♯23.OK. Let's Acid JAZZ!①(…手を出すな、という約束でしたね。だったら、『口』は出しても問題はないのかな?)
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……友達とは何か、と自分に問うことがある。
随分と昔のことだ。たしか、百年くらい前のこと。
かつて私には、友人がいた。
かけがえのない友だ。人間よりも遥かに長い時間を生きる自分にとって、対等に話せる人間など存在しなかった。だが、悪魔卿である自分が、人間の友を得た。
それは、本当にかけがえのない時間だった。
彼は絵描きだった。売れない絵を描いては、貧しい日々を過ごしていた。それでも、共に笑い、朝が来るまで語り明かした。あの日々は、何事にも代えがたいものだった。貧しい画家と悪魔の共同生活は、奇妙な友情さえ深めた。
そんな過去があるせいか、目の前の光景に心が震えた。
友達のために。
何かできないか、と。
例え、記憶を消されてしまっても、心に残るわずかな感触を頼りに。彼らは、こうやって行動を起こしている。誰かから指示されるわけでもなく、自分の意思で。
「不思議なものですね、人間というものは」
市街地に構えるエッフェル電波塔から、彼女の仲間が集まっているのを見る。その悪魔卿は、……エドガー・ブラッド卿は落ち着かない気分だった。浅黒い肌に、瞳の下に刻まれた逆さの星。それが苦虫を噛んでいるように歪んでいる。どこからか、焦燥感のようなものまで湧き上がってくる。
もっと言えば、自分も彼女のために何かできないか。そんなことさえ思ってしまうほどに。
彼女との思い出は、それほど多くはない。
例えば、ルーブル美術館で互いを殺さんばかりに死闘を交えたこと。例えば、自分の浅ましいミスを隠すために「手を貸してくれたら何でもするから!」と土下座までしてきたこと。例えば、倒産寸前の洋菓子店で執事フェアとやらをするので「無駄にイケメンなんだから手伝え」と駆り出されたこと。
本当に、ロクな思い出がない。
それでも。
嗚呼、そうであるからこそ。
あの喧しくて煩わしい、ナタリア・ヴィントレスのために。
「……手を出すな、という約束でしたね。だったら、『口』は出しても問題はないのかな?」
にやり、とエドガー・ブラッド卿が嗤った。
正面突破は彼らに任せるとして。私は、私にしかできない方法で彼女を取り戻してみせましょう。幸い私には、……心当たりがあることですしね。
風が吹き。
悪魔卿は嗤いながら姿を消す。
自分もまた、友のために何かしてやりたい。そんな、どうしようもない存在なのだと自嘲して―
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首都ノイシュタン=ベルグには、河に沿って作られた大きな通りがある。
凱旋門。中世の皇帝が、自身の功績を称えさせるように造らせた巨大な門の建造物である。その凱旋門から始まって、首都の中央部へと向かう大通りがシャンゼリゼ通りだ。古くから庶民の憩いの場であり、現在では渋滞の車が無駄に排気ガスをまき散らすだけの観光地となっている。
現在、その凱旋門が造られた場所には。大理石の土台しかない。芸術に異常な執着を持つ悪魔卿、エドガー・ブラッド卿によって盗まれてしまったのだ。あの巨大な建造物は、今ごろ彼のポケットで眠っていることだろう。
そんな前歯が抜けたような大通りに、……彼らの姿があった。
『No.』のリーダーである、時計塔のアーサー会長。
悪魔殺しの魔法『断罪聖典』を使う少女、ミーシャ・コルレオーネ。
素手で悪魔を倒す『スレッジハンマー流喧嘩術』を扱う、カゲトラ・ウォーナックル。
逃げ出そうとして失敗して、縄でぐるぐる巻きにされた普通の少年。ジンタ。
そして、機嫌が悪そうに不貞腐れている歴戦の魔術狙撃手。13人の悪魔を狩る者のシロー・スナイベルだ。
「……おい。あのスパイ女は、どこにいった?」
「大勢でいるのは性に合わないとかで、別行動をしているらしいですよ」
後で、合流するのでは。と自分の考えを述べるアーサー会長に、シロー・スナイベルは面倒そうに鼻を鳴らす。
「まぁ、いい。ガキの子守りだけでも面倒なのに、あの女までいたら余計に疲れそうだ。……おい、小僧ども。お前らは邪魔だから戦おうとするなよ。さっさと終わらせて帰るぞ」
それと帰ったら説教だからな。と、彼は自分の娘に向けて念を押すように言う。
ここにいるメンバーが声をかけた仲間たちも、後から応援が駆け付けることになっている。アーサー会長の護衛である黒服兄弟は、ちょっと準備をすることがあると言って、高級車のトランクに大量の爆薬を詰め込んでいた。カゲトラの親友である黒い炎使いシリウスも、彼の合図で駆け寄ることになっているらしい。
他に頼りになりそうなのは、バカンスに行ってしまった13人の悪魔を狩る者たちだが。
「あいつらを当てにするな。この首都の平和よりも、自分たちのことを優先する奴らだ。どうせ、帰ってこまい」
ふんっ、とシロー・スナイベルが口をへの字に曲げる。
結局、アンジェのことは見つからなかった。ジンタが半日かけて街のあちこちを探したが、手掛かりになりそうなものもなかったそうだ。あいつを探さないといけないから、と言って逃げ出そうとする彼のことを、カゲトラが拳で気絶させる。どんな戦いになるかはわからないが、この男が必要になる瞬間がある。これまでの経験から、カゲトラたちは確信に近いものを感じていた。




