♯32.POPs or Piano Sonata (ミーシャ・コルレオーネの戦い②)
「……『断罪聖典』開帳。我は大いなる父の僕である。天より使えしものにより、邪悪なる存在を薙ぎ払わん。……第102節『大天使ミカエルの十字架(Nearer, my God, to Thee)」
半透明な白い翼が、暗闇を照らす。
少女の長い黒髪が毛先のほうから白銀へと変わっていく。
暗闇の大聖堂に蠢いていた悪魔たち。
彼らは、足元から出現した十字架によって貫かれていた。聖なる輝きを放つ無慈悲な断罪。十字架に貫かれた悪魔たちは苦しみながら恨みの言葉をはく。
そんな光景を前にして。
ミーシャ・コルレオーネは片手を振り下ろした。聖なる輝きに包まれて、悪魔たちは爆散する。その恐ろしいほど神々しい姿は、まだ人間の姿を保っているものの。まさに伝承や壁画に残された『天使』のようであった。
「……悪いけど、この状態で長く戦いたくないの。だから、言いたいことがあるなら先に考えておきなさい。それを喋るよりも速く、あんたを地獄の底までぶっ飛ばしてあげるから」
まるで天使のような風貌になった、ミーシャ・コルレオーネは。驚きのあまり目を見開かせている魔女に向けて、不敵に笑ってみせた。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
魔女アラクネについて、知っている者は少ない。
彼女は東西の間にある、小さな国で生まれた。そこは東西戦争の主戦場であり、月日が経つごとに無数の死体が積み上げられていた。東側陣営が攻勢に出れば西の村が焼かれて、西側陣営が反攻すれば東の町で死人が出る。命の価値など、どこにもなかった。
人は死ぬ。
街は燃える。
だが、国は滅びない。泥沼になっていく戦場を見ながら、不幸ばかりが続いていく。そして、アラクネは自分の中で答えを出した。……他人に人生をめちゃくちゃにされるくらいなら、自分だって好きに生きてやろうと。
戦争の混乱に乗じて、彼女は祖国を離れた。道端に倒れている兵士から金になりそうなものを奪い、人気のない住宅街からは金品を漁り、彼女は歩き続けた。自分の自由になる場所を目指して。
そして、たどり着いたのが。
華の国。首都ノイシュタン=ベルクであった。
そこは、とても豊かな国だった。
街に住む人々には活気があって、他人に優しくできる心を持っていた。子供がいる。死体など見たこともないであろう子供が、母親と手を繋いで歩いている。きっと、後ろめたい悪事に手を汚したこともないのだろう。
とても安定した日常が始まった。
人生の再出発だ。
穏やかな日々。
仕事にも恵まれて、人並みの幸福を手にすることができた。そして、アラクネは。望んていた平穏を手に入れたことで、自分が心から願っていることを叶えることにした。
それは、……報復。
安全に生きている人間が許せない。
死の危険を感じたことのない人間が許せない。銃弾の雨を浴びて、砲撃の音に怯えて死体とともに道端で寝て。人としての矜持も女としてのプライドも、小銭ほどの金額で投げ捨ててきた。そこまでして得た平穏が、どうして彼らには最初から恵まれているのか。
気に入らない。
でも、気に入らないものには何をしてもいい。
悪意も暴力も殺意も、その全てを肯定される。なぜなら、お前たちが私にそうしてきたのだから。他人に人生をめちゃくちゃにされるくらいなら、自分の好きに生きてやろう。お前たちは、お前たちが育てた『悪魔』によって殺されるべきだ。
それからというもの、人を呪う魔法を探し始めた。
なるべく大勢の人間が不幸になるように。卑劣で狡猾で、理不尽な手段を。そして見つけた。悪魔の召喚と儀式について。必要なものは美術館に秘匿されている古代魔術書。この情報を手に入れるのに、五人の男に身体を許して、五人の男を行方不明にさせた。自分の中の苛立ちを消せるなら、喜んで悪魔に魂を売る。そのつもりだった。
彼女が首都にこだわる理由は、そこにあった。
……そして、女は。
魔女として、悪魔と契約をして。『悪魔の証明』と呼ばれることになる大事件を引き起こした。
それが、二年前のことだったー




