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♯18.Missing song ②(失われたものを求めて。ミーシャ・コルレオーネの場合)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「ねぇ。ママがパパと結婚したのって、いつだっけ?」


「家出から帰ってきたと思ったら、そんなことを聞きたいの? 私の娘ながら、変な子ね」


 首都の住宅街。穏やかな雰囲気のアパートのリビングで、黒髪の少女がアルバムを開いている。ミーシャ・コルレオーネの実家だった。

 ただし、その家のネームプレートには別の名字が記されている。ミーシャの両親は血の繋がった親ではなかった。だが、そこに暗い感情はない。両親はミーシャのことを本当の子供として育ててきたし、彼女も心から家族のことを愛した。そんな普通の家庭をあらわしたような、平凡な風景だ。

 

 キッチンに立つ母の後ろ姿を、ミーシャがこっそりと盗み見る。黒い髪をした、小柄な女性だった。


「そうねぇ。ミーシャちゃんを孤児院から引き取る前のことだから、もう十年くらいかな」


「ママは、どうしてパパと結婚したの?」


「そりゃ、愛していたからよ」


 即答だった。

 そう言われるのがわかっていたので、ミーシャの表情も変化がない。


「あの頃は、まだ戦後の混乱も残っていたからね。今のように、隣のガリオン公国に旅行に行くなんて考えもしなかったくらい。ママも身寄りがなかったから、頼れるのはパパと友達だけだったわ」


「それなのに、私みたいな子を孤児院から引き取ったんだ?」


「なに? まだ自分は本当の子じゃないって拗ねているわけ?」


 母親の柔らかい問いに。

 ミーシャは緩やかに否定する。


「ううん。感謝している。冬の公園に捨てられて、孤児院に拾われた私のことを。ちゃんと娘として育ててくれて。……でも、どうして私だったの?」


「うーん。なんとなく、かな?」


 母親がふたつのマグカップを持ってくる。カップからは、紅茶の香りが立ち上ってくる。母は自分のカップに、角砂糖をふたつ入れた。


「甘くない?」


「甘いのが好きなのよ」


 ころころと子供のように笑いながら、母はいつものように幸せそうに笑う。

 本当に。

 自分を拾ってくれた人が、この人で良かった。

 ミーシャは、心の底から自身の幸運を噛みしめる。


「……ミーシャちゃん。ひとつだけ、ちゃんと話しておかなくてはいけないことがあるの。あなたの魔法のことだけど、本当に特別なものなのよ。大勢の悪い人間が、その力を狙っている。パパとママはね、そんな悪い人たちからあなたを守りたかった」


「そういえば、変な悪魔(エドガー・ブラッド)卿にも言われたわ。天使の末裔だって」


「事実よ。あなたには天使の血が流れている」


 穏やかに、そして優しく。

 母は語りかけてくる。


「……『断罪聖典』。はるか昔に存在した天使の魔法。そして、その血を受け継いできたのが、すでに滅んでしまったオルランド王国の一族。その魔法が使えるということは、あなたが滅んでしまった王族の末裔であり、巨万の富と権力を手にする権利があるということ。亡国の王女としてね」


 でもね、と母は続ける。


「強大な力には代償がつくもの。特に、あなたの魔法は人間が扱っていいものではない。使用するたびに、その身体は天使に近づいていくわ。……天使化。それが最終段階まで進行してしまったら、もう人間に戻ることはできない」


 母の言葉に、ミーシャは黙って頷く。

 予兆はあった。

 度重なる悪魔との闘い。


 そして、超越存在である悪魔卿との戦闘では、かつてないほどの『断罪聖典』を行使した。その時の彼女は、真っ白な翼を広げて、黒く染めた髪も白銀へと戻っていた。あのまま戦っていたら―


 わずかに表情を曇らせる。

 そんな我が子に、母は優しく微笑んだ。


「でもね。そんなこと関係ない。あなたは私たちの娘よ。あなたがいて、パパがいて、私がいて。それで初めて家族になるんだから」


「……パパは、永遠に子離れができそうにないけどね」


「ふふっ。娘に彼氏ができて、焼きもちしているのよ。可愛いところもあるでしょ?」


 ころころと笑いながら、母はリビングに飾っている写真を見る。家族三人が並んだ、たったひとつの写真だ。


「あなたが、どんな道を進むのか強制はしない。アーサー君と学園生活を謳歌してもいいし。王族の末裔として、彼と人生を添い遂げてもいい。もしくは、全てなかったことにして自由に生きたっていい。あなたには、その権利がある。……でもね」


 母は、いつものように。

 優しく、私のことを抱きしめる。


「これだけは忘れないで。あなたは、私たちの子供。大切な、大切な娘なんだから。必ず帰ってきなさい」


「……うん、わかっている」


 ミーシャは思った。

 夜の戦いの前に、ここに顔を出しておいて良かったと。例え、道に迷いそうになっても、帰る場所があるなら。私は戦える。


「それとね。危ないことはダメよ。もし、あなたに危険が及ぶようなことになったら。……ママは、そいつのこと許さないから。頭カチ割って、コンクリに詰めてから海にチンしちゃうかも」


 えへへ、と子供のように笑う母親。

 ミーシャは思った。

 やっぱり、ここに来ないほうがよかったかもしれない。いつもは優しい母だが、怒ったときは手をつけられなくなる。にこにこ笑ったまま、どこまでも相手を追い詰める。


「じゃあ、気をつけてね。もし、何か困ったことがあったら。頼りになるお友達かパパに頼ること。もし、それでもどうにもできなかったら」


「できなかったら?」


「……思いっきり、ブチかましなさい。例え、人間じゃなくなっても。あなたが私たちの子供であることは変わりないのだから」


 母親の言葉に、ミーシャは力なく微笑む。

 彼女は、彼女にしかできない選択を心に決める。


 今では、どんな声だったのかも思い出せない、友達のためにー



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― 新着の感想 ―
[一言] マジで悪魔ですら海に沈めそうで怖いわあ
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