#1.Give me a GUN !(火力が足りない!)
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
……最近、わかったことがある。
火力だ。
火力が足りない。
威力が足りない。装弾数が足りない。射程距離が足りない。連射速度が足りない。もっと端的に言えば、『悪魔』と対峙した時に簡単に倒せるくらいの、火力のある重火器が欲しい。
この際、贅沢は言わない。
西側諸国の最高傑作と呼ばれた『M16』アサルトライフルとか、毎分600発の連射が可能な『UZI』サブマシンガンとか、戦時中では使用さえ禁止されていた『M870』ショットガンとか、対戦車戦を想定して開発されたバズーカ砲とか。そういった、高火力、かつ高パフォーマンスの武器が欲しい。
今、手元にあるのは。昔から使い続けている『デリンジャー』。
22口径の中折れ式。銃弾こそ、貫通力の高いフルメタルジャケット弾だが。貧弱な小口径の銃では、悪魔と戦うには無理がある。
ってか、私が死ぬ。
絶対に死ぬ。そろそろ死ぬ。間違いなく死ぬ。今までは、ミーシャ先輩とか、カゲトラとか。どちらかといえば、人間を辞めてしまっている連中の近くにいたから、なんとか生き延びてこられたけど。もし、ひとりで悪魔たちと戦うことになったら。断言しよう、私は二分と持たない。
何の特別な能力もなく、魔法も使えない。ただの普通の女の子である私にとって。
銃とは。
火力とは。
生きていくための必要最低限の装備なのだ。
「なので、西側諸国の最新式の装備を調達してください。アサルトライフルとショットガン。弾は5.56㎜を200発くらい、12ゲージのバックショットは8ダースほどでいいので」
「できるか、このバカタレ!」
女上司の『S』主任が、人を小馬鹿にしたような表情で言った。
ここは東側陣営のスパイ支局。潰れたボーリング場にペーパーカンパニーを設立して、活動の隠れ蓑としている拠点だ。そこにある、上司の『S』主任の仕事部屋。彼女は、妙に妖艶な態度でため息をつく。
「いいか、ナタリア。我々は諜報員だぞ? 目立つことは極力避けるべきだ」
そうでなくても、女の子になったお前は、周囲の視線を集めやすいというのに。そう呟く『S』主任のことを、私はよく意味がわからずに首を傾げる。
「お前の任務は、この国で秘密裏に活動している悪魔を狩る組織、『No.』の内部調査だ。報告書は読ませてもらっている。だが、いかんせん信ぴょう性に欠けるものばかりだな」
ぱたんっ、と紙束を机の上に放り投げる。
私が徹夜で作成した報告書だ。その内容に嘘偽りはない。
学園の時計塔を襲ってきた悪魔たちを撃退したことや。写真に捕らわれていた学生たちを助けたこと。その他にも、廃工場に潜んでいた悪魔を追いかけたり。悪魔に誘拐された生徒を助けにいって、逆に捕まってしまったりと。
そんな騒がしすぎる日々が、もはや日常になりつつある。
「いいか、内部調査だぞ。こちらの身元がバレたら元もこうもない。せいぜい時計塔の連中とは仲良くするんだな」
「嫌です。私はすでに、何度も死にそうになっているんですよ」
私はきっぱりと言った。
これ以上、アーサー会長たちと一緒にいたら、命がいくつあっても足りない。ミーシャ先輩みたいに悪魔を瞬殺できる魔法を使えるわけでもなく。カゲトラみたいに頭のオカシイくらいの戦闘力があるわけじゃない。
それ故の、火器申請なのだ。
「主任、マジでお願いします! これ以上、手ぶらであの時計塔にいたら、任務の遂行どころじゃなくなりますって!」
必死に、そして切実に。
私は主任に頼み込む。こっちも命がかかっているのだから、なりふり構っていられない。この前の悪魔討伐で出た報酬という名のお小遣いを、主任が好きそうな西側諸国の菓子に、お土産として全て注ぎ込むほど。……トホホ、いつまで私は、あのクソダサい支給用のジャージを部屋着にしなくちゃいけないのだろうか。あぁ、可愛い服が欲しいなぁ。
「まぁ、お前の言うこともわからないわけではないが。だが、このご時世。上層部に火器調達の申請を出しても、嫌な顔をされるだけなんだぞ」
主任は、私が買ってきたドライフルーツのたくさん入ったシュトーレンに齧り付くと、何か考えるような思案顔になる。自分も食べていいですか、という願いを即座に却下した主任は、あっ、と思い出したかのような態度をとった。
「……なんとかなるかもしれん」
「本当ですか!?」
「あぁ、このマドレーヌに誓ってやってもいい」
黙っていれば妖艶な美女である『S』主任が、にんまりと笑みを浮かべる。性根の腐った、邪悪な笑みであった。
「(……あ、これは嫌な予感が)」
私はすぐさま自分の危機を察知。
主任がこういった顔になるときは、たいていロクなことがない。面倒事を押し付けられるか、もっと面倒なことを押し付けられるか。そのどちらかだ。
「あーっ、すみません。この後、学園のボランティア部の手伝いがあるのを忘れてました。申し訳ありませんが、この話はなかったことに。……あ、お菓子は全部食べていいですよ」
私は進行方向を急速に転回。
氷山に座礁する前に、ここから逃げ出すことを心に決める。かの有名な豪華客船と同じ末路だけは避けなくては。
「おいおい、そんなに焦るな。いや、逃げようとするな」
「嫌です。どうせ、ロクなことじゃないんでしょう!?」
「そこまで邪険にすることはないだろう。そのボランティア部の手伝いとかも嘘のくせに」
うぐっ。
なぜ、バレた。
私は礼儀正しい普通の女子学生だ。
そりゃ、ボランティアなどクソの興味も惹かれないのも事実だけど。公園のゴミ掃除なんて、いったいどこの誰が率先してやるのだろうか。こちらとて清く正しく税金を納めていた身だ。つまり、公共の資産である公園の掃除は国や地方自治体が管理するものであって無償で学生を働かせようなんて管理する側の手腕が劣っていると断言してやってもいい。人の善意に依存する考えかたなど、あってはならないのだ。学生に手伝ってほしければ、それなりの給与を用意するべきだ。それこそが正しい資本主義のあるべき姿である。
あぁ、素晴らしき西側諸国。
やっぱり、東側陣営はダメだな。冷戦が終わったら、すぐに西側に亡命しよう。
「言っておくが、我々スパイには亡命の権利は認められていないぞ?」
「わかっていますよ。というか、勝手に人の心を読まないでください」
お前の考えていることは顔に出ているんだよ、と主任は呆れ顔になる。
くそっ。時計塔のアーサー会長といい、上司の『S』主任といい。なんで私の上にいる人間は、こうも一筋縄ではいかない人ばかりなんだ。このままでは、誰にでも優しくて礼儀正しい私も、心が捻くれてしまうじゃないか。この世界の全てがクソに見えるようになってしまったら、どう責任を取ってくれるんだ?
などと、私は自分のことを心の底から心配しつつ、『S』主任が次に何を言い出すのかを待つ。
「話を戻すぞ? つまり、お前は悪魔と戦えるだけの装備が欲しいんだな?」
「はい。それも、なるはやで」
何度も言うが。のんびりしていたら、それだけヤバいのだ。
明日には、悪魔にペロリと食べられてしまうかもしれない。もし、そうなったら。『S』主任とアーサー会長のことを恨みながら死んでやる!
「うむ、了承した。ナタリア、お前もわかっていると思うが、今は西側諸国と東側陣営の間で冷戦を繰り広げているご時世だ。何が戦争の引き金になるかわからない。そのため、武器の輸入出には神経を尖らせている連中も多い」
国外から武器を調達して手に入れるには、少しばかり時間がかかる。主任の言葉に、私は理解しているというように頷く。
「だが、都合よく! 本当に都合よく! 私の人望もあってのことだが、すぐに手に入る武器の存在を知っている。わはは、お前は実に運が良いな!」
私という上司を持ったことを感謝するがいいぞ。そんな上司の姿を、私は胡散臭そうに見上げていた。
「え? その銃って、大丈夫なんですか。戦時中の骨董品とかじゃないですよね?」
「問題ない。新品だ。さらにいえば性能も保証済み。東側陣営の脳みそがとろけた天才たちが開発した最新式の試作銃だからな」
うげっ、東側製の銃か。
できれば安心と安全設計の西側製のものが良かったけど、この際、文句など言っていられないだろう。
「ただし、実戦での運用は皆無だ。なにせ最新式の試作品だ。実戦データもあるまいて」
「は、はぁ」
私は話の流れが見えず、曖昧に頷く。
「いやー、よかった。実は本国から、そいつの稼働実績を報告しろとせっつかれていてな。あんな頭のオカシイものを、……いや、常人では思いつかない発想のものを、どうやって使えばいいのかと頭を悩ませていたんだ」
ん?
あれ? 今、聞いてはいけない言葉が聞こえたような―
「というわけで、ナタリア・ヴィントレス。私から直々に指令を出そう」
「あ、はい。拝領します」
おざなりの敬礼をしてから、『S』主任は嬉しそうに笑う。
邪悪に満ちた清々しい笑顔で。
彼女は言い放った。
「それでは、ナタリア・ヴィントレス。君は、……ヴァイオリン教室に興味があったかな?」
「……はい?」
今回は、そこそこ長い中編ですね。
感想や誤字脱字の報告など大歓迎です。こんな銃を使ってほしい、などのコメントも募集中!