♯38.POPs or Classic Orchestra(アーサー会長の戦い)
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「Beautiful! どうしたのですか、天使の末裔よ! そんなお荷物が一緒では、戦いもままならないでしょう!」
「くそっ! ほざけ、この年増が!?」
魔女アラクネが呼び出した蜘蛛の悪魔たちを、ミーシャが断罪聖典で焼き払っていく。
召喚される蜘蛛は、最初の個体よりも小型ではある。だが、数が多いため厄介を極めた。俊敏に大聖堂内を飛び交う小蜘蛛たちに向かって、ミーシャは魔法陣を展開。銃のカタチをした人差し指から、輝く追尾誘導弾を放つ。幾重にも広がっていく光の閃光は、飛び交う小蜘蛛たちに追い付いて、その体を聖なる光で焼いていく。
キシャアァァァ。
小蜘蛛たちの悲鳴が響き渡る。
魔女アラクネの執拗な攻撃を、ミーシャは全て打ち払ってきた。だが、ここにきて体力的な限界が近づく。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
肩で荒い息をして、乱暴に額の汗をぬぐう。
既に頭が割れそうな痛みで、思考が止まりそうであった。少しでも気を抜いたら、膝から崩れ落ちるのではないか。そんな想像をしながらも、ミーシャは気丈に魔女に立ち向かっていく。
なぜなら、ミーシャの後ろには。
守るべき愛する人が、いるのだから。
「Amen! 滑稽ですわね! 背後の男を守りつつ、この私の攻撃を防ぐなど。そんな男、見捨ててしまえば良いのに。そうすれば、ほんのわずかですが勝機も見えてくるかもしれませんよ」
「はぁはぁ、……おい、年増女。あんた、独り身だろう?」
優雅に微笑む魔女アラクネに向かって。
ミーシャは満身創痍になりながらも、不敵に笑ってみせる。
「独り身にはわからないでしょうね。守るべき人がいる。それだけで、挫けそうな心でも頑張れる時がある。それが、今の私よ。……ここにアーサーがいる。守るべき大切な人が」
「Not Understand。お黙りなさい。大切な人がなんだというの? 自分以外の他人は、全て利用するために存在しているの。これまでだって、私の美貌をもってすれば、男たちを利用することなど容易いことでしたわ」
あはは、と魔女アラクネは嗤う。
「Beautiful! そうですとも! これまでだって、何人もの男たちを騙して、利用して、養分にしてきた。戦いに向いていない男を守るなんて、実に愚かな―」
魔女アラクネは、自分の言葉に酔うように語っていく。
そんな彼女に、冷や水のような言葉をかけたのは。それまで黙って守られていた、……アーサー会長だった。
「なるほど、今の言葉で確信が持てました。魔女アラクネ女史。……いや、こう呼んだほうがいいかな。キャサリン・レームさん?」
びくっ、と魔女アラクネが肩を震わせた。
それまで饒舌だった彼女の顔が、石像のように強張っていた。戸惑うような瞳を浮かべて、アーサー会長のことを見る。
「何のこと?」
「身に覚えがない、なんてことはないでしょう。キャサリン・レームは貴女の本名のひとつ。他にも様々な名前を使い分けてきたようですが、……残念ですけど。僕は、そのほとんどを言い当てられる」
アーサー会長は、名探偵が犯人を追及するような目で、その後を続ける。
「そう例えば、ミラ・ベルヌナ。アイリ―・モーレット。キリッシュ・リッパー。これらも貴女が偽名に使ってきた名称でしょう。……あぁ、否定しなくても良いですよ。僕には確信があります。貴女は言った。男は利用するだけの存在だと。先ほど、僕が挙げた名前は、首都警察や国際警察機構から容疑者として捜索されている人物です。正体不明の美しい女性で、甘言をもって男たちに近づく。その人物の容疑は、……脅迫、詐欺、監禁および殺人。男性たちに取り入って、金品を要求したのちに、遺体をバラバラに分解されていて殺害。捜査は難航した。そんな状況でも数少ない証拠から、これらの名前を使っていた人物が捜査上でも浮上している」
つまり、ですね。
と、アーサー会長は穏やかな口調で続ける。彼の視線は、裁判官が絞首刑を告げる時のように、とても空虚なものだった。
「魔女アラクネ。貴女の本当の目的は、この国への復讐や報復などではない。単に、自分が捕まりそうになったから、慌てて隠そうとしているだけなのでしょう? ……まるで、自分の悪さがバレてしまった子供のように」
侮蔑の視線であった。
以前からアーサー会長は、この国で起きている奇妙な事件について、首都警察と頻繁に意見交換をしていた。そういった事件は、悪魔が絡んでいる可能性が高いからだ。
この二年くらいで起きている男性の変死事件。その被害者たちには、奇妙な共通点があった。仕事ができて、金銭的に裕福で、家庭を持っていている。アーサー会長は直感していた。これは悪魔の仕業ではない。悪意のもった人間の、悪魔のような犯罪であると。
アーサー会長が、ここに来た理由。
そのひとつが。魔女アラクネこそが、この醜悪な犯罪を続けてきた犯人ではないか。悪魔を呼び出した女による、個人的で自分勝手な犯罪ではないかと。そんな疑念。
そして、その疑念は確信に変わる。
「魔女アラクネよ。お前は人としての領域を超えてしまった。いくら隠そうとしても、人を殺めたことからは逃れられない。殺人とは、この世で最も重い罪だ。8名のバラバラ変死体。そして、16名の行方不明になっている男性について、貴女は裁かれなくてはいけない」
アーサー会長の追求は、魔女アラクネにとって聞き捨てならないものだった。
お前のような平凡な人間は、13人の悪魔を狩る者でもなくNo.でもない。裁判で死刑になれ。そう言われていた。
なんたる侮辱。
なるたる屈辱。
この首都を混乱に陥れて、数多の悪魔たちを召喚して。魔女と呼ばれたこの自分が、ただの人間として処断されるというのか?
嗚呼、許すまじ。
嗚呼、憎たらしや。
ただ、男たちをたぶらかせて、殺しただけじゃないか。それなのに、どうして自分が悪人にならなくてはいけないのか。男の死ぬ様を楽しんで何が悪い。男が命乞いをするのを嗤って何が悪い。
自分は特別なのに。
自分は悪魔を呼び出す魔女だ。
……そうだ。自分は魔女になれたのだ。『あの女』と同じ、運命すら軽くねじ伏せる魔女に。だったら、こんなところで躓くわけにはいかない。
「A、Amen。話は終わりかしら。下らない推理をありがとうね、名探偵さん。……それじゃあ、死ぬ準備はできて?」
魔女アラクネが、周囲に漆黒の魔法陣をいくつも展開させる。
そこから現れる異形の悪魔たち。彼らを前にして、ミーシャは疲労を押しのけて立ち向かおうとする。だが、そんな彼女を尻目に―
「僕を殺す気かい? それは辞めておいたほうがいい。たった今、全てを理解できた。貴女は今すぐに自首をするべきだ。そうすれば弁護士もつく。黙秘権もある。絞首台に上るまで、暖かい食事もつけよう。……でも、もし僕たちに牙をむこうとするなら」
やれやれ、とアーサー会長は肩の力を抜く。
彼だけには理解できていた。この戦いが、どのような結末を迎えるかを。
彼だけには理解していた。誰が、この魔女を裁くことになるのかを。
「断言しよう。僕たちに、その殺意を向けようものなら、貴女だけが破滅するだろう。誰も死ぬことはない。貴女だけが死よりも辛い最後を迎えることになる」
アーサー会長は言い切った。
この戦いは、僕たちの勝ちだと。
この戦いで、負けるのはお前だと。
そんなことはあるはずがない。そんなことはありえない。魔女アラクネは自身でも理解できない不安から、頭を掻きむしり、悲鳴を上げる。
そして、次の瞬間には。
アーサー会長は、背後から巨大な蜘蛛の牙によって貫かれていたー




