♯41.MIX , Remix①(それぞれの戦い①)
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「……くそっ。厄介な奴らだ」
カゲトラが右足を上げて、飛んでくる見えない攻撃を蹴り落としていく。
深夜の街並み。
大聖堂から少し離れたところで、顔に火傷のある不良少年は面倒そうに呟く。存在しているのか疑わしいほどの、不可視の双子の悪魔。カゲトラは自身の直感だけを頼りに、悪魔たちが飛ばしてくる遠距離攻撃を撃ち落としていた。
「……ちっ。そろそろ何か見えてきそうなんだが」
「へぇ。君にも見えないものがあるんだね、カゲトラ」
そんな不良少年の後ろには、彼の背中を守るように立っている青年がいる。穏やかな表情に、首から下の全身火傷を隠すような服装。幼馴染のシリウスが面白そうに微笑んでいる。
その手には、黒い炎があった。
他人の命を糧にして燃える黒炎。復讐のため、その黒い炎で悪魔たちを狩り続けてきた彼であるが、今も昔もたった一人の友人には絶対の信頼を置いている。
「くそっ、またか。視界で捕えようとすると、すぐにどっかに消えちまう。おまけに、遠距離攻撃しかしてこないビビり野郎ときてる」
「僕たちを警戒しているのかな? それとも別の理由があるとか」
「さぁな。……シリウス。お前のご自慢の炎で、何とかならないのか」
「んー、やってはみてるけどね。でも、あっという間に炎が消えてしまうんだ。……悪魔の命を燃やし尽くすまで、消えないはずなんだけどね」
わずかに、シリウスの表情が冷たくなる。
その黒い炎は、悪魔と契約して得た力だ。悪魔卿であるルードヴィヒ・ヴァン・ブラッド卿。獣の骨を被った悪魔卿は、今は静かにシリウスの影の中に潜んでいる。黒い炎の火種は、自身の命だ。残り少ない寿命と引き換えに、彼はその能力をつかっている。
カゲトラとしては、あまり戦闘を長引かせたくなかった。
「シリウス。作戦があるんだが」
「おっ、いいねー。その作戦に載った」
「どんな策なのか、まだ話してないだろうが」
「どっちにせよ、このままだとジリ貧だよ。……で、その作戦って?」
「あぁ、それなんだが」
カゲトラ・ウォーナックルは表情を変えることなく。
事もなげに言った。
「お前を、アパートの屋上から放り投げる。お前は上から悪魔たちを撃ち落としてくれ。そうすれば、俺が始末をつける」
「はい?」
シリウスが疑問の声を上げる。
その顔は、こいつ馬鹿なんじゃないのか、と呆れかえっていた。
「えーと、いろいろと突っ込みたいことがあるんだけど。とりあえず、これだけは言わせて」
「なんだ?」
「屋上から突き落とされたら、僕が死ぬよね」
シリウスの問いに。
カゲトラが真顔で答える。
「え、死ぬか?」
「うん。死ぬよね、普通に考えて」
「いや、ちょっと足を捻るくらいだろう?」
「君を基準にものごとを考えないでくれ。人間は柔らかいんだ。屋上から飛び降りたいのであれば、カゲトラ。君がするべきだ」
「ったく、仕方ねぇな。あんまり痛ぇことはしたくないんだが」
「……その痛いことを、君は僕に押し付けようとしたんだけどね」
ボリボリと頭をかきながら離れていく親友の姿を、シリウスは呆れながら呟いた。
カゲトラは近くの街灯に歩いていくと、器用によじ登っていく。そこから近くのアパートのベランダに飛び乗り、雨どいに足をかける。途中、不可視の悪魔から攻撃をされるが、シリウスの黒い炎が彼を守った。そして、数分後―
――よし。ここからならよく見えるぜーっ。
アパートの屋上から間抜けな声が響いた。
やれやれ、とシリウスは肩をすくめる。昔は、ここまで馬鹿じゃなかったのに。……いや、というより他人に頼ることなんてしなかった。なんでも自分の力だけで解決しようとして、どんな無茶なことでもして。その結果、傷だらけになって。でも、今の親友は誰かに頼ることを知ったのだ。
「……良い仲間と出会えたんだね」
シリウスが嬉しそうに微笑む。
自分の命は、それほど残されていない。死ぬまでに復讐を遂げられるかも分からない。そんな自分と違い、彼は仲間と出会い、前へと進んでいく。
それが嬉しくて、少しだけ寂しい。
「いくよ、カゲトラっ!」
そんな寂寥を振り払うように、シリウスは両脚に黒い炎を灯した。
仄暗い明かりに照らされる夜の住宅街。上空に見えるのは、雲から顔を出そうとしている月と。わずかに見えた、二匹の悪魔の残像。
「……落ちろ、この蠅が」
シリウスが燃える足を、上空へと蹴り上げて。
黒い炎を、その悪魔たちに灯る。
ギャッ、と驚いたような声が聞こえた。だが、それと同時に奴らの存在感が希薄になっていく。まただ。また奴らはどこかに消えようとして―
「おや? 様子がおかしい」
上空で黒い炎に包まれる二体の悪魔。どちらかが消えようとしたら、どちらかが姿を見せて。まだ、どちらかが炎から逃げようと姿を消そうとすると、もう一体のほうが存在をはっきりとさせる。
「あぁ、そういうことか」
シリウスは納得した。
思えば、姿を消す二体の悪魔たち。その両方を同時に攻撃したことはなかった。あの悪魔たちは二体いるのではない。二体でひとつの悪魔なのだ。……ということは。
「カゲトラ〜っ。二体同時に攻撃するんだ〜。そうすれば、奴らを倒せるはず〜」
気のない声を張り上げる。
どうせ、聞いてはいまい。やると決めたらやる男だ。今さら何を助言しようとも、彼なら確実に倒してくれるだろう。
月が顔を出した夜空。
苦しみながら落ちていく悪魔たち。
それに向かって、屋上から飛び出した人の姿。
その人物の顔は。
どこまでも暴力的で、どこまでも冷静で、どこまでも真っすぐな、……肉食獣の笑みであった。
「よう? お前ら『ROCK』は好きか?」
にやり、とカゲトラが笑う。
驚愕する悪魔たち。黒い炎に焼かれて、苦しみながら落ちていく。そこにトドメの一撃を叩きこもうと、カゲトラが拳を構える。
その夜。
静寂に包まれた首都の住宅街で。
喧しいほどの一曲が、鳴り響いたという。
……スレッジハンマー流、喧嘩術第一曲。『WE WILL ROCK YOU』!
数えきれないほどの拳の雨が。
悪魔の体を砕いていたー