♯42.MIX , Remix②(それぞれの戦い②)
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「準備に時間かかりすぎだって、兄者!」
「仕方ねぇだろうが! 国王陛下からの直通電話だぞ! 応じなければ不敬罪で俺たちは絞首刑だ!」
死刑制度がないはずのガリオン公国。その国の王族警護官である黒服兄弟、ペペとナポリは普段から使用している高級車に荷物を積めながら、大声で怒鳴りあっている。その荷物には『取り扱い注意』『火器厳禁』『使用の際には雷管にて着火すること』という注意書きが貼り付けられている。
……爆薬であった。
昼間のうちに買い占めていた大量の爆薬を、高級車のトランクと後部座席と助手席に詰め込んでいた。普段からアーサー会長の護衛をしていて、過去には軍にいた経験もあり、このような危険物の取扱いは得意分野であった。正しく使用するかどうかは、別にして。
「それにしても、なんでこんな時間に直電が!?」
「知るかよ! なんとなく息子の声が聞きたくなった、だそうだぜ!」
「ったく! ほんと良い性格をしていられますぜ、ウチの国王陛下様はよぉ!」
ばたんっ、とトランクを閉めて。
黒服のナポリが運転席に乗り込んで、エンジンを掛ける。ブロロッと恐らく最後になるであろうエンジンの息吹を上げると、黒服のペペが助手席に、……乗らなかった。軍用のアサルトライフルを片手に、車のボンネットに乗り上げる。
「よっしゃ! 兄者、行くぜ! 俺たちの会長様を助けによっ!」
「これで戦いが終わっていたら、笑いの種だけどなっ!」
学園近くにあるガレージから、大量の荷物を載せた高級車が勢いよく発進した。
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「はぁはぁ。くそっ、忌々しい!」
「は、ははは。いい加減に諦めたらどうですか? ……げほえっ」
大聖堂の近くでは、二人の男が対峙していた。
一人は、狙撃銃を手にした若い男。シロー・スナイベル。すでに手持ちの銃弾を使い切って、今は銃口から魔法を放って戦っている。疲労の色は濃く、その顔からは不機嫌さがにじみ出ている。
もう一人が、悪魔卿のオウガイ・モリ・ブラッド卿。『忘却』と『記録』の根源で、シロー・スナイベルの攻撃を無効化させてきた。悪魔を超えた存在。まさに超越存在として相応しい彼は、歴戦の狙撃手を相手にして。……一方的に、ボコボコにされていた。
「おらっ、いい加減に諦めろっての!」
「絶対に諦めませんよぉ! ……ぎゃぁぁ!」
シロー・スナイベルが放つ消滅魔法を、完全には無効化することができず。オウガイ・モリ・ブラッド卿の体は、半分ほど削ぎ落とされていく。
それでも、彼が死ぬことはない。
悪魔卿とは、自然現象と同じ概念である。言葉になる前の言葉であり、この星が存在する限り、本当の意味で悪魔卿が死ぬことはない。失われた体の部分も、苦痛とともに復元されていく。そんな悪魔卿が、ここまで苦戦させられる理由とは。
「はは、ははは。某は諦めませんよぉ。絶対に、ぜーったいに!」
オウガイ卿が両手を握りしめて、獣のように空に向かって吠える。
「絶対に、ミーシャさんの幼い時の写真を見せてもらうまでは、何があっても諦めな、……ぎゃあぁぁっ!」
「だから言ってるだろうが! 何があっても、てめぇなんかに娘の写真を見せない!」
「いいじゃないですか、いいじゃないですか! 写真を見るくらい別に減るもんじゃないし! ケチッ!」
「うるせぇ、減るんだよ! 何かわからんが減るんだ! そもそも、てめぇはナタリア・ヴィントレスにご執心だったじゃないか! なんだ、もう浮気か!?」
「ナタリアたんは某の『推し』です! 200年くらい某の書庫で堪能した後に、ちゃんと世界に返してあげるつもりなんです! これこそ本人に迷惑をかけることのない某の推し活!」
「じゃあ、なんでミーシャの写真が見たいんだよ」
「……いや、ミーシャさんの場合は、推しというよりも。……その、……実用性があるといいますか、夜のおか―」
「やっぱり、てめぇは死刑だな」
シロー・スナイベルが額に血管を浮かべながら、悪魔卿の頭に消滅魔法をブチ込む。怒りの咆哮を叫びながら。
「てめぇ、他の女は推せても。俺の娘は推せねぇってのか!? 約束されたシンデレラストーリーだぞ! あのクソ忌々しい王子に嫁いで、隣の国の王女様になって、末永く幸せに暮らすんだ! それなのに推せないってのか!? あ゛んっ!?」
「ぎゃぁぁぁっ!?」
悪魔卿の悲鳴が。
何度も、何度も、夜の首都に響き渡っていく。
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遠く離れて。
国境近くの空港で、管制塔の職員が首を捻る。
「どうした? 今夜は、もう深夜便はないぞ?」
「いえ。先ほどレーダーに機影らしきものが映りまして」
職員がもう一度、フライトプランを確認するが。この時間に飛んでいる飛行機はない。もしかしたら、何かしらの緊急事態かもしれない。若く勤勉な職員が頭を悩ませていると、近くにいた初老の職員が口を開く。何ともいえない苦笑いを浮かべて。
「あぁ、それは『妖精』さんだな」
「妖精? ですか?」
「そうだ。あまり気にするな。たまに、こういうことがある」
初老の職員が肩をすくめると、若い職員が生真面目に反論する。
「お言葉ですが。もしかしたら、操縦不能に陥った機体かもしれません。やっぱり中央管制局に連絡するか、空軍にも連絡を―」
「じゃあ、こう言い換えよう。……先ほど、その空軍から連絡があった。フライトプランのない軍用機が上空を通過するが、事を大きくしないように。とな」
「は? ……はぁ!?」
「理解できんか? でも覚えておけ。戦争が終わっても、水面下では諜報活動が行われている。非公式の公式通信だ。この国のために動いている連中の足を引っ張るわけにはいかんだろう」
初老の職員が夜空を見上げる。
彼の目には見えていないが、確かに上空には。所属不明の軍用航空機が目的地に向かって飛んでいた。
「……ちなみに、その『妖精』さんの行先は?」
「首都だよ。近隣の中継空港から、急に引き返すことになったそうだ。日本に行く予定だった10人くらいの、見るからにヤバそうな連中のようだ。その中の一人は、折角の観光旅行が台無しだ、と喚いていたらしいが」