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♯50.Let's Session!(黒服のペペとナポリと、カゲトラ・ウォーナックルと、シロー・スナイベルと…))

 話は、少し時間を遡る。

 アーサー会長の護衛である黒服兄弟。ペペとナポリは、誰もいない深夜の首都を車で走っていた。大量の爆薬を、後部座席とトランクと助手席に詰め込んで。

 結果、運転席では兄のナポリがハンドルを握り、弟のペペはボンネットにしがみ付いたままアサルトライフルを構えるという態勢であった。


 やがて、目的地である大聖堂に到着して、内部が異様に静かなことに危機感を覚える。こうなったら一刻の猶予も許されない、と考えて。大量の爆薬を躊躇なく起爆。国宝である大聖堂の、それも顔とも呼べる正面玄関を爆薬をもって粉砕したのだ。


 立ち込める黒煙。

 ごうごうと燃え続ける高級車。


 そして、とばっちりを食らっている悪魔たち。何体かの悪魔は巻き添えを受けて、悲鳴を上げて丸焦げになっている。……大聖堂の損害賠償とか大丈夫なのかな、と私は密かに思っていた。まぁ、他人の財布が痛むのは自分には関係ないことだからいいか、と私はあっさりと思考を放棄する。


「にしても、思いのほか威力が小さかったな。もう少し爆薬を増やしたほうが良かったか?」


「車内で爆破させたんだから、こんなもんだろうよ。この場合は車の耐久性を褒めるべきだ。……おっ、会長殿がいたぜ。やっぱり、やられてやがるぜ」


 黒服の兄ナポリが、ボリボリと頭をかいてぼやく。

 それに対して、弟のペペは血相を変えて駆けだした。会長―っ、生きてますか! 死んでませんよね!? 貴方に何かあったら、俺たちもクビじゃ済まないですよーっ! と本人を心配しているのか、自分たちのことを心配しているのかわからない言葉で介抱する。


 傷だらけで倒れている仲間たち。

 アーサー会長。

 ミーシャ先輩。

 そして、ジンタ君とアンジェちゃん。彼らの安否を確認しながらも、黒服兄弟は警戒も怠らない。二人が手にした軍用アサルトライフルが、登りかけの朝日に鈍く反射する。


「よかった、みんな生きているぜ。まったく冷や冷やさせやがって」


「当然だろう。こいつらは悪魔と戦ってきた猛者たちだ。そう簡単に死ぬわけがない。……にしいても、誰かが欠けているような―」


 ふと、黒服兄弟たちと目が合う。

 悪魔たちに襲われる直前の私のことを見て、いい歳をした男たちがそろって首を傾げる。うーん、誰だったかなぁ。ここまで出てるのに、名前が思い出せないな。なんか、すごく金にだらしなかった気がするな。そうそう、悪魔を倒すためだって経費を水増しにしたり、会長が隠しておいた茶菓子を勝手に食べたり。あぁ、授業をサボって時計塔で一日中ゴロゴロしてたりな。

 にやにや、と男たちは笑いながら指さしてくる。


 ……ってか、見てないで助けろよ! 

 私が猫のように、キシャーッと威嚇すると、黒服兄弟はやれやれというように肩をすくめる。


「わかっているよ、ナタリアちゃん・・・・・・・。そう怒んなって」


「お前みたいに、癖の強い奴を忘れるわけがないだろう?」


 癖が強いとは心外な!

 時計塔のNo.ナンバーズの連中からしてみれば、私など一般的な女子生徒ではないか。唯一、まともな人間だといってもよい。

 悪魔を滅ぼす魔法を使うミーシャ先輩も、悪魔を素手で殴り殺せるカゲトラも、その二人を統率してるアーサー会長も。とても、まともな部類とは言い難い。……あっ、アンジェちゃんだけは別だからね。今度、学園の女子寮でお泊り会をしましょう。邪魔者のジンタは夜の山中に捨てておくから。


「あれ、というか。私のこと覚えて―」


 私が何かを言いかける。

 その時だ。

 今度は大聖堂の側面。中庭へと通じる頑丈な木製の扉が、力任せに蹴り飛ばされていた。ブギャッ、と飛んできた扉の下敷きになる悪魔たち。ぽっかりと中庭への通路ができる。その通路を、まるで最初から扉などなかったかのように、……顔に火傷のある男が歩いてきた。


「くそっ、シリウスの奴。先にさっさと帰りやがって。こっちは六階建てのアパートから飛び降りて、足を挫いているってのに」


 カゲトラ・ウォーナックルが面倒そうに呟く。

 拳で悪魔を倒す男。あの様子だと、すでに戦闘を終えているのか。それでも、まだ暴れ足りないと見える。さすがは暴力の化身。今日も悪魔の血に飢えて―


「おい、ナタリア。今、俺を見て何か言ったか?」


「まだ何も言ってないっての」


 ちっ、相変わらず変なところで勘の鋭い奴だ。この前、こっそり珈琲に下剤を仕込んでやったのに、最後まで口につけなかったからな。その後、ミーシャ先輩が間違えて飲んで、エラいことになったっていうのにー


「あいたっ!? おい、カゲトラ! お前、レディーに向かって何を投げつけているんだよ!?」


「うるせぇ。何か知らんが、てめぇは痛い目を受けておいたほうがよさそうに思えてな」


「ぐぬぬっ」


 私は涙目になりながら、地面に転がっているドアノブを見る。こんなものを投げつけてくるなんて。顔に傷が残ったらどうするんだ? お前では責任は取れないんだぞ?


「まぁ、いいさ。俺の仕事は済んだしな」


「よくない!」


「とりえず、お前には言っておくか」


「あん? 慰謝料なら20倍返しだからな。学食のデザート一か月分と、時計塔のトイレ掃除を―」


「……おかえり。ナタリア・ヴィントレス」


「……おう」


 むすっ、と私は口を曲げる。

 まぁいいだろう。許してやる。おかげで確証が持てた。この世界は思い出し始めている。悪魔卿によって『忘却』させられていた私のことを。世界の記憶から忘れていた少女のことを。思い出している。


 確証はなかった。

 推察しかできなかった。


 自分がこの場に立っているということは、『彼女』がそれを選んだということだろう。この世界の隅っこで、ナタリア・ヴィントレスが立っている。ここには『彼女』はおらず、『私』だけがいる。それだけの結果なら『私』としては不本意なのだが。


「まぁ、いいさ。また機会もあるだろうしね。だったら、次のチャンスを待つかな」


 私は諦めない。

『彼女』に人並みの幸せを送ってもらうまでは。善き大人として、巻き込んでしまった人間として。私は模索し続けるだろう。


「そういえば、私のことを思い出したってことは―」


 不意に、大聖堂の側面の扉が開く。

 カゲトラが壊した扉とは、反対側だ。蝶番が軋む音を立てて、東の空からわずかに見える。朝日を背にして、その男は中へと入ってくると。


 手にしていたものを、無造作に投げ捨てた。


 どさっ。

 ごろごろ。


 今度は何事かと身構えている悪魔たち。

 そんな彼らが見下ろす先には、顔中ボコボコにされて、前歯は折れて、鼻血が出るまで奮闘した、……悪魔卿。オウガイ・モリ・ブラッド卿の成れの果てであった。


「はぁはぁ、……勝ったぜ」


 シロー・スナイベルが、勝利の声を上げる。

 その表情からは勝者の余韻はなかった。徒労。果てしない徒労。寝ているときに耳元に近づく蚊を一晩かけて駆除した時のような、台所の隅に隠れて出てこようとしないゴキブリをようやく叩き潰した時のような、そんな悲しい疲労感に包まれていた。


「……それがしは、諦めませんよ。……この世にロリコンがいる限り、某が消えることはない、……ぐふっ」


 最後に酷く虚しい断末魔が囁かれた。

 そんな気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロリコンがいる限りって不滅やんw
[一言] 続々と集まるナタリアを思い出した勝者達。 6階から飛び降りて捻挫で済むカゲトラ、シリウスも死ななかったようで良かったですね。 断末魔もブレないモリさん(笑)
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