋の風景を見て。やっぱりか、と試験の答え合わせをした気分になっていた。


「……『工房』ですか?」


「あぁ。俺のアトリエさ」


 かかっ、とジョセフが機嫌良さそうに笑った。

 こじんまりした部屋にあるのは、重厚な金床、精密部品を作るための工場機器だった。何十年と使ってきたであろう木製の机の上には、ドリルやレンチ、微細作業用の顕微鏡にオイルまみれのタオル。それに黒色の無煙火薬と、空の薬莢まで散らばっている。


 そして、壁に備え付けられた棚には。

 いくつもの『銃』が、まるで商品のように展示していた。


「……ちゃんとした自己紹介をしていなかったな。俺は、ジョセフ・ブラックキャット。この国で一番腕がいい『銃職人ガン・スミス』だ」


 銃職人 (ガン・スミス)。

 銃の整備から調整まで、その全てを行う職人だ。戦時中に大量生産された銃器は、ほとんどが粗雑な造りであったため、故障もするし、扱いにくいものばかりだった。そんな銃を整備して、再び使えるようにするのが銃職人の仕事である。もちろん。一般的には、だが。


「……え、これって。違法改造とかしてませんか?」


「かかっ、人聞きの悪い。依頼人の注文に応えているだけさ」


 ジョセフは悪びれた様子もなく、けらけらと笑う。

 爪の隙間にはさまった火薬の粉末。その手を伸ばして、作業机の金床に固定された狙撃ライフルを、銃職人は愛おしそうに触れる。


「こいつは『M24』。レミントン社製のスナイパーライフルだ。有効射程距離は800メートルのボルトアクション式のライフルさ。……だが、この俺が手を加えれば、射程距離を1200メートルから1500メートルにまで伸ばすことができる。銃弾を7.62㎜から、50Caliberに変えて、特注のロングバレルを装着。それでもなお精度を落とさない緻密な螺旋構造ライフリングが―」


「あ、そういう自慢話はいいんで。話を先に進めてください」


「……ふん。つまらんやつだ」


 ジョセフは自分の自信作を無碍にされて、わかりやすく口を曲げる。そして、肩を怒らせながら壁の棚に近づくと、そこに置いていあったものを取ってくる。


「ほらよ、これが例の『楽器』だ」


「え? これですか?」


 私は思わず困惑する。

 てっきり、錆だらけのトランペットとか、そういうものが出てくると思っていた。だが、机の上に置かれたのは、新品のような楽器ケースだった。


「……ヴァイオリン、ですか?」


「入れ物はな。中を見てみろ」


 そう促されて、私はヴァイオリンケースに手を伸ばす。

 職人としての矜持か。持ち主不明のものであっても、手入れを怠らないらしい。表面は新品同様に磨かれていて、黒い光沢に自分の顔が反射している。楽器ケースに、さり気なく刻まれている銘柄を見て、思わず目が飛び出そうになった。

 AMATI(アマーティ)。超がつくほどの高級楽器メーカーだ。貴族のための楽器とも呼ばれるほどに。……ヴァイオリン教室、貴族街。……うっ、頭が。


「ん? どうしたんだ?」


「いえ。朝から、嫌な思いをしたので」


 貴族街のヴァイオリン教室から、蹴りだされた時の心の傷が痛む。せっかく忘れていたのに、また泣きそうになってきた。私は制服の袖で涙を拭きながら、楽器ケースのロックを外して、蓋を開ける。


 そして、その中に入っているものを見て。

 ……ぱたんと、すぐに蓋を閉めた。


「何ですか、これは?」


「見ればわかるだろう。ただの『楽器』だ」


 ジョセフは何食わぬ顔で懐から煙草を取り出す。おい、未成年の前で煙草を吸うんじゃない。


「いや、普通の楽器は。火薬を使ったり、銃弾の入ったマガジンを装着したり、遠くの敵を狙う望遠スコープなんかついていませんよ」


「何を言ってやがる。打(撃)てば音が出るんだから、楽器と大差ないじゃねーか」


「そうですね。人を殺傷できる弾丸が飛び出すこと以外は」


 こんなものをコンサートホールで演奏してみろ。

 観客から聞こえるのか、歓声じゃなくて悲鳴だぞ。


「(……にしても、こんなの見たことがないよ)」


 高級なヴァイオリンケースに収められているのは。

 ……一丁の銃だった。


 外見は、狙撃用のスコープがついている、すこし小さめなライフル。

 黒い銃身に、装填されている黒いマガジン。

 引き金も望遠スコープも、沈黙の色で統一されている。ただ、グリップから肩で固定するためのストックだけは、木製のウッドストックだ。熟練の職人による丁寧な作品なのがすぐにわかった。こうしてみると、ちょっとお洒落でカッコいいかも。


「そいつはな、東側陣営で開発された最新鋭の試作銃だ。正式名称は、まだない。通称コードではSP-5とか呼ばれているらしいが、俺は認めねぇ。そんな無粋な名前は、俺の美学に反するからな」


 ジョセフ爺は真面目くさった顔で、持論を語った―

 そして、そんな銃職人のことを。少し気持ち悪いと、私は思っていた。



脚注

・M24:スナイパーライフルといったらこれ。ボルトアクション式で、銃弾を一発ずつ装填していく様が、とてもカッコイイ。ワンショット・ワンキルという男の浪漫。(我々の世界では、米製)


・7.62㎜の銃弾:威力の高い銃弾で、有効射程距離も優秀。主にスナイパーライフルの弾に使われている。(我々の世界でいう、7.62×51㎜NATO弾)


50Caliberフィフティ・キャリバー:正式には12.7×99㎜の銃弾。いわゆる50口径で、固定式の重機関銃などがこう呼ばれた。今回は銃弾の総称として活用。とんでもない威力のため、人に向けて撃ってはいけない銃弾のひとつ。

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