#7. Old Photo studio(古い写真館にて…)
埃っぽい匂いが、鼻についた。
学生たちが行方不明になる。問題の写真屋に入った私たちは、鼻をつまみながら目を細める。玄関のチャイムは壊れていて、来客を知らせるベルは床に転がっていた。掃除もされてないのだろう。埃だらけの床は、放置された廃屋のようだった。
「この店、本当に人がいるの?」
「さぁ? とりあえず、お店の人に声をかけてみますね」
すみませーん、と店の奥へ向かって声を上げる。
随分と昔から放置しているのか、それともただの掃除下手なのか。店内に飾られている写真たちも、ほとんどが埃だらけだ。カウンターの向こうにあるレジスターなど、何年も使っていないんじゃないか、と思えるほど錆びついている。
なんだか、お化けでも出てきそう。
そんな気配にビビりながら、声をかけたほうを見ていると。店の奥の扉が、のそっと開いた。
「あー、えっと。いらっしゃいませ」
姿を見せたのは、意外にも普通の中年の男だった。
でっぷりと肥えた腹に、髪が薄くなった頭部。しわしわのだらしない服は、お客を相手にする写真館には似つかわしくない恰好だ。
隣で、ミーシャ先輩が目つきを鋭くさせる。今にも、舌打ちをしそうな態度だった。……あっ、ミーシャ先輩。そういうところですよ? そうやって感情をモロに顔に出すから、皆が怖がっちゃうんですよ? などと言えるわけもなく。私はなるべく平然を装って声をかける。
「すみません、ここのお店の人ですか?」
「あー、はい。……たぶん」
たぶん?
ぼそぼそと聞き取りにくい声だ。
それにしてもお客さんに対して、たぶん、は良くないだろう。自信のなさそうな態度といい、清潔感のない格好といい。なんだか会話が通じるのかさえ怪しく思えてくる。
「えーと、この写真館って。今も営業しているんですか?」
「……えっと、たぶん」
「ここ最近。私たちくらいの学生が、写真を撮りに来たと思うんですけど、何か知っていますか?」
「……あー、たぶん」
たぶん。
たぶん。
たぶん。
あ、なんか腹が立ってきた。
この中年オヤジの太った腹に、一発くれてやりたくなる。私は怒りを抑えつつ、頑張って笑顔を顔に貼り付ける。口元がぴくぴくと痙攣しているのが、自分でもわかった。
あまりの怒りに、握った手が震えだした頃。写真屋のオヤジがおずおずと口を開いた。
「……ちょっと前から、だと思いますけど。なんか、この街の学生が、たまに来るようになって。聞いた話だと、ここで写真を撮れば願いが叶う、みたいな噂があるみたいで」
「願いが叶う?」
なんだ? 都市伝説みたいなものか?
私が首を捻っていると、写真屋のオヤジはぼそぼそと喋りだす。相変わらず聞き取りにくい声だ。
「……はい。なんか、カップルで撮れば永遠に結ばれるとか、大学受験や就職でも上手くいくとか、いろいろと噂があるみたいで。ちらほらと、学生たちが来ることもありました」
でも、最近では。あまり見かけなくなりましたが、と別に残念がる様子もなく語る。そんな噂があるなら、うまく商売に生かせばいいのに。ちゃんと掃除して、看板も直して。そんなことを思うのは私だけだろうか?
なんとなく、この中年オヤジのことを、掴みどころのない人間だなと思い始めていた。そんな時、ここまで黙っていたミーシャ先輩が口を開いた。
「写真館ってことは、当然。写真を撮るスタジオがあるのよね?」
反論を許さないような凛とした声に、写真館の中年オヤジはおどおどした様子で答える。
「あ、はい。奥にあります」
「そう。じゃあ、中を見させてもらうわよ」
ミーシャ先輩は中年オヤジの返答を待つこともなく、ずかずかと奥へと進んでいく。……あれ、ミーシャ先輩。ちょっと機嫌が悪くないですか?
「おいで、ナタリアちゃん」
「あっ、はい」
私は遅れないように、ミーシャ先輩の後を追いかける。
そして、奥への扉を開こうとしたとき、不意にミーシャ先輩が写真屋の中年オヤジへと振り返った。
「そういえば、聞きたいんだけど。この店って、あんたがひとりで経営しているわけ?」
「えっと、そうです」
「そう。じゃあ、……あんたが経営するようになったのは、いったい何年前から?」
きょとん、と私は首を傾げる。
それとは対照的に、写真屋の中年オヤジは煩わしそうにミーシャ先輩のことを見た。いや、睨んだ。この男の感情のようなものを、初めて見たかもしれない。まるで、知られたくない過去を暴かれたみたいに。
「まっ、いいわ。奥の部屋、勝手に見させてもらうわよ」
またも返事を待つこともなく、ミーシャ先輩は奥の部屋へと入っていく。私も一緒に部屋に入り、扉を閉めようとすると、写真屋の中年オヤジと目が合った。
その視線は、何かを企んでいるような。
……嫌な目だった。