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♯22.Missing song ⑥(失われたものを求めて。アンジェラ・ハニーシロップの場合)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇――


 アンジェラ・ハニーシロップという少女がいる。

 その外見は、可愛いお人形さんみたいだった。蜂蜜色の髪に、幼さを残す大きな瞳。誰もが彼女のことを、可愛い少女であることを疑わないだろう。


 だが、それは誤りだった。

 アンジェラ・ハニーシロップは、…アンジェと名乗る少女は、そもそも人間ではなかった。悪魔が召喚された『悪魔の証明事件』。その日に、彼女は生まれた。悪魔を統べる女王の器として。


 しかし、その存在意義に反して。

 彼女はとても純粋な女の子だった。


 そして、優しい心を持っていた。自身が周囲に悪影響を与える存在だと知った時は、人が近寄らない町外れの廃教会に身を潜めた。食事は必要なかった。水も必要なかった。だが、孤独だった。誰とも関われない孤独感が、彼女の心をゆっくりと蝕んでいった。


 そんな彼女を救ったのが。平凡な少年、異世界放浪者のジンタだった。

 彼と、彼の仲間たち『No.ナンバーズ』によって、アンジェの魂は救われた。アンジェラ・ハニーシロップという名前を与えられ、一人の人間として存在すること許された。ここに自分がいてもいい、いつか自分が帰る場所を、一緒にいてくれる大好きな人を、彼女はその両手を広げて抱きしめる。


 そして、友達もできた。

 ナタリア・ヴィントレス。綺麗な銀色の髪をした、とても可愛らしい女の子。その笑顔は、この街で一番の宝物だと思った。実際、彼女が笑えば、周囲の人間もとても楽しそうになる。そんな女の子が、自分と友達になってくれた。こんなに幸せなことはない。


 ……だけど、もし。

 ……この幸せが。誰かによって奪われようとしているなら。アンジェは許さないだろう。誰に声をかけるわけでもなく、たった一人で、その問題を解決することを選ぶ。


 故に、この対面は。

 必然だった。


「…あなたが、魔女アラクネさんですか?」


 少女の問いに、その女は答える。

 ノートルダム大聖堂の最上階。そこにある自分の王座に座っている魔女は、実に楽しそうに嗤った。


「ボンジュルノ、女王様。そちらから出向いてくれるなんて気が利くじゃない。その体をバラバラにして箱に詰め込む手間が省けたわ」


 妙齢の女性が、アンジェを見下ろしている。

 巨大な蜘蛛の悪魔に座った年齢不詳の女。外見は美しいといえばその通りなのだが、どこか薄ら寒いものを感じさせる。『S』主任とは、別のタイプの美女であった。


 この人物こそ、魔女アラクネ。


 諸悪の根源。

 全ての元凶。


 そして、この世界から、ナタリア・ヴィントレスを奪った側の人間だ。他の人は、ナタリアのことを忘れてしまっている。あのジンタでさえ覚えていなかった。こんなことができるのは、悪魔卿の誰かでしかない。そして、この女は。その悪魔卿とつながっている。 


 それだけで十分だった。

 奪われた友達を元に戻すために。

 自分の本性をさらけ出すことくらい。


 ……あぁ、そうだ。

 思い出した。

 こいつは、死んでもいい人間だった。


「よかった。人違いじゃないみたいですね。それではー」


 アンジェは押さえ込んでいた殺気を放ち、その瞳を真っ赤に染める。


「…今すぐ、肉片にしてやる」


 悪魔の女王、アンジェラ・ハニーシロップが。魔女アラクネの元へと一人で乗り込んでいた。女王の器としての力を発動。目に映るすべての命を刈り取ろうとする。彼女は、彼女にしかできない方法で、問題を解決しようとしていた。『恐怖』と『死』の根源をもって、目の前の敵を屠ろうとする。今でも、はっきりと覚えている。ナタリア・ヴィントレスという恩人のために。


 だが、その様子を見て。

 魔女アラクネは―


「アーメン。本当にありがとう。……貴女から、こちらに来てくれて」


 ……不敵に、笑ってみせた。

 彼女は自分にしかできない冴えたやり方で、友達を奪え返そうとする。

 だが―


「……アハハ、お疲れ様。案外、愉しかったわ」


 数分後。

 魔女アラクネは薄ら笑いを浮かべながら、自分が座っている蜘蛛の悪魔を撫でていた。


 その視線の先には。

 激しい戦闘によって崩壊した礼拝堂と。


 蜘蛛の糸に囚われて、人形のように気を失った少女がいた。

 蜂蜜色の髪は乱れており、幼い身体には無数の擦り傷がある。そして、その首には。彼女と戦うまではなかった紅色の烙印が刻まれている。少女の薄く開かれた瞳には、その紅色と同じ輝きを放っている。


「アーメン。あなたには感謝しているわ。さぁ、ここで一緒に待ちましょう。あなたのお仲間が、私を殺しにくるのをね」


 でもね、そんな明るい色の服は似合わないわ。

 そう言って、彼女は別のドレスを用意させる。血の色も、人の感情も、全てを飲み込んでしまうような漆黒のドレスを。


 人の優しさを忘れて。

 心を闇に染めた貴女には。


 やはり、黒のドレスが相応しい。


「ウェルカム。さぁ、私を殺しに来なさい。新たに呼び出した悪魔たちと、心を闇に染めた悪魔の女王。そして、悪魔卿オウガイ・モリ・ブラッド卿と。この魔女アラクネが、あなたたちに死をもって歓迎しますわ」


 魔女アラクネが高らかに嗤い。

 暗闇に包まれた大聖堂には無数の悪魔が蠢く。

 その様子を、オウガイ・モリ・ブラッド卿が嬉しそうに見下ろしていて。

 囚われて、心を闇に染められた少女。アンジェラ・ハニーシロップが、感情のない瞳をカーテンで閉ざされた窓を見上げる。


 夕方の鐘が鳴る。

 戦いが、もうじき始まる―

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― 新着の感想 ―
[一言] 天使ちゃん捕まったおーい姫様寝てる場合じゃないぞ
[一言] アンジェラさん、やはりナタリアさんのことを覚えていたのですね。 洗脳されたアンジェラさん、漆黒のドレスに。 洗脳→黒ドレスは作者様の作品では二人目ですかね。
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