♯18.Missing song ②(失われたものを求めて。ミーシャ・コルレオーネの場合)
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「ねぇ。ママがパパと結婚したのって、いつだっけ?」
「家出から帰ってきたと思ったら、そんなことを聞きたいの? 私の娘ながら、変な子ね」
首都の住宅街。穏やかな雰囲気のアパートのリビングで、黒髪の少女がアルバムを開いている。ミーシャ・コルレオーネの実家だった。
ただし、その家のネームプレートには別の名字が記されている。ミーシャの両親は血の繋がった親ではなかった。だが、そこに暗い感情はない。両親はミーシャのことを本当の子供として育ててきたし、彼女も心から家族のことを愛した。そんな普通の家庭をあらわしたような、平凡な風景だ。
キッチンに立つ母の後ろ姿を、ミーシャがこっそりと盗み見る。黒い髪をした、小柄な女性だった。
「そうねぇ。ミーシャちゃんを孤児院から引き取る前のことだから、もう十年くらいかな」
「ママは、どうしてパパと結婚したの?」
「そりゃ、愛していたからよ」
即答だった。
そう言われるのがわかっていたので、ミーシャの表情も変化がない。
「あの頃は、まだ戦後の混乱も残っていたからね。今のように、隣のガリオン公国に旅行に行くなんて考えもしなかったくらい。ママも身寄りがなかったから、頼れるのはパパと友達だけだったわ」
「それなのに、私みたいな子を孤児院から引き取ったんだ?」
「なに? まだ自分は本当の子じゃないって拗ねているわけ?」
母親の柔らかい問いに。
ミーシャは緩やかに否定する。
「ううん。感謝している。冬の公園に捨てられて、孤児院に拾われた私のことを。ちゃんと娘として育ててくれて。……でも、どうして私だったの?」
「うーん。なんとなく、かな?」
母親がふたつのマグカップを持ってくる。カップからは、紅茶の香りが立ち上ってくる。母は自分のカップに、角砂糖をふたつ入れた。
「甘くない?」
「甘いのが好きなのよ」
ころころと子供のように笑いながら、母はいつものように幸せそうに笑う。
本当に。
自分を拾ってくれた人が、この人で良かった。
ミーシャは、心の底から自身の幸運を噛みしめる。
「……ミーシャちゃん。ひとつだけ、ちゃんと話しておかなくてはいけないことがあるの。あなたの魔法のことだけど、本当に特別なものなのよ。大勢の悪い人間が、その力を狙っている。パパとママはね、そんな悪い人たちからあなたを守りたかった」
「そういえば、変な悪魔卿にも言われたわ。天使の末裔だって」
「事実よ。あなたには天使の血が流れている」
穏やかに、そして優しく。
母は語りかけてくる。
「……『断罪聖典』。はるか昔に存在した天使の魔法。そして、その血を受け継いできたのが、すでに滅んでしまったオルランド王国の一族。その魔法が使えるということは、あなたが滅んでしまった王族の末裔であり、巨万の富と権力を手にする権利があるということ。亡国の王女としてね」
でもね、と母は続ける。
「強大な力には代償がつくもの。特に、あなたの魔法は人間が扱っていいものではない。使用するたびに、その身体は天使に近づいていくわ。……天使化。それが最終段階まで進行してしまったら、もう人間に戻ることはできない」
母の言葉に、ミーシャは黙って頷く。
予兆はあった。
度重なる悪魔との闘い。
そして、超越存在である悪魔卿との戦闘では、かつてないほどの『断罪聖典』を行使した。その時の彼女は、真っ白な翼を広げて、黒く染めた髪も白銀へと戻っていた。あのまま戦っていたら―
わずかに表情を曇らせる。
そんな我が子に、母は優しく微笑んだ。
「でもね。そんなこと関係ない。あなたは私たちの娘よ。あなたがいて、パパがいて、私がいて。それで初めて家族になるんだから」
「……パパは、永遠に子離れができそうにないけどね」
「ふふっ。娘に彼氏ができて、焼きもちしているのよ。可愛いところもあるでしょ?」
ころころと笑いながら、母はリビングに飾っている写真を見る。家族三人が並んだ、たったひとつの写真だ。
「あなたが、どんな道を進むのか強制はしない。アーサー君と学園生活を謳歌してもいいし。王族の末裔として、彼と人生を添い遂げてもいい。もしくは、全てなかったことにして自由に生きたっていい。あなたには、その権利がある。……でもね」
母は、いつものように。
優しく、私のことを抱きしめる。
「これだけは忘れないで。あなたは、私たちの子供。大切な、大切な娘なんだから。必ず帰ってきなさい」
「……うん、わかっている」
ミーシャは思った。
夜の戦いの前に、ここに顔を出しておいて良かったと。例え、道に迷いそうになっても、帰る場所があるなら。私は戦える。
「それとね。危ないことはダメよ。もし、あなたに危険が及ぶようなことになったら。……ママは、そいつのこと許さないから。頭カチ割って、コンクリに詰めてから海に沈しちゃうかも」
えへへ、と子供のように笑う母親。
ミーシャは思った。
やっぱり、ここに来ないほうがよかったかもしれない。いつもは優しい母だが、怒ったときは手をつけられなくなる。にこにこ笑ったまま、どこまでも相手を追い詰める。
「じゃあ、気をつけてね。もし、何か困ったことがあったら。頼りになるお友達かパパに頼ること。もし、それでもどうにもできなかったら」
「できなかったら?」
「……思いっきり、ブチかましなさい。例え、人間じゃなくなっても。あなたが私たちの子供であることは変わりないのだから」
母親の言葉に、ミーシャは力なく微笑む。
彼女は、彼女にしかできない選択を心に決める。
今では、どんな声だったのかも思い出せない、友達のためにー




