#3. Who the girl !?(お前さん、何者だ!?)
「……ナタリア・ヴィントレスです」
名前を尋ねられて、釈然としないながらも答える。
視線を外しながら頬を膨らませる。こういうところが感情が顔に出る、と言われるのだけど、本当にムカついているんだからどうしようもない。
「で、お嬢ちゃん。わざわざ、こんな店に来るくらいだ。何を探しているんだい?」
「あー、えっと。楽器を探しに?」
どう説明したものか。
上司の『S』主任からは、この店の場所と、『楽器』を入手するようにとしか伝えられていない。私が説明に困っていると、亭主のジョセフは、ふむと思案顔になる。
「お嬢ちゃん、ちょいっと手を見せてくれないか?」
「へ? 手ですか?」
「おうよ。どうやら、どんな楽器を選ぶのか迷っているみたいだからな。手の大きさと、指の感じから、オススメなのを見繕ってやるよ」
「は、はぁ」
私は何も考えず右手を差し出す。
すると、亭主のジョセフは医者が診察するような手つきで、私の右手を確かめていく。手の平から、指の関節。そして、指の先へと触れた。その瞬間、朗らかだったジョセフの顔が。
……一瞬にして、凍りついていた。
「なっ!?」
「ん? おじいさん、どうしました?」
固まったままのジョセフ。彼は黙ったまま私の手を離すと、その皺が刻まれた顔をこちらに向ける。
その表情は、どこまでも。
真剣だった。
「……お前さん、何者だ?」
「はい?」
意味がわからなくて聞き返す。
「何者だと聞いている。その人差し指にできたタコは、銃のトリガーを引くときにできるもんだ。その手の大きさからいって、それほど大きな銃じゃねぇ。『ルガー』……いや、『デリンジャー』か。口径は22インチ、安全装置のついていない旧型だな。引き金を固くすることで誤射を防いでいる駄作で、俺の美学には合わねぇシロモノだ」
それに、と興奮したジョセフは続ける。
「お前さんの指のタコ。ムラがない。確実に力を均等に込めている。訓練を受けた兵士でも、こうはならない。それに撃つ時に迷いもねぇ。どれだけの修羅場を潜り抜けてきたら、こんな綺麗な銃ダコができるんだ」
ギロッ、と鋭い視線が私に刺さる。
その瞳に浮かんでいるのは、敵意や猜疑心ではなく。純粋な疑問を問いているのだろう。彼は真剣な目で問いかける。
「(……いやいや、そんなことを言われても。完全に買いかぶりなんですって!)」
亭主のジョセフの期待を裏切るようで申し訳ないが、私はノイシュタン学院に通う、ただの女子学生ですよ?
そうなる前だって、二流のスパイでしかなかった。最低限の訓練は養成所でこなしてきたが、その成績はあまり良くない。むしろ、高校生時代を過ごしたオルランド魔法学園のほうが成績は良かったかもしれない。
「えーと、おじいさん? そんなリアクションを取ってもらって、本当に申し訳ないんだけど。マジで、たいした経歴もないですよ?」
せいぜい、悪魔を退治して、お小遣いを稼ぐくらいです。
私はあたふたしながら誤魔化すも、ジョセフは信じていない目のままだった。心の奥底まで覗こうとする視線は、もはや、怖いを通り越して、痛いくらいだ。
「じゃあ、なんで俺の店に来た!? 誰に雇われた!?」
「雇われたって、私は殺し屋ですか!?」
興奮したままのジョセフ。
このままでは話もできないじゃないか。だったら、しょうがない。私は心を決める。なるべくなら、自分の上司について語りたくはなかったのに。
昔、同僚に『S』主任について口を滑らせた奴がいた。その同僚は段ボールに詰め込まれて、国際郵便で生まれた国に強制送還されてしまった。本当のことは何もわからないが、主任自身が口止めをしてこないところが、逆に怖い。
「じゃ、話しますけど。どうなっても、後で恨まないでくださいね」
「おう、言ってみろ!」
ジョセフも喧嘩腰になって、テコでも動きそうになかった。
「えーと、実は。自分の上司から、ここに『楽器』を取りに来いと言われまして」
「上司? 名前はなんでぃ?」
「え? 名前?」
そういえば、『S』主任の名前って何だろう? 指令書とか書類に記載される名前は毎回違うし、イニシャルが『S』であれば主任だとわかるから気にならなかったけど。
「主任の本当の名前、なんなのかな?」
「お前さん。名前も知らない奴から仕事を受けているのか?」
「仕方ないじゃないですか。主任も『S』としか教えてくれないし」
「ふーん、『S』主任ねぇ。……ん、『S』だと?」
ジョセフの表情が、わずかに強張る。
こころなしか、顔色も悪くなっていた。
「そいつは、もしかして女か?」
「え、そうですよ」
「妙に色っぽくて男を誘う感じの?」
「そうです」
「なんか弱いものイジメが好きそうで、サディスティックな感じのある?」
「あぁ、そうそう」
「高圧的で高飛車で、人のことを人間だと思っていなくて。自分勝手で傲慢で、なんでもかんでも自分の思う通りになるって考えているような。そんな魔女のような年齢不明の美女か?」
「はい、まさにそんな感じです」
私は答える。
そして、ジョセフは。
……突然、店じまいを始めた。
「俺はこの国から出ていく。お前さんも達者でな」
「いやいやいや! 何を言っているんですか!?」
店のシャッターを下ろそうとしていたジョセフを止めると、店内に連れ戻す。だが、ジョセフは暴れたまま言っても聞かず、「離せーっ!」とわめいていた。
「ふざけんな! もう俺は、あの女とは関わりたくないんだよ!」
「ちょっ、気持ちはわかりますけど。何も逃げなくても」
私が説得するも、ジョセフは言ってきかない。
その目は、すでに血走っている。
「いーや、お前さんはわかっていない! ていうか、あの女。まだ生きていたのか!? 昔っからそうだ! 俺のところに面倒事を持ち込んでは、めちゃくちゃに引っ掻き回したあげく、後片づけを押しつけていやがって。50年前から何も変わっていないじゃねーか!」
「落ち着いてください! それに、主任はそんな歳じゃありませんって!」
「あん!? おめー、何を外見に惑わされているんだ! あの女はなぁ、自己中心的で自分の欲しいものは何でも手に入れてきた、魔女みたいな女なんだよ!」
ダメだ。
会話が成立しない。
ならば、仕方ない。私は亭主のジョセフの気が落ち着くまで、彼を背後から羽交い絞めにする。そして、首に腕を回して、左手で頭を固定。ぎりぎりと気道を圧迫する。そのまま逃げる気がなくなるまで、私はジョセフの首を絞め続けた。
「……ごふっ」
「ふぅ。これで落ち着いてお話ができますね。……あれ、おじいさん? おじいさーん!?」
脚中
・ルガー:『ルガーP08』。やや小型の古いデザインの拳銃。どんな銃かといえば、世紀の大泥棒の愛用しているワルサーP38に似ている感じ。9mmの銃弾を使用。(我々の世界でいえば、ドイツ帝国製)