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♯28.POPs or High‐tempo R&B (シロー・スナイベルの戦い①)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「はぁ、はぁ」


「大聖堂まで、あと少しだ。休まず走るぞ」


 シロー・スナイベルの無感情の声に、娘であるミーシャがむっとした表情になる。


 だが、同時に嬉しくもあった。

 遠慮のない言葉とは、裏を返せば信頼されているということ。親に守られているだけの子供もではなく、自分の意思でここにいる一人の人間として認められている。


 顔に似合わず過保護で、親バカで。そのくせ嫉妬深いというダメな父親だが。こうやって死線で一緒にいられることが、なぜかとても嬉しい。


「……着いたぞ、ノートルダム大聖堂だ」


 シロー・スナイベルが軽く肩で息をしながら、その歴史的建造物を見上げる。


 圧倒されるのは、その荘厳さ。

 建造されてから数百年が経過しているとは思えない、息の詰まるような存在感。何百年も人々の祈りを捧げられてきた神聖な場所。

 そんな場所を、悪魔たちの巣窟にされていると思うと。神様を信じていないミーシャであっても、苛立ちがこみ上げてくる。


「さっさと乗り込みましょう。魔女をボコボコにしてから、ナタリア・ヴィントレスの居場所を吐かせる。悪魔卿と共謀しているだから、知っているはずでしょ」


「おい、ミーシャ。まだ、そんなことを言っているのか? ……そのナタリア・ヴィントレスは、もうどこにもいない。悪魔卿のオウガイ・モリ・ブラッド卿に存在ごと喰われてしまったと」


「そんな話、信じられない」


「信じる、信じないの話じゃない。それが事実だと言っている」


「うるさい! パパだってわかっているでしょ! 本当に世界から忘れられたのなら、どうして私たちの心に、ぽっかりと穴が開いたままなのよ!?」


 ミーシャは振り返り、自分の父親へと噛みつく。

 そんな彼女に同調するように、アーサー会長も口を開く。


「えぇ、そうですね。『彼女』は間違いなく存在していた。今なら、まだ間に合う。僕たちの細い繋がりを辿っていけば、きっと彼女を救うことができる」


「……俺としては、どっちでもいいんですけどね。そのナタリアさんがいないと、アンジェが不安がって―、あぎゃっ!?」


 言い争う様子を見ながら、ジンタだけはボソッと呟く。

 そんなやる気のない彼には、ミーシャの拳が突き刺さった。


「とにかく! 私たちにとっては、ナタリア・ヴィントレスの救出が一番大切なわけ! 魔女の退治も、悪魔卿の撃退も。正直なところ、どうでもいい!」


 首都の危機を前に、そこまで言うか。

 どこか呆れているシロー・スナイベルは、わかりやすく肩を落とした。


「……わかった。お前らは、そのナタリア・ヴィントレスを救出しろ。魔女アラクネも悪魔卿の相手も、俺が一人でやってやる」


 彼は手にした狙撃銃の残弾を確認して、再び弾倉を装填する。

 すぐ近くに立っているアーサー会長も、ジンタも。どうやって大聖堂に突入するのか考える。やはり、ここは正面突破しかないか、とミーシャが結論づける。


 そんな時だった。

 ピシリッ、と空間が裂けた。


「は?」


 ジンタが惚けた声を上げる。

 そこには何もなかった、……はずだった。

 夜の闇に包まれていた、……はずだった。


 誰一人として違和感を覚えず、ただ当然のように見過ごしていた。


 目の前に。

 悪魔卿のオウガイ・モリ・ブラッド卿が立っていることに。

 その場にいた全員が『忘却』させられていた。


「おや、ようやく思い出しましたか? 他人の名前を忘れることは失礼に当たりますが、他人の存在を忘れることは、その人物の自己主張が乏しいと言われます。なので、ここはそれがしのほうからお詫びを。某のように存在感がない悪魔卿が、あなた方の視界に入って申し訳ない」


 和装に丸眼鏡。

 文学青年のような穏やかな表情。とある文豪の名を拝借している悪魔卿。オウガイ・モリ・ブラッド卿は、にっこりと笑って。


 シロー・スナイベルのことを人差し指だけで弾いて、……その体を壁に叩きつけていた。


 がはっ、という嗚咽が聞こえて。

 レンガ造りのアパートの壁が、ミシミシと悲鳴を上げた。

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