♯33.POPs or Piano Sonata (ミーシャ・コルレオーネの戦い③)
「……Beautiful。美しい。えぇ、貴女は本当に美しい」
魔女アラクネが驚きの余韻を残したまま、乾いた手で拍手をする。
大聖堂内にいた悪魔たちは、ミーシャの『断罪聖典』によって一掃された。彼女にしてみたら、普通の悪魔など赤子の手を捻るようなものであった。
「さぁ、かかってきなさい。正直、あんたに興味はないんだけどさ」
このまま見て見ぬフリをするのは気が引けるからね
友達を探しに来た。そのついでに、この首都を救ってやるわよ。そう言って、ミーシャは。右手を銃のカタチにして、地面へと向ける。
魔法陣の展開。
それも今までにない激しい輝きだ。
彼女の背中にある翼が、どんどん現実味を帯びてきて、長い黒髪は少しずつ白銀色に染まっていく。一触即発。何かの切っ掛けがあれば、全力で叩き潰してやる。
そんなミーシャを前にして、……魔女アラクネは余裕の態度を崩さない。巨大な蜘蛛の悪魔に肘をのせて、ゆっくりと煙草をくわえる。
「Unbelievable。……そういえば、悪魔卿から聞いたことがありますわ。この世界には、遥か昔に存在した、天使の血を受け継ぐものがいると。数百年前に滅亡した王族の末裔。なるほど。貴女は生まれた時から、特別だったのですね」
ふぅ、と紫煙をはく。
今までより、濃い煙が彼女の周りに漂う。
「……本当に、羨ましいですわね。私も、貴女みたいに特別な人間になりたかった」
ぽつり、と呟くと。
その真っ赤な視線を、ミーシャへと向けた。
切っ掛け、というには余りにも前置きがなかった。
空気がわずかに揺らいで。
……その静寂が、終わりを告げる。
鋼を削るような不協和音がして、金属の火花が飛び散った。蜘蛛の糸だ。巨大な蜘蛛の悪魔が放った糸が、何の音もなくミーシャの喉元を切り裂こうと迫っている。だが、彼女に触れる直前に、何か見えない力によって防がれた。
魔女が怪訝な顔をする。
蜘蛛の悪魔が奇声を上げた。
そして、その直後。蜘蛛の悪魔は広範囲に糸を巻き散らした。大聖堂の内部を覆いつくさんとする蜘蛛の糸の網が、ミーシャたちを取り囲む。瞬間。蜘蛛の悪魔は姿を消した。金属が擦れる不気味な音だけが聖堂に響く。息をのむジンタ。冷静に観察するアーサー会長。そして、首すら動かさず最初の一点だけを見つめて、全神経を空間に委ねているミーシャがいた。
やがて、わずかに呼吸をする時間を挟んで。
蜘蛛の悪魔は仕掛けてきた。
大聖堂の内部に張り巡らされた蜘蛛の糸。空間ごと圧殺するかのような包囲攻撃である。目の前は、蜘蛛の糸で覆われて。足場や壁、支柱が激しい音を立てて切断される。鋼の強度を持つ蜘蛛の糸が、ミーシャたちに目掛けて放たれていた。その数は、目で数えるのが馬鹿馬鹿しいと思えるほど。人体など簡単に切り落とせる蜘蛛の糸を前に、ミーシャは瞬きすら忘れて、意識を集中させる。……彼女の片手が動いた。絶つ。絶つ。絶つ。迫ってくる蜘蛛の糸を、片手で切り伏せていく。その度に、足元の魔法陣が消耗するように点滅する。それでも蜘蛛の悪魔の猛攻は止まらない。聖堂内部のあらゆるところから蜘蛛の糸で襲い掛かる。悪魔は狡猾だった。人間のわすかな隙、その呼吸が乱れるのを注意深く待った。そして、その魔法陣の輝きが。わずかに消えた瞬間を狙って。不意打ちのように、少女へと鎌のような両手を振り下ろした。
そして、悪魔の両腕は。
……ぼたぼたと黒い血を撒き散らして、断ち切られた二本の腕が聖堂の床に転がった。
キィ、キキィ?
悪魔は理解できなかった。
悪魔は理解が追い付かなかった。
悪魔は理解することを拒否することしかできなかった。
目の前の、光輝く翼をもつ少女が。
まさに本当に。
自分たち悪魔を断罪する存在であることを、認めることができず、理解することすら拒絶して。
キシャァァッ!?
……そのまま、断末魔とともに聖なる炎によって焼き尽くされた。




