♯24.OK. Let's Acid JAZZ!②(そして、シロー・スナイベルは引き金を絞った-)
「それにしても、静かですね。本当に僕たちしかいない」
この凱旋門から続く大通り。昼間こそ渋滞が絶えない並木道ではあるが、深夜という時間帯もあって、今は静寂に包まれている。
首都の人間には、我が悪夢を見せておいてやろう。ちょっとやそっとでは目を覚まさん。そう言っていたのは、ヴェルヘルム卿だ。悪魔卿にして人間の味方をする卿は、敵が大通りの先にある大聖堂に潜んでいると告げていた。
大天使を祭る首都のノートルダム大聖堂。
そこに、魔女アラクネが潜んでいる。
そして、恐らく。悪魔卿オウガイ・モリ・ブラッド卿も。
「でも、どうして凱旋門跡地に集合なんだ? 直接、大聖堂に殴り込みにいけばいいじゃねーか」
「住宅街での戦闘を避けるためだよ。朝起きたら、自分の家がなくなっていたらビックリするだろう?」
カゲトラの問いに、アーサー会長が肩をすくめる。
二車線の道路が走る凱旋門からの大通りには、遮るものは何もない。悪魔たちとの戦いには、うってつけである。
「……さて、お出迎えだぜ」
シロー・スナイベルが声をかけた。
深夜の帳が下りた時間。虫や野良犬の気配すらない並木道に、月明かりだけが照らしている。
そんな静寂で。
街路樹の影が、むくりと浮かび上がった。
ひとつや、ふたつではない。
街灯や道路標識。ありとあらゆる影から、異形の者たちが姿を現していた。蛾の羽を持つ悪魔。無数の蠅を従わせている昆虫の悪魔。ランプを片手におかしな方向に首が折れている女悪魔。息をするのを忘れてしまうほど、恐ろしそうな存在が。次から次へ出現していく。それは現実を浸食していく風景であった。身の毛もよだつような異形の存在が、奇声を上げて嗤っている。
人間を襲え。
人間を喰らえ。
新たに呼び出された悪魔たちは、目の前にいる人間たちへと視線を向ける。嗚呼、食べたい。食べてしまいたい。不気味な笑みを浮かべて、涎を垂らす。これほどの数の悪魔など、今まで見たことがない。ミーシャやカゲトラは、今までにない厳しい戦いになることを覚悟した。
だが―
「あぁ、やかましい。今、俺は気が立っているんだ」
シロー・スナイベルが不機嫌そうに呟くと。
手にしていた長細いカバンを蹴り上げる。高級な楽器でも入っていそうな鞄に入っていたのは、特注にカスタマイズした狙撃銃だった。真っ白な銃身に、職人の銘が彫られている。長距離狙撃用の望遠スコープに、明らかに大口径弾を使用するために改造したロングバレル。……どこかの銃職人は言った。そんな化け物みたいな銃で、いったい何を戦うのかと。
「雑魚に興味はない。道を開けろ」
瞬間。
シロー・スナイベルの構える狙撃銃の銃口に、巨大な魔法陣が展開された。幾重にも輝く魔法陣は、夥しい数の悪魔たちに向けられる。
そして、引き金が絞られた―
銃弾が放たれる。
一発の銃弾だ。特別仕様の大口径弾が、夜の空気を切り裂いていく。
音速を超えて、空気の壁を貫く。
その度に、魔法陣を形成していた輝きが、無数の術式をなって悪魔たちを通り過ぎていく。悪魔たちは、何が起きたのかわからなかっただろう。何をされたのか理解できなかっただろう。気が付いたときには、彼らを構成している体が。……粒子状になって消滅していくところだった。
「ヒヒヒ、人間をくら―、あれ? ……あばっ、あばばっ!? か、体が消えていく!?」
「ぎゃぎゃっ!? なんだ、この魔法は!?」
「ひぃっ、恐ろしい!」
「嫌だーっ! このまま消えたくない!?」
「チクショーッ! これが人のやることか!?」
「躊躇もねぇ! 慈悲もねぇ!?」
「……悪魔の所業だ。こんなことをするなんて、あの人間は悪魔に違いない!」
オニ! 人でなし! 人間の心とかないんか! 悪魔たちの悲鳴と怨嗟の声が、夜のシャンゼリゼ通りに響き渡っていく。そして、わずか数十秒後。夜の大通りには、元の静寂が戻っていた。それは悪魔たちが出現するのに必要だった時間の、十分の一くらいの虐殺劇であった。
「よし。先に進むぞ」
シロー・スナイベルが何事もなかったように言う。
それを見ていたメンバーたちは、黙って彼の後に続く。自分たちは何も見ていなかった、そう心に言い聞かせて。




