表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/205

#2. Working(お金がほしい。一生、働かなくてもいいくらいの、お金が)


 ……あー、そうですかー。

 ……もう、元の体には戻れないんですかー。


 今や、私の耳には何も入らない。

 ショックというよりも落胆のほうが大きい。口から魂が零れている気分だ。あー、帰りに何か甘いものでも買おうかなぁ。


「それにしても、なんだその格好は? 休日だというのに学校の制服とは。もっとお洒落しろ。華の女子学生が聞いて呆れるぞ?」


「私服がないんですよ、私服が」


「組織から支給されたものがあっただろう?」


「あんなの、ただの部屋着ですよ。灰色のジャージとか、恥ずかしくて着れませんって!」


 東側の人間に多様性の素晴らしさを問うだけ無駄だ。

 作業着は深緑色。ジャージは灰色。下着は白色。靴下も白色。くそぉ、どこかのホームセンターで激安セールだったものを、箱買いしてきたんじゃないだろうな?


「……ちなみに、主任のパンツは何色ですか?」


「赤色だが、それが何か?」


 ですよねー。

 やっぱり、自分で買うしかないかぁ。でも、お金がないんですよねー。


 私は落胆したまま、深いため息しかでない。ガラスの机に肘をついて、不機嫌そうな態度を隠そうともしない。


「何を落ち込んでいる。別にいいじゃないか、少女の姿になったことくらい」


「主任みたいに気楽に考えられませんよ。こっちだって、いろいろと大変なんですよ。女子寮の生活だし」


 ここで、かいつまんで説明してやりたいほどだ。

 遠くから目を潤ませて見てくる同学年の女子とか。目が合うと顔を真っ赤にしてしまう下級生とか。この間なんか、なぜか一緒に大浴場に行こうと誘われてしまった。こっちは、なるべく目立たないように生活したいのに、もうすでに三回も生活指導室に呼ばれてしまっている。女子生徒たちを誘惑するな、と訳がわからないことで怒られている身にもなってくれ。


「(……はぁ。女の子になっても、友達はできそうにないしなぁ)」


 私は無意識に、さらさらの銀髪を耳にかき分けて、上目遣いで主任を見る。憐憫に妖しく輝く瞳。それが主任の精神をぐらりと揺らしていることに、私は気がつかない。


「……あー、それは自業自得という奴だな。お前は、誰もが振り返る超絶美少女であることを自覚したほうがいい」


 主任は視線を外して、胸ポケットから煙草を取り出す。

 そして、マッチで火をつけて、深々と紫煙をたゆらせる。


「とにかく、今回はお手柄だった。この国が隠している真実、……『悪魔』なる存在が実在して、それに対処する組織がある。この事実だけでも、我が祖国は西側諸国との外交交渉が優位に進められるだろう」


「はぁ。結局は政治ですか」


 私が肩をすくめると、主任はにやりと笑う。


「何を今更。結局のところ、我々スパイの活動は、外交交渉を優位に進めるためのカードを集めているだけだ。デモ行進も戦争でさえも、所詮は政治的な活動の一端にすぎん」


「でも、それで得するのは、私たちの貧乏な祖国じゃなくて。東側の超大国である連邦ですよね? 私たちの利益なんてスズメの涙ほどですよ」


「それこそ杞憂だ。個人崇拝が基盤の超大国なんて長生きするわけないだろう? 頑張った人間は馬鹿にされて、手を抜いた人間だけが得をする。そんな競争力を失った連邦体制なぞ、あっという間に国際社会に置いていかれるからな。連邦の解体まで、それほど時間は掛かるまい」


 あっはっは、と主任が声を上げて笑う。

 これだけでも敵性行為として、強制収容所ラーゲリ送りになるほどだが、幸いなことに。この部屋には私と主任しかいない。


 そして、私も。

 与えられる義務より、選べる自由が欲しい。


「おっと、話が逸れたな。お前は引き続き、その悪魔と戦う者たち。『No.ナンバーズ』と行動を共にするように。情報は常に私へと上げてくれ」


 それは言うに及ばない。

 ここの支部局を出たら、真っすぐ学園の『時計塔』に行かなくてはいけないのだ。すっぽかしでもしたら、アーサー会長の真っ黒な微笑みが待っているに違いない。


 この支部局では、『S』主任にコキ使われて。

 あの時計塔では、アーサー会長に雑用係として使われる。


 ……あれ、私の選べる自由って、どこにあるんだろう?

 なんて暗い気持ちになっていると、ふいに主任が思い出したかのように口を開く。


「あー、そうだ。報告書にあった銃のことだな。22口径の『デリンジャー』くらいでは傷もつけられないそうだな。そちらは、こっちで用意をさせよう。本国と連絡をとって、最新式の銃を寄越すように手配してみる」


「はぁ、そうですか」


 正直、アテにしないほうがいいだろう。

 こういった口約束は、破られることが前提だ。信じたほうが馬鹿を見る。とはいっても手持ちのお金では、新しい銃はおろか、銃弾を確保することさえ厳しい。


「……あぁ、お金がほしい。一生、働かなくてもいいくらいのお金がほしい」


 私の虚しい独り言は。

 主任の部屋の観葉植物にすら無視された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ