表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/205

♯29.POPs or High‐tempo R&B (シロー・スナイベルの戦い②)


 悪魔卿とは、超越存在である。


 有象無象にいる悪魔たちとは違い、この世の現象を根源に生を与えられた。いわば、現象が形になった概念存在。『圧縮』と『拡張』のエドガー・ブラッド卿は。『憤怒』と『炎』のルードヴィヒ・ヴァン・ブラッド卿は。特に、ルードヴィッヒ卿は、生物・無生物に限らずその命を焼き尽くす。やろうと思えば、言語すら燃やせる。


 そして、オウガイ・モリ・ブラッド卿は。

『忘却』と『記憶』の悪魔卿。人間に限らず、この世界から『忘却』させることで、存在そのものを抹消することができる。また、自分が愛おしいと思えるものには、一冊の本へと『記憶』して。この世界のどこかにある彼だけの書庫へと保管する。それこそ、彼にとって至上の喜びである。


 趣味であった。

 面白い人間を収集して、一人で鑑賞することが。


「パパっ!?」


 何メートルも吹き飛ばされて、壁に叩きつけられた父親を前にして、ミーシャは悲鳴のような声を上げる。


 たった指一本。

 まるで、消しゴムのカスを払うかのように動作で、人間一人を弾き飛ばしていた。

 これが悪魔卿。

 これが超越存在。


「いやー、すみませんね。その人物がいると話が穏やかに進みそうにないので。先に黙らせていただきました」


 あぁ、心配いりませんよ。

 せいぜい肋骨が砕けて、腕がへし折れているくらいですから。と、オウガイ卿は穏やかな笑みを浮かべていた。


「お初にお目にかかります。それがしの呼称は、オウガイ・モリ・ブラッドと申します。以後、お見知りおきを」


 とても穏やかな表情だった。

 そこには憎しみも苛立ちもない。品の良い文学青年。東洋の袴を揺らして、ゆっくりと頭を垂れる。


 そんな第一印象に。

 騙されないくらいには、彼らは場数を踏んでいた。


「『断罪聖典』開帳! 汝、己の罪を懺悔して、己の罰を受けいれるべし。第72節『悪魔殺しのトール(Hark! The Herald Angels Sing)』ッ!!」


 先手必勝。

 ミーシャは自身が取りうる最大速度で攻撃を仕掛ける。背後に出現させた巨神による鉄槌の一撃が。目の前の悪魔卿へと振り下ろされていた。


 ズシンッ、と地響きのような音が響く。

 わずかに地面が揺れて、神の拳が悪魔を叩き潰して、……いなかった。


「やれやれ。気性の荒い少女は趣味ではないのですが」


「受け止めた!? 片手で!?」


 これまで様々な悪魔を倒してきた、ミーシャの魔法『断罪聖典』。その中でも、上位の威力を誇る神の拳を、この悪魔は何事もなかったように片手で受け止めていたのだ。そして、軽く手を捻ると―


 ッッゥ!?


 今度は、拳を放った巨神を軽々と捻り上げる。巨神の顔が驚愕に染まる。腕が引きちぎられて、そのまま薙ぎ倒されて。光の粒子となって消えていく。圧倒的なまでの戦闘能力の差。まさに悪魔卿と呼ぶに相応しい。


「……うそ」


 茫然とするミーシャ。そんな彼女に向けて、オウガイ卿は柔らかく微笑む。穏やかな雰囲気からは想像もできない、空気を切り裂くような刺突。


「危ない、ミーシャ!」


「っ!?」


 アーサー会長が彼女の腕を引っ張り、その身体を抱きかかえる。悪魔卿の人差し指が、かろうじて目の前で止まる。そのまま悪魔卿から距離をとって、アーサーは静かに睨みつける。


「……淑女に対して手を上げるなんて、あまり褒められた行為ではありませんよ」


「やれやれ。笑って見過ごせないくらいには、殺意に満ちていたと思いますが」


「淑女のわがままを聞くのも、紳士の器というもの。貴卿ほどの御方が、あの程度の攻撃で気分を害するとは思いませんが」


 そう言って、アーサー会長はミーシャを地面に下す。

No.ナンバーズ』のリーダーにして、様々な国家組織に顔が利く、アーサー会長。だが、彼自身に悪魔と戦う力はない。悪魔と対峙するとき、彼の最大の武器は言葉であった。


「ですが、まずはご無礼を働いたことを謝罪します。僕の名前はアーサー。どうぞ、お見知りおきを」


「ふむ。礼儀の良い方は嫌いではありません。それに、その礼式は国外の王族相手にでも通ずる最上礼のもの。もしかして、あなたはどこぞの王族に縁のある方ですかな?」


「その話は、後ほど。お時間があるときにでも。……さて、オウガイ・モリ・ブラッド卿。失礼ながら、貴卿にいくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」


 アーサー会長は礼節を崩すことなく、悪魔との対話を続けていく。


 これまでもそうだった。以前、ルーブル美術館で戦ったエドガー・ブラッド卿。

 あの『圧縮』と『拡張』の悪魔卿との戦いに幕を下ろしたのが、このアーサー会長の対話であった。ミーシャの魔法でもなく、カゲトラの拳でもない。自分より格上の相手には、力よりも言葉のほうがよほど武器になることを、彼は国家外交に携わる立場から知っていた。


 アーサー会長が尋ねたいことは、ただひとつ。

 自分たちが忘れてしまった仲間、ナタリア・ヴィントレスのことだ。彼女を救うために、この大聖堂まで来た。自分たちが『忘却』されているならば、彼女の居場所を知っているのは、この悪魔卿しかいない。


「むむぅ、困りましたなぁ。某としては、品のある紳士の言葉には、耳を貸すのが信条なのですが。……あいにく、某には余裕がありませんので」


「余裕が、ない?」


「えぇ、そうです。もっと単純にいえば―」 


 オウガイ・モリ・ブラッド卿は。

 その文学青年のような穏やかな表情のまま、淡々と言い放った。


「……最高に機嫌が悪いんだよ。てめぇらみたいなクソガキの声を聞くだけで、その脳みそをブチまけてやりたいくらいになぁ!?」


 瞬間。空気が揺らいで。

 オウガイ・モリ・ブラッド卿が、目の前にまで迫ってきていたー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まさか一撃とはやべえな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ