♯36.POPs or Anime-song (ジンタの戦い②)
悪魔の女王は、強力だった。
命を奪う『否定』の根源は、周囲の人間の生命力を吸い取っていく。すでに、ミーシャの指先に感覚はない。しっかりしないと、意識すらぼやけてきそうだ。それでも、アーサー会長の的確な指示のもと、彼女は聖なる光で邪悪な攻撃を退けていく。……『拒絶』と『否定』を根源として持つ厄災の女王。それが、アンジェラ・ハニーシロップという名前をつけられた少女だ。
「はぁはぁ」
「大丈夫かい、ミーシャ?」
「これくらい、……どうってことないっての」
ミーシャは強がりを口にしながら、長い髪を靡かせる。綺麗なロングの黒髪。それが今では、半分以上が輝く白銀に染まっていた。自分の髪が全て白銀に染まってしまったら。もう人間には戻れなくなる……あまり、時間がないか。とミーシャは口に出すことなく舌打ちをする。
「はぁはぁ、……ねぇ、アーサー。アンジェの奴、どうしちゃったの? 完全に私たちをやる気で来ているんだけど」
「うん。そうだね。アンジェラさんは悪魔の女王の器にして生まれたけど、その本心はとても優しい女の子だ。そんな彼女が、こうして僕たちを攻撃してくるなんて」
「じゃあ、なに? あの子が裏切ったってこと?」
「いや、どちらかというと。軽い洗脳状態なんだと思う。彼女が本気で僕たちを攻撃しているなら、いくら君が相手でもとっくにやられているよ」
アーサー会長は、体温が下がっていくを確認するように自身の肘をさすっている。
ゆっくりと足音を立てて、迫ってくる死の気配。常人なら狂ってしまうほどの恐怖に、彼は静かに心を研ぎ澄ませる。思考を巡らせて、状況の突破口を探す。そのために、自分はここにいるのだから。
「……オウガイ・モリ・ブラッド卿の『忘却』。恐らく、あの悪魔卿が僕たちに関する記憶を消したんだ。元々、無邪気な子供のように影響を受けるアンジェラさんのことだ。その効果は絶大だったと思う。それに加えて―」
アーサー会長は、黒いドレスに身を包んだ少女を指さす。
普段の彼女にはない邪悪な気配に包まれていた。
「あの首の痣。悪魔の瞳と同じ色で輝いていることから、何かしらの洗脳や暗示をかけられている。だけど、それも完全じゃない。それはそうだ。彼女は悪魔の女王になる存在。そんな彼女に完璧な洗脳なんてできるわけもない。不完全な暗示。たぶん侵入者を追い払うくらいの簡単な暗示だ。だから、僕たちは攻撃を受けている。だから、彼女は致命傷になるような攻撃を仕掛けてこない」
「そうは言っているけど、こっちは必死なのよ!?」
ミーシャは叫びながら、輝く光の矢を放つ。
幾重にも広がっていく光の矢は、アンジェの周囲を囲んでいた闇の触手たちを撃ち落としていく。しかし、それも決定打にはならない。赤い瞳。血のように赤い悪魔の瞳が輝き、ミーシャの魔法を次々と無効果にしてしまう。
完全に目覚めていないとはいえ、相手は悪魔の女王。
それも、自分たちの仲間だった少女だ。
どうしても判断が鈍り、強力な攻撃を躊躇してしまう。ミーシャは自分に残された時間が迫る状況で、どうにも突破口を見つけられず、……心のどこかで焦っていた。
そんな隙を突かれる。
わずかに集中力が欠いた時に、視界の死角から鋭い一撃を放っていた。暗闇の影を具現化させた、感情のない刃。ミーシャたちが気付いた時には、すでに。その刃は目の前にまで迫っていた。
――やばいっ!?
ミーシャが慌てて迎撃をしようとする。
だが、間に合わない。
彼女の足元の魔法陣が輝くが、断罪聖典が開帳されることには。その一撃がミーシャたちの喉元を切り裂くことだろう。アーサー会長も避けられない。ちょっとした油断。疲労からくる精神力の低下。本当に些細なミスが、戦況を大きく歪めようとしていた。そんな彼らの前にー
「はいよ。ちょっと、すんませんねぇ」
まるで遮るように歩み出た男がいた。黒い刃が迫る状況で、両手を腰に当てて、まるで散歩をするようかの軽い足取りで―
ジンタが、アンジェの前に立ちはだかっていた。
「っ!?」
小さな悲鳴が聞こえた気がした。
ミーシャでも、アーサーでも、ジンタでもない。黒いドレスに身を包んだ少女が、驚いたように声を漏らして、……その黒い刃を慌てて進路を変えた。
空を切り、壁に刺さる黒い刃。
すぐに黒い塵になって消えていく様子を見届けてから、その男。ジンタは腰に手を当てたまま言い放つ。その顔は、どこまでも清々しいものだった。
「おーい、アンジェ。探したぜ。お前、どこをほっつき歩いていたんだよ。これでも心配したんだぜ」
状況が飲み込めていないのだろうか。
戦うように暗示をかけらえている彼女に向かって、そんな言葉は無意味だ。しかも、オウガイ・モリ・ブラッド卿によって、記憶を『忘却』されている可能性が高い。つまり、彼女にしてみたら、見ず知らずの不審者が、馴れ馴れしく声をかけてきている状況。先ほどは、なぜか攻撃を回避できたけど。こんなことをしていたらジンタの命は助からない。
……ちょっと、ジンタ。あんた何をやって!
ミーシャが彼を引き留めようとする。
だが、そんなミーシャの腕を、アーサーが優しくつかむ。驚くミーシャ。優しく諭すアーサー。言葉はなく、視線だけで意思を交わす。彼は黙って首を振ると、今度はジンタのほうを見る。
……ここは、彼に任せよう。
アーサー会長が口に出すことなく、強い信頼感をジンタに寄せていた。