#12. Devil Smile(決して少女が浮かべてはいけない、凶悪な笑み)
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
――君は、僕の天使だね。
あの日。たくさんの人に傷けられて、人を信じることができなくなっていた私を、救ってくれた男がいた。力を使いすぎたせいで、髪の色まで変化していて、背中からは天使のような翼が生えていた。
まだ、小さかった頃。
私、ミーシャ・コルレオーネは。家族の手によって公園に捨てられた過去を持つ。
雪が降るような寒い日だった。
私は泣くだけで、誰かが助けてくれるのをずっと待っていた。それからも『人とは違う』というだけで様々な差別を受けてきた。人を信じるな。人は嘘をつく。私は、私自身と、拾って育ててくれた両親以外は、誰も信じないと心に決めた。
だけど、あの雨の日。駅のホームで出会った王子様みたいな男は、そんな私を救ってくれた。こんな私のことを好きだと言ってくれた。それが、どれだけ嬉しかったことか。きっと、本人にもわからないだろうな。
……でも、アイツは優しすぎる。人を信じすぎている。人間の良い心を大切にしたいと、真顔で言ってしまうようなバカだ。きっと、今までだって。そして、これからも。たくさん傷ついていく。人を信じたいと思うがために。
だから、私は。
時計塔の『No.』に入った。アイツが。……アーサーという男が、これ以上傷つかなくて済むように。そのためだったら、どんなことだってしてやる。例え、アイツに怒られることになっても。……いや。怒られたら、さすがに泣いちゃうかな。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
ナタリアが電話をするために、部屋から出ていった。
この部屋にいるのは、ミーシャと写真屋のオヤジだけ。学生たちが気絶している撮影スタジオで、ミーシャが声をかける。
「驚いたでしょ? 急に、こんなに多くの学生が倒れていて」
「え、えぇ、……まぁ」
キョロキョロと、せわしなく辺りを見渡している。落ち着きがない。どこか後ろめたいものでもあるのか。すぐにでも、この部屋から出ていきたい様子であった。
「どうしたの、そんなにそわそわして?」
「あ、いや。こんなことが世間にバレたら、写真館の経営が大変だなって」
「そうね。それに関しては同情するわ」
にこっ、とミーシャが笑った。
もう一度、言おう。ミーシャが、何の意味もなく。
にこやかに笑ったのだ。
「……なんて、言うと思った?」
「へ?」
瞬間、ミーシャは中年オヤジの懐に潜り込むと、その襟首を掴んで、床へと叩き落とした。
そして、そのまま。
その男の首を、両手で絞めた。
「がっ、がぁぁ!」
突然のことで、理解が追い付かないのか。
写真館のオヤジは目を白黒させながら、どたばたと手足をもがく。
それでも、ミーシャは止まらない。
感情が抜け落ちたような顔で、男の首を思いっきり絞め続ける。顔面の血の気が薄くなり、唇がどんどん青くなっていく。
そして、口から泡を吹く、その直前。
ミーシャは、わずかに手を緩めながら口を開いた。
「あんた、知っていたでしょ?」
「……が、がはっ、……なにを」
「惚けるな。あんた、最初から知っていたわね。写真を撮りに来た学生たちが、このスタジオの部屋で姿を消していたのを」
「そ、そんな馬鹿な。言っている意味が―」
写真館のオヤジの弁明をしようとするが。しかし、ミーシャは聞こうとしない。
「この店。もう何年も前から営業していなかったでしょ? 埃だらけの店内に、使っていない撮影機材。親の事故か急病か。突然、店を受け継ぐことになって、まともに営業することができなかった。写真館は廃業。客は誰もこない。それなのに、あんたはどうして。この店にいたの?」
びくっ、と男の肩が揺れた。
「ここに来たのは、私たちだけじゃないはず。消えた学生を探している家族や親戚たち。あんたは、この店で学生たちが消えていることを知っていながら、ずっと黙って隠していた。なぜかって? ……『自分には関係ないこと』だからよ!」
自分には関係ない。
だから、誰かが不幸になっても構わない。その考え方を責めるつもりはない。自分だって同じ穴のムジナだ。他人の不幸を背負い込むほど、人間として正しく生きていない。
……だけど、ねぇ?
そんなことをして、タダで済むと思うなよ。
目の前で苦しんでいる人がいて、それを見て嘲笑っているような奴に。幸せな明日が来るわけがないだろうがぁ! それに、私ね。無関係を装って、見て見ぬフリをする奴が大っ嫌いなのよね!
「そういや、写真の入っていない額縁もあったわね。どうしたの? 家族にでも売ったの?」
「そ、そんなこと! 俺は何も―」
「わかるのよ、私には! あんたが嘘をついているか、どうかくらい!?」
もしかしたら、他人の幸せが妬ましかったのか。未来に希望を持つ若者たちを見て、自分と同じように不幸にしたかったのか。だとしたら、この男こそ。……悪魔にもまさる邪悪だ。
「ここに写真を撮りに来た学生たち。そして、家族に売った写真について。その全てを教えなさい。もし、ひとりでも無事を確認できなかったら―」
最後に、ミーシャは。
決して少女が浮かべてはいけない、凶悪な笑みを男に向けるのだった。
「物理的に、この店を叩き潰すから。こんな場所でも、更地になれば買い手がつくでしょう。それも、所有者が『行方不明』になっていたら、とっても好都合よね? 消えたあんたのことを探してくれる、優しい人がいるといいね。このクソ野郎が♪」
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
男の悲鳴が、撮影スタジオに響き渡った。
誰も映っていない写真だけが、彼のことを無表情で見ていた―
『Chapter3:END』
~Portrait Report(その写真は、人を模倣する)~
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