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#3. Probatio diabolica (悪魔の証明)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「『悪魔の証明』という言葉を知っているかい?」


 時計塔の執務室では、優雅な時間が流れていた。

 壁には大きな本棚が並び、高級な絨毯には、数人が腰を掛けられるソファーがある。そこで紅茶を片手に、穏やかなJAZZのレコードが流れているとあれば、これは幸せな午後の時間といっても過言ではないだろう。


 ……目を閉じて、現実から全力で目をそらせば。


「聞いているかい、ナタリアさん?」


 大きな窓ガラスから差し込む夕日を背に、アーサー会長はにこやかな顔で指を絡めている。


 他のメンバーは、というと。

 黒髪のミーシャ先輩は、ソファーで寝転がりながら、行儀悪くファッション雑誌を見ているし。顔に火傷の跡のあるカゲトラは、本棚用の脚立の上であぐらをかいて、何か読んでいる。意外だ。


「悪魔の、証明ですか?」


 私は、初めて連れてこられた時に座らされた安いイスではなく、座り心地の良いアンティークのイスに腰をかけている。


「そう。この際、本来の意味は別にいいんだ。問題は、この国に『悪魔の証明』と呼ばれる事件が起きたことさ」


 アーサー会長は、王子様のような金髪を揺らしながら、少しだけ真面目な顔になる。


「一年ほど前のことだ。突如として、正体不明の怪物がこの街に出現するようになった。最初はデマや、誰かの悪戯と思われていたのだけど、その規模はどんどん大きくなっていって。とうとう、警察でも手を負えなくなってしまった」


 警察でも解決できない。

 そこで政府は、ひそかに軍を頼ったらしい。


「だが、それでも問題があった。暴徒やテロリストを相手にするなら、彼らの得意分野だけど。相手が異形の怪物。それも人間の言葉を話して、『悪魔』を名乗るものだから。どんどん事態は悪化していった」


 そこまで言って、アーサー会長は。

 なぜか得意げな表情で、こちらを見て笑ったのだ。


「そこで政府は、最後の禁じ手を使うことにしたんだ。それは正規の軍人や警察官とは違う。危なっかしくて匙を投げていた問題児を、この事態の解決に当たらせようってね。その組織のひとつが、僕たち『No.ナンバーズ』ってわけさ」


 理解できたかい? 

 と、無言で問いかけるアーサー会長に、私は真顔で答える。


「全然わかりません。そもそも、悪魔ってなんですか? 昔から、この国にいたんですか? 悪魔の証明なんて言っていますけど、誰か犯人でもいるんですか?」


 私の度重なる問いかけに、彼は当然と言わんばかりに何度も頷く。


「いっぺんに説明しても難しいかもしれないね。……そうだね、今のところわかっているのは。この事件が、ひとりの人間によって引き起こした天変地異であること。呼び出された悪魔たちの数は、推測で666体であること。あと、悪魔は『銀』が苦手ということかな」


 そこまで説明して、アーサー会長は話をまとめる。


「まぁ、そんな感じだね。簡単にまとめると、僕たちの仕事は。悪魔が関わっている事件から、この街の人や学生たちを救うことさ」


「学生たちを救う? 悪魔を倒すんじゃなくて?」


 私は首を傾げる。

 そこで雑誌を読んでいるミーシャ先輩も、脚立であくらをかいている火傷のカゲトラも。あっという間に、悪魔を倒してしまったような気がするけど。


「ははっ、ナタリアさんの疑問はもっともだ。悪魔狩りのほうは、本職の大人たち。『悪魔を狩り殺す者たちグリム・リーパー』の仕事だよ。彼らは凄いよ。……そして、ヤバい。なんていったって、僕たち以上にブッ飛んでいる組織だからね」


 アーサー会長は、遠い目をしながら。

 そっと、疲れたような眼をする。……あ、なるべくなら関わりたくないんだな、と私はひそかに直感した。


「まぁ、ここにいるメンバーも問題児ばかりだけどね。撃退するだけでいいって言っているのに、泣きながら逃げ出す悪魔を執拗に追いかけて、土下座して謝るまで、ボコボコにする人もいるくらいだから」


 その度に、報告書を上げている僕の身になってくれよ。

 そう言って、彼は静かに愚痴をこぼす。


 アーサー会長の話だと、どうやら時計塔に所属している『No.ナンバーズ』は、ここにいるメンバーだけではないらしい。街の各所に潜伏している生徒や、必要に応じて招集される非正規のメンバー。彼らからの情報を元に、悪魔に遭遇してしまった人を助ける。それが、No.ナンバーズのお仕事か。


「まぁ、『悪魔の証明』事件に関しては、これから話す機会もあるだろう。それよりも今は、……新しい仕事だよ」


 それまで疲れた顔をしていたアーサー会長が、一枚の書類を取り出す。


 そして、なぜか。

 その書類を、()に向けて滑らせてきたのだ。


「ここ数週間で、何人もの学生が行方不明になっている事件がある。表向きは家出とされているけど、それにしては頻度が集中し過ぎてる。そして、その行方不明になった学生たちが、最後に立ち寄っていたのが。……そこに添付してある写真屋だ」


「はぁ」


 私は自然と手に取り、そこに書かれている失踪事件の詳細に目を通していく。そんな私を見て。にこっ、とアーサー会長は笑ったのだ。


 ……腹の底から真っ黒な、邪悪に満ちた微笑みで。


「見たね? 見てしまったね? だったら、仕方ない。ナタリア・ヴィントレスさん、君に初めてのお仕事だよ。その写真館に行って、何か怪しいことがないか調査をしてくれないかい?」


「は、はあっ!?」


 私は驚愕に目を見開く。

 それと同時に、ようやく騙されたことに気がついたのだったー


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