♯35.POPs or Anime-song (ジンタの戦い①)
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ジンタとは、異世界放浪者である。
平凡な高校生活を送っていた、ある日に。突如としてこちらの世界へと飛ばされてしまった。彼から見れば、ここは異世界以外のなにものでもなかった。
彼は心を躍らせた。
これまでの、何かよくわからないが満たされない日々に。目の前に広がる見たこともない風景に。今までの人生で、彼は最高の転換期を得た。
ジンタは、単純な人間だった。
だが、何も考えない人間ではなかった。
異世界放浪者として、まず彼は始めたことは。
自分自身の常識と、この世界の常識に齟齬がないかの確認だった。最初の一日。空腹になることを承知で、彼はこの首都を観察した。街の人とコミュニケーションを交わして、自分が生きていける方法を模索した。それから日雇いの仕事を探して、器用とはとても言えないけど元気に、そして真面目に働く姿をみれば、誰であっても彼が信頼できる人間であるとわかった。一人、二人、と彼に知人ができた。少しずつ、この世界に自分の居場所を作っていった。そうやって、ジンタの異世界放浪の日々は始まった。
ジンタは、単純な男だった。
だからこそ複雑なものごとに対して、シンプルな答えを導き出す。それは、つまり。異世界に渡ったからといって、美少女と運命的な出会いを果たしたり、待っていれば幸運なイベントと遭遇したり、何か都合の良いチート能力に目覚めたり。そんな展開など絶対にないことを、彼は最初から確信していた。
「そもそも、チートって犯罪だろう? 自分が楽をして生きるために、犯罪者になる気は。俺にはないね」
元の世界で、彼が友人に言った言葉だ。
人は、ルールの上で生きている。
社会は、法律の上で生きている。
だが人生とは、己のやり方で生きていくものだ。他人を羨むのも結構。才能がないと僻むのも結構。努力もしないくせに、日々の積み重ねをしていないくせに、突然手に入れた力で他人より良い人生を歩もうなんて、それはもう犯罪みたいなものだ。異世界でチート能力に目覚めて楽に生きていこうなんて、……うん。そいつは重症だ。コンビニのバイトでもして、現実の問題を乗り越える力を身につけたほうが良い。
つまり、ジンタとは。
単純で、シンプルにものを考えて、ズルをして楽に生きることなんて阿呆らしく思っている。どこにでもいる普通の高校生であった。
だからこそ、本気になれる。
生きることに真剣になれた。
そもそも何の努力もしていないのに、人生が面白くなるものか。苦労して、挫折して、敗北して。それでも手を伸ばし続けたものだけが、自分自身を誇れるのだから。現実だってそうだろう? 少なくとも、ジンタはそう思っている。異世界を渡るときに好きな能力を与えてやろう、と誰かから(神様なんて信じていないから、神ではないことをジンタは断言していた)告げられたが、その全てを拒絶した。
心構えからして違う。
生きることに、彼は本気だった。豆腐メンタルな自分を受け入れて、泣きたくても、逃げ出したくても、全てを諦めたくなっても。震える足を踏みしめて、それでも現実に立ち向かって、手を伸ばし続ける。
それが、彼にとって生きるという意味だった。
故に、彼は諦めない。
自分が助けたいと思った少女を救うまで。
その手を、伸ばし続ける。
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「ちっ、アンジェ!? いい加減に目を覚ましなさい!」
ミーシャの鋭い声が響く。
荒れ果てている大聖堂で、天使の翼を広げた少女が必死に抗戦する。暗い、闇の重力のような光弾を、彼女がひとつ残さず撃ち落としていく。銃のカタチのした右手を魔法陣に向けて『断罪聖典』を解き放つ―




