♯14.Waltz For Debby②(残っているのは、お前だけだ…。シロー・スナイベル)
ヴィルヘルム・ブラッド卿とは、悪魔卿である。
二年前に、この首都に呼び出された悪魔卿の一柱。夜の首都に降り立った彼が感じたことは、激しい落胆であった。
……嘆かわしい。
この首都の人間は、脆弱だ。
一晩もあれば、阿鼻叫喚の地獄と化すだろう。
老人も若者も、女も男も。
関係なく、その命を終えることになる。
……下らない。
……このようなワンサイドゲームほど、面白みのないものはない。
実力が拮抗しているからこそ、命とは、人間の選択とは、眩いほど輝くというのに。一方的な殺戮など、とうの昔に見飽きている。
ふむ、致し方なし。
今宵だけは、我が手を貸そう。
それが最後の助力と知れ。
ヴィルヘルム・ブラッド卿は手にしていたステッキで、地面を軽く叩くと。その首都に呼び出された悪魔たちへと告げる。
……嘆け。
……己の無価値さを知って、絶望するがいい。
その声を聞いた悪魔たちは、次々と地に崩れ落ちていった。あるものは嘆き哀しみ、あるものは怒りに雄たけびを上げて、あるものは絶望して自害した。
結果、『悪魔の証明事件』と呼ばれた初日は。
誰一人として被害者は出なかった。
嘆きと絶望の悪魔卿、ヴィルヘルム・ブラッド卿。
彼が翌日にしたことは。
この国の実力者と権力者に、とても軽い助言をすることであった。それが、この首都を救うことに繋がっていくー
「……ちょっと、どういうこと!? 悪魔を狩る組織のトップが、なんで悪魔卿なのよ」
「……ごめん。こればっかりは僕も予想外だ」
ひそひそ、と小声でアーサー会長とミーシャが話している。
唐突に現れた老紳士の悪魔が、13人の悪魔を狩る者の創設者であることに、驚きが隠せない。アーサー会長にしてみたら、過去に何度か顔を合わせているのに、その正体をまったく見抜けていなかった。
だが、今になってみれば、その圧倒的な存在感は、人間にしては規格外であることは間違いない。ごく自然と構えているカゲトラ・ウォーナックル、ようやく目を覚まして床に座っているジンタ。時計塔の『No.』たちは、それぞれが各々の反応を見せる。
戸惑いと困惑。
そんな空気が支配するなか、ようやく縛られていた両手を解放されたシロー・スナイベルが、彼のボスであるヴィルヘルム・ブラッド卿へと問う。
「ボス、どういうことですか? アラクネの居場所が判明したと?」
スナイパーライフルを入ったカバンを片手に、シローが詰め寄る。
だが、ヴィルヘルム卿はゆったりとした動作でシャンパンを注ぐと、すぐには答えようとはしなかった。
「……嘆かわしいな。ここには酒精を嗜みに来たというのに、たった三日でこの有様とは」
ぷくぷく、と粟立つシャンパンを。
皺だらけの鋭利な視線が射抜く。
「忘れられる、というのは『死』と似ているな。この場所に地下酒場があることを、常連客や、酒場のマスターも忘れてしまって。今では、ゴロツキどもの遊び場か」
忘却。
首都の人間に忘れられただけで、こんな結末になってしまうとは。
これでは、世界に忘れられたものは。
その存在すら認識できないものになってしまうだろう。
ヴィルヘルム卿は優雅にシャンパンを口へと運び、ゆっくり舌の上で転がす。そして、味わい尽くすように飲み込むと。
その口を開いた。
「……アラクネを探す必要はない。二時間前、13人の悪魔を狩る者の本部を、アラクネが悪魔を率いて奇襲を仕掛けてきた。部隊は壊滅。残っているのは、……お前だけだ。シロー・スナイベル」




