♯ ‐No Films②‐「 」(とある映画館で、その少女はおおきにはしゃぐ)
「す、すごい! すごくすごいです! いったい、どうなっているんですか!? あたしにも、あんなことをできるんですか!?」
「落ち着きなさい。語彙力が酷いことになっていますよ」
「これを黙って見ているなんて無理に決まっています! そこだ、いけーっ! きゃーっ、あたしカッコいい!」
きゃっきゃっ、と嬉しそうに飛び跳ねている銀髪の少女。その隣では、悪魔卿のエドガー・ブラッド卿がポップコーンを抱えながら、モシャモシャと食べている。
「まったく。淑女たるもの落ち着きが大切なんですよ。子供のようにはしゃいでいたら、良いレディーにはなれません」
「ぶーっ、うるさい。エドガー、あなたは落ち着きすぎだと思います」
銀髪の少女が頬を膨らませている。
ここは心の映画館。ナタリア・ヴィントレスという平凡な学生であった少女が、瀕死の重傷を負ったときに出現した、彼女のためのシアタールーム。
孤独で人生に絶望していた少女が、たまたま喫茶店で居合わせた『彼』に救われて。目を覚ましたら、この映画館にいた。他人の体の所有権を一時的に奪う、という『彼』の魔法の副産物なのだろうか。
今は『彼』はいない。
仲間と、友達と、そして自分のために。……魔女との戦いに挑んでいる。
「ふむ。あなたに淑女の何たるかを説明しても無意味でしたね。……ですが、本当に良かったのですか?」
「何が?」
「いやね。あなたがこの映画館から出れば、元の身体に戻ることもできたのに。私が知るナタリア・ヴィントレスも、それを望んでいたことでしょう」
「ダメよ。それじゃあ、彼らを助けることができないでしょ? 『彼』のことを仲間だと信じて、友達と言ってくれる。『No.』という素敵な友達を」
少女が朗らかに笑う。
その顔には、後悔などないように見えた。
「まぁ。あなたが良いのであれば別に構いませんが。ですが、それを好ましくないと思っている者もいる。そのことをお忘れなく」
「は? 何を言っているのです? ……あ、いいぞ! そこだ! 顔だ、顔を狙え! いけーっ、ぶっとばせーっ!」
銀髪のあどけない少女は、大きなスクリーンに映っている自分の姿を見ながら拳を上げる。
それは、ナタリア・ヴィントレスが。
魔女アラクネを圧倒している姿であった。