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♯39.ANGEL SONG(天使の歌)


クリス(・・・)っ!?」


 ミーシャが悲鳴を上げた。

 アーサー会長の本名(・・)を呼んでしまうほどに、彼女は取り乱していた。背中から刺された蜘蛛の牙。感情のままに、ミーシャは悪魔を焼き払うと。崩れ落ちそうになる彼のことを抱きしめる。その手は、震えていた。


「な、なんで。どうしてっ!?」


 悲痛な声が響く。

 真っ赤な血が、床に染みを作っていく。どくどく、と生暖かい。生きた人間の血だ。少しでも出血を止めようと、傷口に手を当てるが、流れ出る血が留まる気配はなかった。


 すぐ近くにいたジンタも何もできず、目の前の光景に茫然としてしまっている。それでも、すぐに正気を取り戻すと、慌てて声を絞り出す。


「……はっ、ミーシャの姉御! もっと強く傷口を押さえて!」


「やってるっての! ……だめ、止まんない。止まらないよっ!?」


 動揺したような焦った声。

 どうしたらいいのか分からず、ミーシャは言われるがままに傷口に手を押し当てる。こんなにもミーシャが取り乱したところを、ジンタは見たことがなかった。


 背中から刺されたアーサーは、どんどん血の気を無くしていく。体温は奪われていき、呼吸も止まる。そんな彼を抱きしめながら、ミーシャは何度も名前を叫ぶ。


 ジンタも、気を失っているアンジェも。何もできない。悪魔との戦いにおいて、怪我はつきものだった。危険だったことも数えきれないほどある。これまでだって何とかなっていた。どんなにピンチな時だって、アーサーの冴えた思考が突破口を開いてくれた。


 そんなアーサーが。

 こうやって、腕の中で冷たくなっていくことに。ミーシャは、我慢できなかった。



 ……例え、自分が人間でなくなっても。



「待ってて。すぐに助けるから」


 ミーシャは自分の膝にアーサーの頭を乗せると、着ていた上着を脱ごうとする。背中から生えている天使の翼が引っ掛かって、邪魔になって無理やり破り捨てる。


 現実と幻影の間にあった、天使の翼が。

 現実のものになろうとしていた。夜空のように黒かった髪は、ほとんど別の色へと変わっていく。この世のものとは思えない、美しい白銀に。


 そして、その頭の上には。

 朧げな天使の輪エンジェルリングが出現していた。今まで押し込めていた力、……天使化が急激に進行していた。


 そんなミーシャの姿を、魔女アラクネは蔑みながら嗤う。


Beautifulすばらしい。惚れた男を救うために、自ら封じていた力を解き放つつもりなの? ……ですが、残念ですわね。あなたの背中、隙だらけでしてよ?」


 魔女アラクネが妖艶に微笑みながら、人差し指を回る。

 彼女の周囲にいくつもの魔法陣が展開されて、そこから異形の悪魔たちが這い出てくる。不気味な声を上げている悪魔たち。彼らの見る先には、アーサーのことを庇うように抱いている、ミーシャの背中であった。


 無防備になっている天使のような少女。

 そんなミーシャを見て、魔女アラクネは歪んだ笑みを浮かべた。


「……Amenアーメン。せめてもの情けです。その死にかけの男と一緒に殺して差し上げます。あの世で、私に感謝しなさい」


 あの世なんてものがあれば、ですけどね。

 そう言って、魔女アラクネを右手を振り下ろす。無防備になった少女を殺せと、悪魔たちに指示を出す。微動だにしないミーシャ。身構えているジンタ。悪魔たちは命じられるままに、無防備な少女へと狙いを定めて。


 ……そして、怯えるように後ずさりした。


「ん? Not understand。何をしているの。さぁ、あの女を殺しなさい。お前たち悪魔の天敵である、天使の末裔だ。きっと極上のご馳走に違いないわ」


 なぜか動かない悪魔たちに、魔女アラクネは再び指示を出す。

 だが、それでも悪魔たちは動かない。

 異形の姿をした闇の眷属たち。彼らにとって人間とは、快楽を得るための糧であり、食料でもある。そんな存在である彼らたちの額には、冷や汗が滲んでいた。


「……動くな。殺すぞ」


 ぞっとするほど、冷たい声だった。


 氷のように冷たい感情が、どこから放たれているのか。魔女アラクネは驚きながら、瀕死の男を庇っている少女を見る。


 天使の翼を広げて。

 長い髪を神秘的な白銀色に変わっている。

 もはや、人間の存在感でない少女が、悪魔たちへと振り返る。その目つきは、天使のような見た目とはまったく異なる、暴力的な黒い感情に染まっていた。


「っ!?」


 魔女アラクネが、その少女と目が合う。

 瞬間。背筋が凍り付いた。これまで数多もの悪魔を呼び出して、まだ自分のほうが圧倒的に有利なはずなのに。


 今、この瞬間に。

 ほんの少しでも動こうとするなら。

 ……やられるのは、自分だ。


「Not Beautiful! ありえない! この私が、威圧だけで怯えているのなんて!」


 それも、あんな年端もいかない小娘に。

 今まで何不自由なく生きてきたようなガキに、この私が遅れをとるわけにはいかない!


Amenアーメン! この小娘が。魔女になった私を舐めるな!」


 魔女アラクネが魔法陣を展開。

 そこに右手を突っ込んで、何かを引き抜いた。巨大な鎌だった。神話の死神が扱うような大鎌を構えて、ミーシャへと襲い掛かり。


 その右腕ごと、切り落とされていたー

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― 新着の感想 ―
[一言] やばい天使の暴走が始まる
[一言] 瀕死のクリス、外交問題発生。ミーシャ、暴走へのカウントダウン。
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