♯12.My Foolish Heart③(愚かなり我が心)
……シロー・スナイベルは狙撃手である。
十年ほど前に終結した戦争では、凄腕の狙撃手として活躍していた。所属していた部隊は、第九魔術狙撃部隊。当時、魔法の使える軍人のみで部隊編成をすることは珍しく、特に第九魔術狙撃部隊は軍内部でも秘匿された秘密裏の部隊だった。選りすぐりの狙撃手を集めた魔術式狙撃。その実力は当時の戦況さえ覆すほどのものだった。だが、戦争が泥沼化して、戦闘のたびに隊員が戦死していく。終戦を迎えたときには、第九魔術狙撃部隊の隊員は、シロー・スナイベルだけになっていた。
栄光もなく。勲章もない。
名誉すら、秘匿された部隊として覆い隠されてしまう。
だからこそ、彼は。
顔のない英雄として讃えられた。
そんな彼だからこそ。
終戦後も、国の平和のために戦うことができた。……『13人の悪魔を狩る者』。今日も、夜の闇に潜む悪魔を狩るものとして、彼は戦い続ける。
この国の平和のために。
首都の人々の平穏のために。それなのにー
「すまない、見苦しいところを。今まで溜め込んでいた感情が、ついつい爆発してしまってな」
狙撃手の男、シロー・スナイベルは淡々と話し出す。
両手を後ろに縛られた惨めな状態で。そんな姿を、娘であるミーシャは。道端に転がってる生ごみを見るような目で見ていた。
「……だが、さっき言ったように。今回の件が片付いたら、きっちりと説明してもらうからな。首を洗って待っていろよ、小僧」
「はぁ。もう黙ってろ、糞親父」
ミーシャは深いため息をついて、彼が持ってきたスナイパーライフルの銃口を額に当てる。さすがの彼も、これで大人しくなる。……と、思いきや。
「くそっ。目の前に愛娘の害虫がいるのに、駆除することができないなんて。こんな屈辱は、ラインハルト村の戦いで銃弾も尽きているのに、敵に向かって必死に撃っている真似をしたとき以来だぜ」
けっ、と良い歳をした男が、アーサー会長に向けて悪態をつく。その姿に、影ながら国を救った英雄の姿はなかった。そこにいたのは、娘離れできない哀れな父親の姿だった。
こほん、とアーサー会長が空咳をして、両手を縛られている男へと向き合う。
「……それで、シロー・スナイベルさん。貴方がいるということは13人の悪魔を狩る者も動き出しているのですか?」
「おい、小僧。それ以上、娘に近寄るな。妊娠したらどうするんだ?」
がるるっ、とシロー・スナイベルが威嚇する。
顔を真っ赤させて恥ずかしがっている娘。それとは対照的に、アーサー会長は真摯に答える。
「いえ、そういった報告は、ちゃんとご両親の承諾を得られてからと考えていますので。学校卒業までは、そのような展開にはならないかと」
あくまで真面目に答える、アーサー会長。
そんな彼の傍で、ミーシャは頭を抱えて丸くなってしまう。
「おうおう、言ったな? 学校を卒業したら、ウチに来いや。豪華な家庭料理と、120発の銃弾で歓迎してやるよ」
「えぇ、望むところです。そこでしっかりと、ミーシャとの結婚を前提とした交際を認めてもらいますから。僕も彼女を手放すつもりはありませんよ」
はははっ。
ふふふっ。
ばちばちっ、と視線で火花を立てる男たち。ぷしゅ~、と頭から湯気を立てるミーシャ。そんな彼らを退屈そうに見ている『S』主任とカゲトラ。カゲトラに至っては、今にも寝てしまいそうだった。
「……さて、そろそろ話を進めてもらえないだろうか?」
痺れを切らしたのか、『S』主任が声をかける。
気がつけば、手にしていた酒瓶が空になっている。その割には、酔った様子などどこにもなかった。
「おい、シロー・スナイベル。たしか貴様は、ナタリアと一緒に仕事をしたことがあったな?」
「ふむ。残念ながら、今の俺の記憶には残ってはいないが。あんたがそう言うなら、そうなんだろう」
シロー・スナイベルがぶっきらぼうに答える。
あまり興味がない。
そう言っているようにも見えた。
「まぁ、そこはいい。だが、ここで落ち合う予定になっていたのは、貴様ではなかったはずだ。あの酒好きのジジイはどうした?」
「俺は代理だ。ウチのボスが忙しいから、俺が伝言を請け負っている。重要な案件だ。……心して聞け」
両手を後ろに縛られた親バカが、今更シリアスな顔つきになっても、まるっきり深刻そうな空気が伝わってこなかった。
それでも、シロー・スナイベルは。
重大な事実を言うように、重々しく口を開いた。
「……魔女アラクネが、脱獄した」