#6. Love Later (元・恋人の話)
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「ここですか? 行方不明になった学生たちが、最後に立ち寄った写真屋というのは?」
「そうね。アイツが言っていることが正しければ」
日曜日の正午。
私たちは、首都の平民街にある写真屋を訪れていた。アーサー会長が言うには、この写真屋を訪れた学園の生徒たちが、次々と行方不明になっているという。その調査のために、私とミーシャ先輩が、この場所へと足を運んだわけだが。
「なんていうか、……潰れかけの廃墟、って感じですね」
私の視線の先にあるのは、とても営業中とは思えない閑散とした写真館だった。看板は錆びついており、窓にはカーテンが掛かっていて、営業しているのかさえわからなかった。
「ミーシャ先輩。場所、間違えていません?」
「いや、ここで合っているわよ。まぁ、予想以上にオンボロなのは、私も認めるけど」
そう言って、ミーシャ先輩はわずらわしそうに長い黒髪をかき分ける。
ミーシャ先輩は。
私より、ひとつ年上の上級生で、時計塔の『No.』としても先輩にあたる人だ。綺麗な長い黒髪と、凛とした雰囲気から、学校では『姫』とまで呼ばれているほど。そんな彼女だが、実は悪魔すら倒してしまう魔法の使い手であり、『悪魔殺し』の異名まで囁かれているという。
そして、何より。
……性格が悪い。
人付き合いが悪い、という話ですらない。見ず知らずの人間から声をかけられても基本は無視するし、学校内でも先輩が会話している姿なんて、時計塔にいるときだけだ。まぁ、美人過ぎて、誰も声をかけられないというのが現実だろう。
「ん? 私の顔に何かついてる?」
「い、いえ! 別に!」
私は慌てて両手を振る。
あー、びっくりした。どうにも、この先輩と一緒にいると緊張してしまう。雰囲気というか、存在感というか。とにかく落ち着かなくなってしまう。
「もしかして、初めての仕事だから緊張してるとか?」
「そ、そんなことないですよ! 朝から準備だってしっかりしてきたし。悪魔でも何でも、どんとこいですよ!」
むんっ、と胸のあたりで両手を握りながら、意識をスカートの中に隠している『デリンジャー』に向ける。上司から渡された銀の銃弾が、どれほど効果があるかはわからないけど。以前よりも、まともに戦える。……はずだ!
「そういえば。ミーシャ先輩の『魔法』って、どんなものなんですか?」
「どうしたの、急に?」
「いや。私って、あまり魔法のことを知らないので、どんな感じなのか興味があるんですよ」
嘘である。
本当は、自分も魔法を使える身であった。だが、今は何の力もない普通の女の子だ。ならば、ミーシャ先輩の魔法を知っておいて損はないだろう。なんといっても、私が生き残るために!
「別に。日常生活ではまったく役に立たない魔法よ。……まぁ、おかげでアーサーと出会うことができたけど」
「どういうことです?」
「えーと、前の学校でね。ちょっとトラブルに巻き込まれたときに、アイツに助けてもらったのよ。その時の私って、かなりの人間不信でさ。誰も信用することができなかったの。……でもアイツは、そんな私を助けてくれた。辛いときも一緒にいてくれた」
「へぇ。良い話ですね」
「でしょ? だから、私もアイツに降りかかる火の粉を、『魔法』で蹴散らしてやったのよ。こう、ズバーンとね」
そうやって喋るミーシャ先輩は、どこか嬉しそうだった。
なんだか、いつも感じていた心の壁が薄れていく気がする。親近感というべきか。そんなもんだから、ついつい私も口が軽くなってしまう。
「もしかして、ミーシャ先輩とアーサー会長って、恋人だったりするんですか?」
「あら、唐突ね」
「いえ。何となく興味があったので」
どうなんですか、と問いかける私に―
「恋人かぁ。……そうね。そんな時期もあったかもね」
ふぅ、と少し悲しそうな目になって、ミーシャ先輩は曇り空を見上げた。
数秒ほど、静かに黙ったあと。
ミーシャ先輩は口を開く。
「難しいのよ、私たちの関係は。アイツもそれなりに立場をある人間だし、私はただの庶民育ちだから。身分違いって奴ね。そんな時に、『悪魔』が出てくる事件が起きちゃったせいで、いろいろと上手くいかなくなっちゃった」
「もしかして、ミーシャ先輩が『No.』にいる理由って?」
「そう。アイツを、……アーサーを助けるためよ。あの腹黒王子は、放っておくと何でも背負っちゃうから、誰かブレーキ役になる人が必要なのよ」
なんと、と私は言葉を詰まらせる。
不良男子のカゲトラといい、黒服の二人組といい。アーサー会長を特別扱いしている人間が多いなかで、ミーシャ先輩だけが『アイツ』呼ばわりしているのは、そんな理由があったのか。
「でも、アーサー会長って。ミーシャ先輩のことが大好きですよね」
「そりゃ、そうよ。私は美人だもの」
「自分で言いますか、それ?」
「事実だし」
まぁ、そうですけど。
本人が言っても嫌味に聞こえないのが、本当の美人の証だろう。外見ばかり気にしている偽物ではなくて、ミーシャ先輩の場合。何というか、根本的に何かが違う気がする。
「まぁ、そんなことを言っているミーシャ先輩も、アーサー会長のことが大好きですよね?」
「は? 何を言ってんの。そんなわけないでしょ」
「えっ、気がついていないんですか? はたから見たら、バレバレですよ」
「……マジで?」
「はい、マジです」
数分間、黙りこんでしまう。
そして、ミーシャ先輩は赤くなった頬を隠すように、両手で顔を覆う。
「お、お願いだから、他の連中には黙っておいてよ」
「いいですけど。もう、手遅れだと思いますよ?」
「そんなぁ~」
消えそうな声で唸っている。
気難しいと思っていたミーシャ先輩に、こんな一面があったとは。『悪魔殺し』と恐れられていても、恋する乙女であることは変わらないということか。……むふふ、これは良いことを聞いたぞ。何かあったときは、この話題を振って逃げることにしよう。
「ミーシャ先輩も可愛いところがあるんですね。もしかして、まだキスもしてないとか? はっはっは」
そして、調子に乗った私は。
そのまま地雷を踏んでしまう。
「あん? いい加減にしなさいよ、この銀髪むすめが! 悪魔に襲われても知らないから!」
「ちょっ、それだけは勘弁してください! ほんと、何でもしますから!」
「ふーん。何でも、ねぇ?」
あ、やばっ。
なんか余計なことを言ってしまったような気がする。
「……まぁ、いいわ。最初のお仕事で仲間がいなくなっちゃうのは問題だから、私についてきなさい」
えっ、と戸惑う私に、ミーシャ先輩は続ける。
「何かあったら助けてあげるわよ。ただし、先に言っておくけど。私の魔法は、めちゃくちゃ危険よ?」
特に、奴らにはね。
『悪魔殺し』の少女は、にやりと微笑む。それは恋する乙女なんかじゃなく、獲物を見つけた狩人の目だった。
……あ、やっぱり。
この人も、戦闘狂のタイプだったか。