♯27.POPs or ROCK?(カゲトラの戦い②)
なんだ、今の攻撃は?
鋭く痛む脇腹を抱えながら、カゲトラ・ウォーナックルは冷静に思考を巡らせる。
……見えなかった。
これまでに素早い悪魔はいくらでもいた。視線で追うのも難しい奴もいれば、周囲に姿を溶けこむ奴もいた。だが、それでも。カゲトラの『目』に見えないものは存在しなかった。
未来を視る眼。
勝利するための先読みをする能力。
彼の目とは、そういうものだった。
それが、視界に捉えられないということは―
「カゲトラッ!?」
がくっ、と態勢を崩して、大柄な不良少年は地面に膝をつく。
その脇腹からは、真っ赤な血が滲んでいた。
「……問題ない。ただのかすり傷だ」
「そんなことないでしょ! 早く手当てを」
「必要ねぇ。それよりも、お前らに聞きたいことがあるんだが?」
「な、なによ?」
ミーシャが戸惑いながら、カゲトラの言葉を聞く。
「お前らの誰でもいい。……『奴ら』の姿が見えたか?」
「え?」
「悪魔の姿だよ。誰でもいい。見た奴はいるのか?」
カゲトラの静かに、それでいて重々しい問いに、誰もが口を閉じる。百戦錬磨のシロー・スナイベルでさえ、首を横に振った。
「わかった。なら―」
カゲトラは立ち上がり。
その拳を、ゆっくりと構えた。
「……こいつの相手は、俺がやる。どうやら今までの悪魔とは違うらしい」
ふぅぅ、とカゲトラが息をはく。
意識を集中させる。
神経を鋭敏にさせる。
視界は当てにできない。深夜の暗闇ということもあるが、自分たちを襲っている存在には視力は関係ないだろう。視線を空に向けても、そこには何の存在もいなかった。……見えない悪魔。あぁ、そうだ。こいつには体が存在しない。暗闇に隠れているとか、見えないように移動しているとか、そんな柔な能力じゃない。そもそも肉体が存在していないのだ。だから見えない。だから感じない。悪魔がその人間の心臓に爪を突き立てる寸前まで。為す術もなく、命を刈り取られる。
カゲトラは直感で理解した。こいつの相手は、俺だと。
そして、その直感は正しかった。
この悪魔こそ、魔女アラクネが差し向けた本命の刺客であった。人間を殺すことに特化した、不可視の悪魔。
「先に行ってろ。こいつを片づけたら、すぐに追いかける」
「はぁ!? このバカトラ、何を言ってんの!? 敵から攻撃を受けているなら、ここにいる全員で倒せばいいじゃない」
「悪いが、お前らでは足手まといだ。……シローの旦那。あんたもな」
カゲトラは振り返ることなく仲間たちに言い放つ。
これまでの戦いで、シロー・スナイベルの戦闘力はわかっているはずだ。戦争の英雄として、13人の悪魔を狩る者の一角として、その実力を遺憾なく発揮している。そんな彼に対して、カゲトラは邪魔だと突き付けたのだ。
仲間たちは理解が及ばない。
ただ一人。いくつもの死線を潜ってきたシロー・スナイベルだけが、その理由を察する。
「……おい、不良の小僧。お前には見えたのか。『奴』の姿が?」
「……『奴』じゃない。『奴ら』だ。敵は二人組の悪魔だ」
「やれるのか、お前ひとりで?」
「やれる、やれないの話じゃない。この中で、あの悪魔たちと戦えるのは俺だけだ。だったら俺がやる。それだけさ」
拳を構えて。
戦闘態勢へと整えていく。
二人の間に、どんなやり取りを交わされているのか。
仲間たちは理解することができない。それでも、カゲトラ・ウォーナックルが自分でやると言っているなら、それが最善手であるということだ。仲間たちは、……アーサーも、ミーシャも。カゲトラの戦いに対する姿勢だけには尊重していた。
この男は。
やるといったらやる、そういう男だ。
「……カゲトラ君。死なないでくれよ」
「……当たり前だ」
交わした言葉は、それだけだった。
アーサー会長が指示を出す。仲間たちは黙って従う。その場を離れる前に、暗闇に一人で立っている仲間を後ろ姿を見る。
声はかけなかった。
それは野暮というものだ。
男が責任を背負って、その場に立っているのだ。
ならば、信じる他あるまい。
彼以外に、この場を任せられない。
仲間たちの足音が遠ざかっていく。
悪魔の視線は、カゲトラに向けられたままだった。
先に狩りやすいほうを獲物に選んだのだろうか。
「……それなら、好都合だ」
にやり、とカゲトラが笑う。
この悪魔を取り逃がした未来を、彼は見ていた。仲間たちが次々と倒れて、大切なものが何一つとして救えない。そして、笑っているのが。暗闇に立っている一人の女だ。あれが魔女アラクネか? 顔は見えないが、酷く醜悪な存在である。……いや、そんなことはどうでもいい。この場に俺がいて、本気で戦うのに相応しい敵がいる。
ならば、もはや言葉は必要ない。
カゲトラは片手をあげて、親指を下に向ける。
……地獄に落ちろ。
不敵な笑みを浮かべて、悪魔へと宣戦布告する。
同時に、悪魔の耳障りな奇声が聞こえて。
カゲトラは、背後に立った男から声をかけられていた。
「……待ったかい、カゲトラ?」
「……いや、ちょうどいいタイミングだ」
穏やかな表情に、全身の火傷を隠す服装。
悪魔に復讐を誓い、残された寿命の全てをかけて悪魔を狩り続けている男。黒い炎の使い手であり、カゲトラの親友であるシリウスが、彼の背を守るように身構えていた。
「じゃあ、やろうか」
「あぁ。あの見えない悪魔をぶっ飛ばす!」
カゲトラが拳を構えて。
シリウスが両足に黒炎をまとわせて。
夜の暗闇へと、疾走していったー




