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♯47.Re:JAZZ & Silver GIRL③(ナタリア・ヴィントレスは再び舞い踊る)


 人生の本質は、無意味だと思うことがある。

 何のために頑張っても、何のために生きても、何のために泣いても。結局は、たったひとつの問いに辿り着いてしまう。


 ……それに、何の意味があったのか?


 もし真正面から問われたら、私は答えることができないだろう。

 私は、生きている価値のない人間だ。

 悲観的で、自虐的で、それでいて傷つくことを何より恐れている。他人が怖くて、他人から距離を取りたくて、そのくせ、他人との関係を持っていたいと願っている。そんな人間を何と表現するのか。


 これは持論である。

 だが、そんな私でも。許せないものがある確かにある。


「ほらっ、次も顔面だ。前歯は、あと何本残っているかな?」


 私が肘鉄を放ちながら、魔女アラクネへと肉薄する。

 慌てて防御態勢に入る魔女。そんな女の横に入り込み、片足を思いっきり払い上げる。ぐらっと態勢を崩す。魔女が目を見開く。その顔面を掴んで、勢いのまま後頭部から地面に叩きつけた。

 ガンッ、という鈍い音が手から伝わってくる。

 どうせこの程度では倒せないだろう。私は倒れたままになっている魔女に向けて追撃を放つ。頭部を砕かんとする勢いの踵落とし。眼前へと迫る私の足を見て、魔女が苛立たしそうに睨む。


 ……魔女の視線が、『左』に揺れた。


 咄嗟に攻撃を回避するように、魔女が左へと逃げる。その動きは、もはや人間のものとは呼べない。自身の背中から蜘蛛の脚を生やして、這いずるように高速移動していく。そして、何とか態勢を立て直そうとする、がー


 残念だが、そっちは行き止まりだ。


「ごふっ!?」


 魔女の身体が、嗚咽とともに曲がる。

 全力の回し蹴りが、魔女の腹部に突き刺さっていた。逃げる方向がわかれば、攻撃を当てることなど容易いものだ。その逆も当然で。魔女がどこから攻撃してくるのか、どのような攻撃をしようとしているのか。瞳の揺れ具合と、筋肉の強張りと、重心の軸を見れば、だいたい予想がつく。


 後は、それにあわせてカウンターを積み重ねていけばいい。

 とても単純な話だ。

 私は、地面に倒れている魔女に向かって口を開く。


「そもそも、お前は魔法での戦闘に向いていない。考えが顔に出過ぎている。攻撃方法も単純。魔法を使うにしても、無意識に右手を動かす癖がある。先ほど接近された時の対処も、自分自身を守るように反撃していたが。……3メートル30センチだ。なんの数字かわかるか?」


 蹴り飛ばされて、地面に転がっている魔女。

 嗚咽をはきながら、激しくせき込んでいる。反論などできないことを承知で、私は続ける。


「お前の物理的なパーソナルスペースだ。お前が無意識下で認識している危機感の距離。これよりも離れていれば、自分は安全だと勘違いしている間合い。それが、3メートル30センチ。その領域に入らなければ、お前の咄嗟の反撃に当たることはない。加えて、お前は自分が傷つくことを恐れているせいで、至近距離での魔法を躊躇しているだろう? 懐に潜り込んでしまえば、お前にできる選択肢は限られてくる」


 心理学。視線誘導。観察眼。表層筋肉からの読心術。

 戦闘とは、戦いではない。

 相手が人間であり、思考をする理性があるのなら、何を考えているのか見抜くのは、実に容易い。


 私は平凡だ。

 私は非力だ。


 だけど、人間との戦闘では負けない。脳があり、思考があり、感情があり、筋肉反射があって、防衛本能があって、相手が悪魔のようにデタラメな存在でなければ。私は負けない。


「がふっ、ごほっ、……このBitchビッチがぁ!?」


 咳き込みながら、ようやく魔女が立ち上がる。

 その顔には憎しみと苛立ち。そして、かすかに自嘲するような笑みが零れている。

 それだけでも、次に何をしようとしているのか。手に取るようにわかる。私は視線を動かすことなく、『S』主任の位置を再確認する。その手には、私のヴァイオリンケースが握られていたはずだ。


「はぁ、はぁ。お前みたいな生きている価値のない、どこにでもいる普通の人間に。なぜ、この私が煮え湯を飲まされなければならない! クソBitch! クソBitch! こうなったら容赦はしない。悪魔たちよ。このクソBitchの内臓をかき分けてやれっ!」


 生まれてきてことを後悔させながら、ゆっくりと殺してやる。そう喚いている魔女の言葉に、それまで戦いに加わろうとしなかった悪魔たちが動き出す。グフフッ、と耳障りな笑い声をさせて、私を取り囲むように近づく。


「まぁ、そうくるよね。戦いにおいて、数で圧倒するのが最も効果的だし。……『S』主任。お願いします」


「おう。受け取れ、ナタリア・ヴィントレス」


 私が振り向くと同時に、『S』主任が何かを放り投げる。

 本来なら高価な楽器を入れるための、AMATI(アマーティ)のヴァイオリンケース。中に何が入っているのか、嫌というほどわかりきっている。それを受け取るために、私は手を伸ばした。


 同時に、悪魔たちの奇声が上がる。


 この女を殺せ。

 この女を喰らえ。


 魔女の命令通りに、彼らは愚直に襲ってきて。私がいた場所へと、その鋭い爪や牙を突き立てる。だが、彼らが。そこに何もないことを気づくころには。


「くたばれ。悪魔どもが」


 彼らを踏み台に上空へと飛び出していた、ナタリア・ヴィントレスが。

 ……そのヴァイオリンケースから消音狙撃銃ヴィントレスを取り出していた。

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