♯17.Missing song ①(失われたものを求めて。時計塔のアーサーの場合)
今夜が勝負だ。
魔女アラクネの陰謀を阻止するために、彼らは戦わなくてはいけない。時間は、あまり残されていなかった。
「それで? その逃げ出した魔女を捕まえるために、力を合わせると。いやぁ、熱い展開ですな」
「手を組むといっても、13人の悪魔を狩る者からは、狙撃手のシロー・スナイベルさんだけだよ」
「かかっ、十分じゃないですか。なんせ、あいつは戦争の英雄と呼ばれた男だ。あの男がいるだけで、一騎当千もんですわ」
彼のことを知っているのかい?
アーサーが問うと。同じ学園の同級生ですので、と助手席の黒服があっさりと答えた。
「かかっ。そうであっても国の一大事に違いありませんな! なぁ。兄者も、そう思うだろう?」
「運転中に話しかけるな。気が散る」
「なんだよ。いつも黙って運転しやがって」
「この首都の渋滞事情を知らないから、そんなことを言えるんだ。どこもかしこも車でごった返してるこの街で、予定通りに到着するのは至難の業なんだぞ?」
運転席にいる黒服の男が答える。
サングラスをかけた寡黙そうな男だった。彼は、助手席にいる黒服の兄だった。
名前は、ナポリ。
助手席の弟は、ペペ。
二人とも、アーサーが幼いころから護衛をしていた腕利きの男たちだ。
「もう一度、確認するけど。ペペとナポリも、何か覚えていることはないかい? ナタリアさんのことを」
アーサー会長の問いに、運転席と助手席にいる黒服たちは首を振る。
「いや、すみませんが。まるで覚えていませんな」
「……俺もだ。記憶力は悪いほうじゃない。それでも覚えていないってことは、気が付かないうちに『忘却』されたんだろうな」
助手席のペペが申し訳なさそうに、運転席のナポリが冷静に答える。
魔女アラクネを討つ。
そのことに関しては異論はない。元々、『No.』とは悪魔から首都を守るための組織だ。首都が危険に直面しているなら、立ち上がらない理由はない。
だが、それともうひとつ。
彼らには別の目的があった。
魔女アラクネの傍には、あおの悪魔卿の姿があったという。記憶を操作して『忘却』させることのできる、オウガイ・モリ・ブラッド卿。今や記憶の片隅にも残っていない仲間だが、ナタリア・ヴィントレスの失踪には、その悪魔卿が関係している。
ヴィルヘルム卿は言った。ナタリア・ヴィントレスは、もうこの世にはいないと。世界から『忘却』されて、その存在は完全に消失したと。だが、それはおかしい。本当に存在が消えてしまったのなら、どうして僕たちに心に穴が開いたような喪失感がある。『S』主任という女スパイは、まだ諦めていなかった。ならば、自分たちも辿るべきだろう。今にもきえてしまいそうな、この細い糸のような繋がりを。
首都は守る。
だが、仲間も救う。
『No.』のメンバーたちは、お互いに確認することもなく。自分たちがやるべき行動を理解していた。魔女アラクネを倒して、悪魔卿のオウガイ卿も討つ。それだけが、失ってしまった仲間を助ける方法だ。
そのための、準備だ。
「……それで、アーサー会長さんよ? 今夜にでも決戦が行われるっているのに、俺たちは呑気に挨拶回りですかい?」
「情報の共有だよ。この国の政府や閣僚たちにも、今夜のことを伝えておかないと」
「そのほうが、事後処理が楽になりますからね」
「そういうこと。僕には、他のメンバーたちみたいに悪魔と戦う力がないからね。こうやって、皆が全力で戦えるようにサポートをするだけさ」
アーサーが複雑そうな顔で肩をすくめると、ハンドルを握っていた黒服が口を開く。
「大事なことさ。戦いってものは、目の前の敵を倒すことだけじゃない。……今日と同じような明日。明日と同じような未来。それを守り、築くことだって立派な戦いだ」
「そうだよな、兄者! 会長だって立派だよな!」
助手席のペペが、自分のことのように嬉しそうに笑う。
運転席のナポリが、それを黙って肯定する。
この二人の黒服たちがいたからこそ、自分も戦ってこられたのだ。と、アーサーは内心で深く感謝する。本来であれば、彼らに相応しい職場などいくらでもあるのに。こんな自分に付いてきてくれたことには感謝しかない。
「それでもよ、アーサー会長さんよ?」
「なんだい」
「もし、本当に戦いになって、あなたの身に危険が及ぶと判断した場合は。……俺たちも暴れさせてもらいますぜ?」
にやり、と助手席のペペが獰猛に笑う。
運転席のほうに目をやれば、普段は表情を変えないナポリまでもが、サングラスの奥の瞳を輝かせている。
「そういえば。最近は銃を撃ってねぇな。ここらでストレスを思いっきり発散するのも悪くはねぇか」
「だよな、兄者。じゃあ、ちょっくらガンショップに寄り道して、買い物していこうぜ。弾薬と爆発物をたんまりと買い込んでやるぜ」
どうやら、この黒服兄弟も。
相手が強大な悪魔であっても、不気味な魔女であっても、その戦意を衰えさせることはないらしい。心強い、と思うのに。どうしてか頭が痛くなってくる。
「はぁ、まったく。……首相官邸には、ちょっと遅れるって連絡しておくから、買い物は手短にね」
「おっ、気が利くじゃないですか」
はははっ、と黒服のペペとナポリが声をあげて笑う。
「それでは、……ガリオン公国の王族警護官として。クリストファー・ヴァン・ヴォルフガング・ガリオン王子の勅命のままに」
「ド派手な花火を、この首都に咲かせてみせるぜ」
子供のように目を輝かせて。
隣国の王子を乗せた車は乱暴に路地へと走っていく。
「……僕の本名は、他では言ってはいけないよ。その瞬間、僕は国賓待遇にされちゃうんだから」
アーサー会長こと、クリストファー・ヴァン・ヴォルフガング・ガリオン王子の呟きは。結局、誰の耳にも届かなかった。
彼は、彼にしかできない行動を取る。
今は顔も忘れてしまった、友達のためにー