♯11.My Foolish Heart②(愚かなり我が心)
その男は呆れたように軽口を叩いて、その場にいるメンバーを見渡していく。
バツが悪そうになるミーシャ。誰だと首を傾げるカゲトラ。『S』主任の座椅子になったまま、幸せそうに気絶しているジンタ。そして、急に緊張したように顔を強張わせているアーサー会長。
「ふん。初対面の奴もいるから自己紹介をしておこう。俺の名前は、シロー・スナイベル。戦時中は、第九魔術狙撃部隊に従軍。その後は、オルランド魔法学園を卒業して、今は『13人の悪魔を狩る者』の一員として活動している。お前たちとは同僚関係に当たる。……そして」
「そして?」
誰かが問い返す。
黒髪少女のミーシャが逃げるように視線をそらす。なぜか、彼女の想い人であるアーサーが、ビビりまくっていた。
「……そこの家出をしている少女の父親だ。……おい、ミーシャ。この不良娘が。いつになったら家に帰ってくるんだ? あぁん?」
それまで、冷静だった男が。
急に表情を露わにする。
「小さい頃から育ててきた愛娘が、高校に進学したと思ったら。何の相談もなく家を出て、学園の女子寮に入っただと? 学校の寮なんて、爛れているに決まっている。同じ敷地内に年頃の異性がいるだけでも不衛生だ! 教師の目の届かないところで、何をしているかもわからん。毎晩、毎晩、逢引き三昧。あんなことや、こんなことまで。……あーっ、駄目だ! ミーシャ、そんなことは、お前にはまだ早い!」
頭を抱えて悶絶する男。シロー・スナイベル。
何を想像しているのかは分からないが、ごろごろと奇声を上げながら床を転がっては、魔王のように憎悪に満ちた瞳を向ける。
緊張して固まったままの、アーサー会長に。
「……貴様だ。貴様のせいだからな。これまでは悪魔討伐の任務があったから許してやったが。今回の事件に片がついたら、きっちりと話をつけさせてもらうぞ」
「わ、わかりました。……ですが、僕たちの交際は、ミーシャのお母さんに了承を―」
「妻のことは関係ない! 俺が、気に入らないんだよ! くそぅ、こんなにも早く、娘のウェディングドレス姿を見ることになるなんて」
「い、いえ。まだ、ミーシャと結婚すると決まったわけでは―」
「あん、貴様!? 娘では不服だと言うのか! どこだ! どこが気に入らない! こんなに可愛い娘など、この世に存在しないだろうが! ……いいだろう、ここで決断させてやる! この場で死ぬか、結婚式場でタキシードを赤く染めるか!」
狙撃手の男、シロー・スナイベルは。
手に持っていた頑丈な鞄を開けて、中からひとつの銃を取り出す。長距離狙撃を可能にしているスナイパーライフルだ。特注品なのか、銃身には職人の銘が打ってある。
「おらっ、口を開けろ。その頭カチ割って、ちゃんと責任を取りますって脳みそに直接書き込んでやる。俺の娘に手を出しておいて、ボロ雑巾のように捨てるなんざぁ、この目が黒いうちは何があってゆるさ―」
瞬間。
銃を構えていたシロー・スナイベルが、地下酒場の壁に突っ込んでいた。バリン、バリン、と酒瓶が次々に割れていく状況で、……その男を蹴り飛ばした黒髪少女は叫ぶ。
「お前が死ねぇ! これ以上、恥ずかしい姿を見せんな、この糞親父が!」
ミーシャが肩で息をしながら、その長い黒髪を逆立てている。
そして、彼女は。
怒りの感情のまま叫んだ。
「それに、私はまだ処女だっての! 好きな男に告白もできないヘタレ女を舐めんな!」
とても、とても悲しい主張が。
その酒場に響き渡ったという―