表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/205

♯31.POPs or Piano Sonata (ミーシャ・コルレオーネの戦い①)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ノートルダム大聖堂の正面玄関を開く。

 普段なら、頑丈な鎖で施錠されているはずの時間だが、錠前どころか警備の人間すら見当たらない。わずかに開かれた扉が、訪問者を歓迎しているようであった。アーサーは、ミーシャとジンタに確認してから、その扉を開いていく。


 視界に入る荘厳な礼拝堂。

 ほのかに灯された篝火(かがりび)が、大聖堂の内部をゆらゆらと照らしている。


 天井や窓には、美しいステントグラスが嵌め込まれているはずだが、この暗闇では見ることはできない。アーサーたちは足元さえおぼつかないくらい聖堂を、ゆっくりと歩いていく。


「……なんか静かっすね。魔女の本拠地なんだから、悪魔が山のようにいるのかと」


「馬鹿ね。よく周りを見てみなさい。さっきから、じっと見られているわよ」


「へ? どこにいるんっすか?」


 ジンタが暗がりのほうへ歩き出す。

 篝火が届かない暗闇。そちらへ一歩、踏み出した時。……彼の鼻柱に何かが当たった。生ぬるい感触だった。


「いてっ、何っすか。ここになにかあるような―」


 ジンタが手を伸ばして、その物体に触れていく。

 まるで鱗のようにゴツゴツした表面に、鶏の羽毛のようなものが上から落ちてくる。それに釣られて上のほうを見てみると。


 ……キ、キィィ。


 鶏の頭をした巨大な悪魔が、彼のことを見下ろしていた。

 ひぃぃ、と情けない悲鳴を上げながら、ジンタがミーシャたちの元へと戻ってくる。それから、ようやく目が慣れたところで、自分たちが置かれている状況を理解した。


 ……フゥ、フフゥ。

 ……キヒ、キヒヒ。

 ……キャキャ、キャキャキャッ。


 すでに囲まれていた。

 数えきれないほどの悪魔たちによって、三人の周囲は埋め尽くされている。薄暗い空間に光る、悪魔の真っ赤な瞳。後ろを振り返っても、すでに退路はなく。奥にある礼拝堂に続く道だけが残されている。


「あ、俺。急に腹が痛くなったんで、帰ってもいいっすか?」


「別にいいけど、ジンタ。あんた一人で帰れるの?」


「あはは。そうっすよね」


「ここまで来たんだから、腹をくくりなさい」


 そう言って、ミーシャ・コルレオーネは先頭を歩き出す。その後ろをアーサーが、そして彼に隠れるようにしてジンタが続いた。左右から向けられる、まるで値踏みするような視線に、早くもジンタは吐き気を催していた。


 やがて、一番奥にある礼拝堂が見える位置まで歩いていき。ミーシャは、そこにいる人物に向けて口を開く。


 蜘蛛の悪魔の背に乗っている、その女に向けて。


「はぁい、あんたが魔女アラクネ? 思っていたよりもブサイクな顔をしているのね。こんな最低な夜に招待してくれて、本当にありがとう。おかげで生理痛もどっかに吹き飛びそうだわ」


 不遜を通り越して、もはや喧嘩を売っている口調だった。


 数えきれないほどの悪魔に囲まれて。

 正体不明の魔女を前にしても。


 ミーシャ・コルレオーネは、自分自身を揺るがさない。

 自分が不機嫌であることを隠そうとしない。自分がやる気満々であることを偽らない。戦う覚悟をもっていることを嘯かない。


 揺らめく篝火。

 冷たい空気が流れて。不気味な蠢きが漂うなかで、……その人物はため息をつく。


「……Amenアーメン。正直、期待外れでしてよ。この私を殺しにくるのは、13人の悪グリム魔を狩る者・リーパーか、『あの女』だと思っていたのに」


 それが、こんな子供たちを相手にしなくてはいけないとはね。と、蜘蛛の悪魔に乗った女性が口にする。指先で煙草を挟んで、紫煙をはく。


 ……どこか奇妙な女だった。


 黒いローブを頭から被っていて、蔦のようにうねる長い髪を肩に流していた。ゆらめく篝火に照らされている横顔は、不気味なほど整っている。だが、年齢不詳の美女ではあるにも関わらず、どこか現実感の乏しい印象を受ける。まるで、彼女自身が自分のことなど、どうでもいいと思っているかのように。


「……ですが、Amenアーメン。仕方ありませんね。本命が来るまでの御遊びということにしましょうか。……まぁ、数秒も持たないでしょうけど」


 ふぅ、と魔女アラクネがため息をつく。

 興覚めだ。こんな下らないことに時間を使いたくない。自分が待っているのは、もっと大きな獲物なのに。長い黒髪の少女を見下ろして、魔女は興味がないように視線から外す。


 だが、それも仕方ないというものだった。


 魔女は知らない。

 自分が誰と対峙しているのかを。

 自分が何を敵に回そうとしているのかを。

 自分の目の前にいる黒髪の少女が、……どれほどの悪魔をブチのめしてきたのかを。この魔女は、知る由もない。


Amenアーメン。人は死ぬ運命からは逃れられない。それが偶然の事故であっても、戦争であっても。人の死は平等なのですよ。……さぁ、死になさい。ここにいる悪魔たちによって無残に殺されるのも、全ては平等なる死の運命が―」


 魔女アラクネが、指先に挟んだ煙草を口元へと運ぶ。

 ゆらゆらとのぼる紫煙が、彼女の退屈を現しているようであったが。


 その煙草の煙が、一瞬。

 鋭い閃光によって揺らいだ。


「……運命なら、もうひとつあるわよ。ここにいる悪魔たちを全員ぶっ飛ばして、あんたの顔面をもっとブサイクにしてやる道がね」


 ミーシャ・コルレオーネが不敵に笑う。

 この大聖堂の内部を埋め尽くしていた、有象無象の悪魔たち。耳障りなうめき声を上げて、不快な視線を向けていた悪魔たち。その数は、正確には三十二体。


 その三十二体の悪魔に向けて。

 ミーシャは既に。

 ……全力全開(ガチ)の一撃を放っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] さてどうなるかなあ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ