#11. Scopophobia(写真屋のオヤジの視線)
「ギエェェェッ!」
ごろごろごろっ、と悪魔が悲鳴を上げながら床を転がっていく。
気がついたら、元の撮影スタジオに戻っていた。ミーシャ先輩が魔法を放った後から、眩しくて何も見えなかったけど。きっと、この性格の悪い先輩のことだから、何か酷いことをしたのだろう。
だって、性格。超悪いもの。
そのミーシャ先輩は、長い黒髪をわずらわしそうにかきわけながら、床に転がっている悪魔を見下ろす。まるで、死にかけの虫けらを見るみたいに。
「さぁ。写真に捕らわれている学生たちを解放しなさい」
高圧的な態度。
ミーシャ先輩。やっぱり、あなたはマフィアとか暗黒街とかのほうが似合っていますよ。そんな彼女を前にして、悪魔もビビりながら反論する。
「……お、おっと、儂に手を出さないほうがいいぞ? そいつらを写真から解放できるのは、儂だけなのだからな。……キ、キヒヒ」
視線をキョロキョロさせながら、悪魔は必死に笑い続ける。
だが、この性格の悪いミーシャ先輩は、悪魔と同じような笑みを浮かべる。
「あら、そう。それは残念ね?」
そう言って、悪魔へと手を伸ばすと。
……その小柄な頭を鷲掴みにして、魔法陣を展開させる。淡い光に包まれて、悪魔は悲鳴を上げた。
「ぎゃああああっ! な、なぜだっ! あの写真のガキたちを助けられるのは、儂だけなんだぞ! それなのに、なぜ手を緩めない!?」
じたばたと暴れる悪魔。
ぶすぶすと焦げるように黒い塵が漂っていく。そこに、さっきまでの虚勢はない。
「ふーん、だから? 写真の学生たちを救えないんじゃ仕方ない。このまま、あの世に送ってあげるわ。た〜っぷりと、痛めつけてからね?」
「ぎゃあ、やめろ! 頭が、頭が割れる!」
「さぁ、ここで選択肢よ。写真の学生たちを解放するか。それとも、このまま死ぬまで苦しみ続けるか?」
……ねぇ、どっちにする?
ぐぎぎ、と指先の爪を立てて、悪魔を拷問をしていく。そして、悪魔の心が折れるのは、思っていたよりも早かった。
「ぎゃ、ぎゃああ。……わかった! わかったから、その手を離してくれぇ!」
パチン、と悪魔が指を鳴らす。
壁に掛けられていた写真たちが、次々に床に落ちていく。すると、捕らわれていた学生たちが解放されていった。床に転がっているのは、意識を失っている学生たちと、誰も映っていない写真だけだ。
「まったく、手間取らせて」
ミーシャ先輩は舌打ちをすると、その悪魔から手を離す。そして、写真の中に捕らわれていた学生に近寄って、ひとりずつ安否を確認していく。どうやら大丈夫なようだ。ミーシャ先輩の表情に、私は安心した様子で肩の力を抜く。
……が、その時だった。
「キキィ、油断しおったな!」
突然、床に膝をついていた悪魔が起き上がって、ミーシャ先輩へと襲い掛かった。鋭く尖った爪で、その喉を切り裂こうとする。
だけど、させない。
私が、させない。
「ミーシャ先輩、伏せて!」
私は迷うことなく、手にしていた『デリンジャー』を悪魔に向ける。そして、狙いをつけて引き金を引いた。
パパンッ!
二連式の22口径、対悪魔用に加工された純銀製の銃弾。その銃弾が、悪魔の頭部を貫通していた。
「――ギャ」
小さな悲鳴を上げて、そのまま壁へと激突する。
目の焦点を失って、ぴくりとも動かなくなった小柄な悪魔は。そのまま黒い塵となって、跡形もなく消えていった。
「……ふぅ」
やったのか、そんな実感も覚える余裕もなく。
ミーシャ先輩が優しい声をかけていた。
「ひゅー、ナイスショット。良い腕ね」
「ははは、たまたまですよ」
私は、『デリンジャー』を太もものホルスターに戻してから、制服のスカートで隠す。
それと同時に。今度は隣の部屋にいた写真屋の中年オヤジが、扉を開けて顔を覗かせた。
「……あ、あの、何かありましたか?」
悪魔を相手に戦って、銃声までしたのだ。さすがのこの中年オヤジも、何かあったのか気になったに違いない。
「あぁ、別に気にしなくてもいいわよ。ここに転がっている学生たちも、こっちで対処するから問題ないわ」
そのほうが、そっちも都合がいいでしょ? と言わんばかりに言い方に、店の中年オヤジも曖昧な返事をするしかなかった。
「それじゃ、ナタリアちゃん。こっちは私にまかせて、学園にいるアーサーに電話してくれない? 病院の手配も忘れないようにね」
「あ、はい。……あの、お店の電話を借りてもいいですか?」
「ど、どうぞ」
なぜか、おどおどしている写真館のオヤジ。
私は、何かを見落としている気持ちになりながらも、その部屋を後にした。やっぱり、写真屋のオヤジの視線が気になっていた―