♯7.「-- No disc--」③ (誰も、その失われたものに気がつかない)
とうとう、アーサーが頭を抱えてしまう。
その苦しみを共感できないメンバーたち。特に、彼に好意を寄せているミーシャは、いつになく辛そうな顔でアーサーを見る。そして、そっと彼に寄り添った。
「ペペとナポリの、黒服兄弟は?」
「彼らもわからないと言っていた。違和感を感じている者のほうが少ないくらいだ。恐らく、一緒に悪魔と戦ってきたはずの君たちでさえ、彼女のことを覚えていない」
「彼女?」
心当たりがあるの、とミーシャが問いかけると。
アーサーは力なく首を横に振る。
「いや、これは僕の妄想かもね。僕たちが忘れてしまっている仲間は。たぶん女の子で、この学校の生徒で、背が小さくて、……とても愉快な人だったような気がする」
アーサーはミーシャに介抱されるように頭をあげる。そのまま全神経を記憶の掘り起こしに注ぐ。
それでも、過去の記憶は零れ落ちていく。
まるで、この世界が『彼女』のことを忘れてしまったように。
「……忘れて、いいはずがない。……僕たちを、仲間たちの絆を繋ぎ合わせてくれた恩人を―」
ぶつぶつと、アーサーが呟いている。
そんな時。
ジンタが何でもないことのように言った。
「その人って、もしかして『ナタリア』って名前じゃないっすか?」
彼が口にした、その名前に。
メンバー全員が体を強張らせた。
……何かを、忘れている。
そんな強烈な既視感を。
誰も座っていない、ソファーを見て。
皆が言葉を失う。
最初に口を開いたのは、カゲトラ・ウォーナックルだった。
「……わからない。だが、俺も腑に落ちないことがある。俺は火傷で入院中の幼馴染に会えずにいた。それなのに気がついたら、あいつに顔を見せて、この学校を車イスで案内していた。……それに、親友のシリウスとだって」
それに続いて、ミーシャもおずおずと口を開く。
「……そういえば、私も。洋菓子店でバイトをしていた時に、誰かに助けてもらった気がする。……騒がしくて、お金にうるさくて、呆れるほどの怠け者で。でも、本当は誰よりも広い視野を持っていた。そんな奴に」
誰かがいたのに。それが思い出せない。
アーサーも悩みながら、ジンタにその人物の名前について問う。
「ジンタ君。その『ナタリア』という名前は、いったいどこから?」
「えーと、そうっすね。……確か、数日前から、アンジェがしつこく聞いてくるようになったんっすよ。『……ナタリア姉さまは? ナタリア姉さまは、どこにいってしまったの?』って」
それでも。
誰かは、覚えているのだ。
それを、その名前を必死に思い出している。断ち切れてしまった記憶の糸を辿るように。
……それが、合図になったのか。
突然、この部屋の扉の前に、見知らぬ人影が立っていた。
カツン、カツン、とハイヒールの靴音を鳴らして。
その人物は、おもむろに。
扉に向けて、右足を振り上げてー
「……すまないが、邪魔するぞ」
ドカンッ、と凄まじい音がして。
執務室の扉が吹き飛んでいた。
「……まったく。本当は、こんなタイミングで来るつもりはなかったのだがね。予定より少し早まってしまったな」
蹴り飛ばされた扉は、壁に突き刺さっていた。
それまで気配すらなかったのに、最先端のセキュリティーを敷いている時計塔へ、いとも容易く侵入して、……いや正面から堂々と入ってきていた。
唖然と口を開いたまま、ジンタが固まっている。カゲトラとミーシャは突然のことに身構えていているが、アーサーだけはいつものように執務机で指を組んでいる。
そんな『No.』のメンバーを見渡して。
彼女は、……妖艶に言い放った。
「初めまして。もっと未来に会う予定だった貴様たちへ。私の名前は『S』。ナタリア・ヴィントレスの上司にして、美しすぎる保護者だ」
謎の絶世の美女『S』主任が。
魅惑の笑みで微笑んでいたー